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デ・パルマ監督が真骨頂のサスペンスに回帰した理由「夢の世界に完全犯罪の手順を織り込む」

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映画『パッション』のブライアン・デ・パルマ監督



ブライアン・デ・パルマ監督が真骨頂と言えるサスペンスのジャンルへ復帰した『パッション』が10月4日(金)より公開される。熾烈なアイディア競争が展開されるスマートフォンの広告業界を舞台に、キャリアアップを狙う重役と有能な部下をめぐる攻防が殺人事件へと発展していく様をスリリングに描いている。レイチェル・マクアダムスとノオミ・ラパスという現在勢いのあるふたりの女優を迎え、『殺しのドレス』『ミッドナイト・クロス』などの1980年代の代表作を彷彿とさせる流麗なカメラワークを特徴とする映像美と倒錯的でセクシャルな描写、そしてトリッキーなストーリーテリングを披露している。フランスのアラン・コルノー監督『ラブ・クライム 偽りの愛に溺れて』のリメイクとして完成した今作について巨匠が語った。




自分の映画で罪悪感を抱く状況を繰り返し描いている



── この物語のどのような点に惹かれたのですか。




物語に引きつけられた。サスペンス・スリラーだったからだ。僕にとってビジュアル的な語り口にもってこいのジャンルだ。楽しめる要素がたくさんあると思った。それに22年前の『レイジング・ケイン』(92)以来、このジャンルは手がけていなかったからね。



オリジナル版のキャラクターたちは好きだが、僕は異なるやり方で中心の殺人事件を浮き彫りにしたいと思ったんだ。常に驚きがあるように脚本を書き換え、誰が殺人犯なのかわからないように多くの容疑者を登場させた。さらに別のことが起こっているときに、観客には異なるものを信じ込ませるようなトリックもかなり使っている。ふたりは競争心が強く、相手を思い通りに操ろうとするところがある。物語が進むにつれ、彼女たちは相手に対してあらゆる種類のパワープレイを使っていく。官能プレイや心理プレイを使い、自分のポジションを固めようとするんだ。



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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA


── なぜあなたはドッペルゲンガーというテーマにこだわるのですか。



自分でもわからない。僕は自分の映画で罪悪感を抱く状況を繰り返し描いている。例えばレイチェル・マクアダムス演じるクリスティーンが双子の姉クラリッサの事故に責任を感じていると言うようにね。それは僕が幼かった頃の家族に原因があると思う。僕の家族には、弱い人間に対して容赦しないところがあった。僕の父と母と兄ブルースがそうだった。僕は10歳でもうひとりの兄のバートは12歳だったが、彼はとても繊細で弱かった。僕はそうした怒りから彼を守りたかったが、できなかった。子供だったからね。それが罪悪感になっているんだ!



クリスティーンは自分のセックスの相手に、自分の顔に似た仮面をつけさせる。それによって彼女は、常に自分自身と愛の営みを交わしていることになる。仮面は彼女の謎めいた双子の姉妹なんだ。その姉妹が本当に存在していようといまいとね。



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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA



何が真実か目覚めるまでわからない夢を見ているような映画




── 脚本のなかのポイントはどのようなものでしたか?



僕はいつも眠っている間に、夢の中で自分の映画の問題を解決している。この映画は何が真実で何が違うのか、目覚めるまでわからない夢を見ているような感じだ。それに犯罪の手順を、非常に洗練された夢の世界に織り込んでいくことで楽しさが倍増するんだ。完全に謎が解明するまで、誰が殺人に成功したのかわからないように組み立てた。それこそがミステリーのあるべき姿だからね。



オリジナル版のアラン・コルノー監督は、キャラクター間の性的な惹かれ合いについて避けて通っていた。だがレイチェル・マクアダムスとノオミ・ラパスは、それをストレートに演じたんだ。僕はふたりに“キスして、エロチックに”などとは指示していない。彼女たちがそうしただけだが、とても効果的だったよ。レイチェルとノオミは『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』(11)で共演し、安全地帯から危険なゾーンに足を踏み入れることができるほど、お互いを熟知していた。ふたりは何事も恐れずに挑戦した。とてもエネルギッシュで心を揺さぶる姿勢だったよ。



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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA



── レイチェル・マクアダムスとノオミ・ラパスについては、それぞれどのように評価していますか?




レイチェルはとてもセクシーだ。ものすごく邪悪な女性を楽しんで演じていたよ。女優はクリスティーンのように操るのがうまいタイプの女性を演じたがらない傾向にあるが、レイチェルは全力を尽くして演じてくれた。そしてノオミはとても恐ろしい。彼女の頭の中で何が起こっているかわからない。彼女なら本当に人を殺せると思えてしまうんだ。



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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA


僕は男性より女性を撮影するほうが好きだ




── クリスティーンとイザベルのライバル意識を象徴するシーンとして、クラシックバレエ「牧神の午後」が挿入されます。



完璧なバレエだ。死の接吻について描いている。イザベルは死にゆく者にキスするマフィアのボスのように、クリスティーンにキスをする。ドビュッシーの有名な楽曲に基づくジェローム・ロビンスの振付では、イザベルがクリスティーンを冒涜するのと同じように、ダンサーが突然バレリーナの頬にキスし、ある意味そのバレリーナを冒涜するんだ。そのバレエの舞台には3方向に壁があり、ダンサーはスタジオの鏡の壁を覗き込んでいるかのように観客と対峙する。それによって、彼らにカメラをまっすぐ見てもらうことができ、4番目の壁のルールを破り、そのシーンに奇妙な雰囲気を醸し出すことができた。アルフレッド・ヒッチコック監督も『パラダイン夫人の恋』(47)のような映画で、時折“一人称のカメラ”を用いている。のちにイザベルが警察に逮捕されたときも、尋問シーンを最大限に生かすためにその手法を再び使った。



誰かが殺される設定はいつでも非常に難しい。通常はその家の周りに緊張感と静けさが漂うが、それは誰もが何百万回も見てきたものだ。そこで僕はスクリーンを分割するという異なる手法を選んだ。これは僕がしばらくやっていなかった方法だ。非常に美しいバレエで観客を夢中にさせながら、一方の画面ではクリスティーンが切りつけられる。一方の画面は非常にロマンティックで、片方の画面は非常に暴力的という並列に対して観客がどう反応するか、まったくわからなかったが、僕はその奇抜さが気に入っている。何が起こるかわからないまま、危険地帯にいるような感覚があるんだ。


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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA



── 今回撮影監督には『私が、生きる肌』などで知られるホセ・ルイス・アルカイネを起用しましたね。



ホセは撮影の古典を学んでいるから、即座に僕がほしいものがわかるんだ。それに彼は女性の撮り方を知っている。女優を美しく見せる方法を本当に理解しているカメラマンはほとんどいない。でも、それがこの映画では極めて重要だった。さらにノワール映画をカラーで撮影するのは特に難しい。ホセのおかげですばらしい映像になったよ。何度も繰り返し言っているように、僕は男性より女性を撮影するほうが好きだ。この映画には裸になることを恐れない、目を奪うほど美しくゴージャスな女性がふたりも登場する。これは女性を描いただけでなく、女性のための映画なんだ。だからこそ僕は、この映画をエレガントに抑制の効いた作品にしたかった。さらにこの物語では暴力も描かれるから、意図的に露骨な表現を避けたんだ。



登場人物が働く多国籍企業のタワービルの不毛な内観や、クリスティーンの洒落たアパートや寝室の内観は、すべてベルリンで撮影された。この街は非常に経験豊かなスタッフを提供してくれたばかりでなく、フランク・ゲーリーの現代的幾何学研究に基づいて建てられたDZ銀行や、1914年に建てられた重厚なドーム型のボーデ博物館などの建築物が存在する都市でもある。



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映画『パッション』より  © 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA



── 登場するCMも実際に製作されたんですよね。



ネット上で人気のCMを偶然見つけたんだ。オーストラリア人女性ふたりが、ひとりの後ろのポケットに携帯を突っ込んで街を練り歩き、彼女のお尻を見ている人たちの写真を撮りまくる。それをインターネットに投稿し、何百万人もの人が見た。ふたりの女友だちが楽しんでいるように見える作品だが、実はそれは賢い広告会社の重役が作った電話のCMだとわかった。だからこの映画で、アイデアの天才イザベルと彼女の助手ダニを使ってまったく同じことをやってみたんだ。



(『パッション』オフィシャル・インタビューより転載)










ブライアン・デ・パルマ プロフィール



1940年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。コロンビア大学在学中に映画の魅力に目覚め、卒業後、本格的に映画製作に乗り出す。1963年から『御婚礼/ザ・ウェディング・パーティー』(69・未)に取り組むかたわら、ニューヨークを拠点にしてドキュメンタリーを製作。駆け出し時代のロバート・デ・ニーロと組んだ『ロバート・デ・ニーロのブルー・マンハッタン/BLUE MANHATTAN II・黄昏のニューヨーク』(68・未)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞し、フィルムメーカーとしての足場を固めた。その後、移住先のハリウッドで挫折を経験するが、ニューヨークで再起を図った『悪魔のシスター』(73)が一部で絶賛され、続く『ファントム・オブ・パラダイス』(74)もカルト的な支持を獲得。スティーヴン・キング原作の超能力ホラー『キャリー』(76)の成功で人気監督の仲間入りを果たした。『愛のメモリー』(76)『フューリー』(78)『殺しのドレス』(80)『ミッドナイト・クロス』(81)『ボディ・ダブル』(84)で披露した華麗なるサスペンス演出ゆえに“ヒッチコックの後継者”と呼ばれる一方、『スカーフェイス』(83)『アンタッチャブル』(87)『カジュアリティーズ』(87)などの娯楽大作や問題作を発表。往年のTVシリーズのリメイク『ミッション:インポッシブル』(96)でトム・クルーズと組み、世界的なヒットに導いたことでも知られている。そのほかの作品には『虚栄のかがり火』(90)『レイジング・ケイン』(92)『カリートの道』(93)『スネーク・アイズ』(98)『ミッション・トゥ・マーズ』(90)『ファム・ファタール』(02)『ブラック・ダリア』(06)ヴェネチア国際映画祭監督賞を受賞した『リダクテッド 真実の価値』(07)などがある。











映画『パッション』

10月4日(金)よりTOHOシネマズみゆき座他、全国ロードショー



クリスティーンは、野心を隠さず、狡猾さと大胆な行動で国際的な広告会社の重役へと登り詰めた。アシスタントであるイザベルは、当初は憧れを抱いていたが、手柄を奪われ、同僚の前で恥辱を受け、彼氏には裏切られ、それらすべてをクリスティーンが裏で糸を引いていたと知った時、殺意が芽生え、遂に殺害を決意する。しかし、その計画は自分自身が不利になるような証拠を構築した矛盾に満ちたものだった……。実行の日、イザベルはバレエに出掛け、一方のクリスティーンは誘惑を示唆するような招待状を受け取る。相手は不明だがサプライズを好むクリスティーンは、自宅の寝室で裸になり、この秘密の愛人との出逢いを心待ちにするのだが……。野心、欲望、嫉妬が渦巻く世界。美しい化粧の下に潜む殺意と情熱、その素顔。果たしてイザベルは復讐を遂げたのか?謎が螺旋状に積み重なり合う殺人ミステリーの結末とは?女の諍いに運命の女神は誰に微笑みかけたのか─。








監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ

出演:レイチェル・マクアダムス、ノオミ・ラパス、カロリーネ・ヘルフルト、ポール・アンダーソン、ライナー・ボック、ベンジャミン・サドラー、ミヒャエル・ロチョフ

製作:サイード・ベン・サイード

共同製作:アルフレッド・ウルマー

撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ

編集:フランソワ・ジェディジエ

音楽:ピノ・ドナッジオ

衣装:カレン・ミューレル=セロー

音響:ニコラ・カンタン

美術:コーネリア・オット

原題:PASSION

2012年/フランス、ドイツ/英語、ドイツ語

101分/カラー/R15+/ビスタサイズ/ドルビーデジタル

配給:ブロードメディア・スタジオ

© 2012 SBS PRODUCTIONS - INTEGRAL FILM - FRANCE 2 CINEMA





公式サイト:http://www.passion-movie.jp

公式Facebook:https://www.facebook.com/pages/映画パッション/576053835767388



▼映画『パッション』予告編




[youtube:m1eVXkt-y2k]

「初公開の自筆のメモからマリリンを理解していくことは、自分自身を発見する旅でもあった」

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映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』のリズ・ガルバス監督



初公開となる自筆のメモや詩、手紙をもとに大女優の内面に光を当てるドキュメンタリー『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』が10月5日(土)より公開される。ジョー・ディマジオとの結婚・離婚会見などアーカイヴ映像、そしてユマ・サーマン、リンジー・ローハン、グレン・クローズ、エレン・バースティンなど10人の現役女優が彼女の心の声の語り部として登場し、様々な角度からマリリン・モンローの実像に迫ろうとしている。リズ・ガルバス監督に制作の経緯、そして映画を通して感じた〈人間・マリリン・モンロー〉について聞いた。



マリリンの知られざる歴史が隠されていた紙切れ




── あなたはこれまで多くのドキュメンタリーを制作されてきましたが、以前からマリリン・モンローに興味があったですか?



私はもともとマリリン・モンローの熱狂的なファンではなかったの。彼女のことは一人の女優や女性としてより、写真の中のアイコンだったり伝説的人物と捉えていた。自分の人生とは全くかけ離れていると思っていた。そうでしょ?彼女は1950年代のハリウッドの経済システムの中で、並外れて卓越したカメラとの相性をもち、スターダムを登りつめたスターよ。かたや私は、ただの映画製作者で2人の子を持つ母親。仕事と2人の子供のバランスを取ることが永遠のライフ・ワークなんだもの。




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映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』より ©2012 Diamond Girl Production LLC - All Rights Reserved


── では、彼女について強い興味を持つきっかけがあったですか?




2010年、ボビー・フィッシャーのドキュメンタリー映画で製作を担当してくれたスタンリー・バックサルから、彼が編集中の本の話を聞いたの。それはマリリン・モンローが残した手紙、詩、メモなど未公開文書を集めた本(「マリリン・モンロー 魂のかけら」青幻舎刊)。ドキュメンタリー映画の製作者じゃなくても、セレブの“未公開”ものは気になるでしょ。中を読むと、やることリストやレシピメモからビジネス・レターや書きなぐりの詩……。どんどん深く掘り下げていくにつれ、彼女の恋人や友達へ宛てた文章はもちろん、何よりも彼女から彼女自身への訓戒に釘付けになったの。



そこには誰も知らないマリリンがいた。そしてそれは彼女自身が捉えた1人の女性だった。その紙切れには、20世紀の文化人で最も影響力のある人物の、知られざる歴史が隠されていたわ。彼女の私的で、繊細で、深く心を動かす文章は彼女に対する私の理解を変えた。それは驚きであり、感動的な体験だったの。

何よりも、彼女を理解していくことが自分自身を発見する旅にもなった。彼女の文章を読むことで、この女性に対する私の独断的な見方、それを彩った性的偏見、そしてそれをかたどった純朴さに気付いた。そして、マリリンは少なくとも、私たちと変わらない共感できる存在だったという事がわかったの。





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映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』より ©2012 Diamond Girl Production LLC - All Rights Reserved



等身大の女性としてのマリリンを表現




── その資料から発見した新たなマリリン・モンローとは、どんな女性ですか?



彼女はプリマドンナで、すぐに不倫をして、力ある男たちの女で、気まぐれ屋という表向きのイメージがあった。けど、その裏側には、仕事と家庭の両立に悩む妻であり、キャリアをつかむためにセックス・アピールを利用する(ただそれを恥ずかしがらずにやってのけた)女優でもあり、自分の演技を磨くために休むことなく学び続ける役者であり、自分の利益のためにスタジオのシステムを操る手腕を持ったビジネスウーマンであり、誠実かつ寛大な友人のような存在だったの。すべてを通すと1人の人間として称賛すべき資質が見えてきたわ。



── この映画にもあるように、マリリンについてはこれまで数多くの書籍や映像作品が発表されてきました。そうした既存の作品とはどのような違いを生み出そうとしましたか?



マリリン・モンローについては既に映画、絵画、伝記、小説、写真、テレビといったほとんどのメディアで多くが語られていて、どうすれば私が体験したマリリン再発見の旅を観客にも体験させることができるかが課題だった。そこで、私でさえマリリン神話の裏に隠された部分に共感できたのだから、ハリウッドで活躍する女優たちはよりこの題材に強いつながりを感じることができる気がしたの。彼女たちの個人的な解釈で、マリリン自身の色々な面に命を吹き込んでくれるはず、と。




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映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』より ©2012 Diamond Girl Production LLC - All Rights Reserved




── マリリンの語り部となった女優たちはどんな反応を示しましたか?



マリリンの“やることリスト”を見て、「女優はみんな同じようなリストを作ってるわ!」とユマ・サーマンが言ってたわ。マリリンと知り合いで一緒に仕事をしたこともあるエレン・バースティンからマリリンのイメージにファッション面で影響されているリンジー・ローハンや、マリリンのことを深く考えたことがなかったグレン・クローズやヴィオラ・デイヴィスまで、私は現代のこの女性たちとマリリンの間に深い共通点を目の当たりにした。それぞれの女優がマリリンの異なる要素に重なっていた。だから彼女たちが本を読む間、私はそのイメージを彼女たちから引き出したかった。




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映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』より ©2012 Diamond Girl Production LLC - All Rights Reserved




── 他にも関係者やマリリンの評伝の著作者など多様な人物にインタビューしていますね。



このマリリンに関する新しい素材に命を吹き込みたかったの。これまでに嫌気がさすほど語り尽くされた、おそらく真相は闇に包まれたままのスキャンダルと同じものにはしたくなかった。

私たちみんなが知っているマリリンへの理解を変える要素を本から取り出したかった。トルーマン・カポーティ、ナターシャ・ライテス、エリア・カザン、リー・ストラスバーグのように彼女と交流のあった人から、ノーマン・メイラー(「マリリン その実像と死」73年、継書房刊)」、グロリア・スタイネム(「マリリン」87年、草思社刊)のように本人と一度も会ったことはないけど、彼女のイメージを作り上げるのに貢献した人までね。



── この映画の制作を通して、マリリンの新たな側面を映像化できたと思いますか?




つまるところ、この作品はマリリンからマリリンへのラブレターよ。この映画を観た人に、彼女をファンタジーの対象ではなく、一人の人間として捉えてもらいたい。ノーマン・メイラーが“性の天使”と捉え、グロリア・スタイネムが“愛想の良い半分人間(半分女神)”と捉えたように、彼らと同じ作家として私はただ彼女の中に恋人と仕事人のプロとしての葛藤を見つけたかっただけなのかもしれない。でも、何よりマリリン自身が彼女の人生をかけてやりたかったこと、等身大の女性としての彼女を表現したいと思ったの。




(映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』オフィシャル・インタビューより)









リズ・ガルバス プロフィール



1992年にブラウン大学を卒業。Open Society's Centerで犯罪、コミュニケーションおよび文化のフェローを務めている。処女作のドキュメンタリー映画"THE FARM: ANGOLA, USA"がサンダンス映画祭で審査員大賞を受賞、1998年のアカデミー賞Rにノミネート、そのほか10の映画祭や賞に取り上げられ一躍有名なドキュメンタリー監督の仲間入りを果たす。2011年" Bobby Fischer Against the World "がサンダンス映画祭で、プレミア・ドキュメンタリー部門でのオープニング作品に。そしてエミー賞のノンフィクション・スペシャル部門にノミネートされた。その他の作品には"The Execution of Wanda Jean"、スーザン・サランンドンやジュリア・オーモンドがナレーションを務めた"The Nazi Officer’s Wife"、"Girlhood"、アカデミー賞Rにノミネートされた"Street Fight"、"Xiara’s Song"、2007年のエミー賞でノンフィクション・スペシャル番組部門賞を受賞した"Ghosts of Abu Ghraib"、"Coma"、"Shouting Fire: Stories from the Edge of Free Speech"、アカデミー賞Rにノミネートされた"Killing in the Name"など。












映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』

10月5日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー







監督:リズ・ガルバス

出演:マリリン・モンロー

ユマ・サーマン/グレン・クローズ/マリサ・トメイ/リンジー・ローハン/

エイドリアン・ブロディ/エレン・バースティン/ベン・フォスター/ポール・ジアマッティ

2013/アメリカ・フランス/英語/ビスタ/5.1ch/108分

翻訳:伊原奈津子

原題:LOVE,MARILYN

配給:ショウゲート

©2012 Diamond Girl Production LLC - All Rights Reserved





公式サイト:http://www.passion-movie.jp

公式Facebook:https://www.facebook.com/marilynmovie1005



▼『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』予告編



[youtube:1cZQU2ZYPIE]

カプセルの中に詰まったグローバリゼーション『マイク・ミルズのうつの話』監督インタビュー

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スカイプで質問に応じるマイク・ミルズ監督


10月19日(土)から公開の映画『マイク・ミルズのうつの話』は、グラフィックデザイナーとして知られ、『サムサッカー』(2005年)、『人生はビギナーズ』(2010年)で映画監督としても高い評価を受けているマイク・ミルズが、東京に住む5人の抗うつ剤服用者を追ったドキュメンタリーだ。原題の『Does Your Soul Have A Cold? (心の風邪を引いていませんか?)』は、日本で2000年代初頭に製薬会社が大々的に展開した「うつ病啓発キャンペーン」のスローガンから取られている。マイク・ミルズ監督に、制作の経緯および本作に込められた意味を聞いた。




なお、先行上映イベントが10月5日(土)原宿VACANTで開催され、マイク・ミルズ監督も上映後にスカイプで質疑応答に登場する予定だ。







── いよいよ日本で公開されますが、どんなお気持ちですか?



とても嬉しく、やっと念願が叶った思いです。日本で公開されない限り、この作品は僕の中で終わらなかったので。出演してくれた方々は、同じくうつ病で苦しむ他の人たちのために役立ちたい、という思いで協力してくれた、とても勇気ある人たちです。彼らはこの映画で日本のうつをめぐる状況が少しでも変わればと願っていたので、彼らのためにも日本で公開に至って本当に嬉しいです。



── なぜ“うつ”をテーマに、日本で撮影することにしたのですか?



実際に制作に入る4年ほど前の2003年頃のことですが、あるとき、日本で友人とコーヒーを飲んでいたら、彼女が抗うつ剤を取り出して飲みはじめたんです。僕には、その光景が新しいグローバリゼーションに見えたんです。抗うつ剤という極めて欧米的な発明品が、友人の体内に入って脳に作用し、感情に大きな影響を与える。そんなもっとも脆弱な部分で、グローバリゼーションが起きているように思いました。それで調べていくうちに、製薬会社が日本にも広告キャンペーンを展開しているというニューヨークタイムズ紙の記事を見つけたんです。




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映画『マイク・ミルズのうつの話』より



── “うつ”は脳の病気、心の病気、どちらだとお考えですか?



うつは複雑なものですし、脳や感情や、心に関わるすべてのことはとても複雑だと思います。あらゆる要因が同時に起こっています。脳の中では、うつの一因になる化学的な問題が実際にいろいろ起こっていると思うし、自分の感情に衝撃を与えるような体験をすれば、それもまた「現実的な」要因です。抗うつ剤の効能に疑問を呈する研究も多数ありますが、実際に効いている人も多くいるようです。もし服用している本人が効いていると言うなら効いているのでしょう。ただし、鬱から抜け出すための長期的・持続的な道は、セラピー、運動、友人や家族を持つこと、自分に正直でいられる世界に暮らすこと、自分にとって意味をなす世界に暮らすことが組み合わさった、もっと総合的なものではないでしょうか。





── 出演者の方々がカメラに対してとてもオープンで、監督への信頼感が伝わってきましたが、彼らとはどうやって信頼関係を築いたのですか?



彼らがあんなにオープンにしてくれたのにはいろんな理由があると思いますが、まず1つは日本のプロデューサーだった保田卓夫さんの人柄です。最初に出演者たちとコンタクトを取ってくれたのも彼で、細やかな気遣いをする彼がいたから、みんな心を開く気になったのでは。それと、僕はカメラの前に立ってくれる人たちを愛しているので、彼らにその愛が伝わったのかもしれません。誰かが誰かに自分について正直に打ち明けるという行為は、人間同士の間で起こる最も美しいことの1つでしょう。だからカメラの前の人たちをリスペクトするんです。あと、僕は鬱に対して何の偏見もなくて、共感や心配する気持ちしか持っていないので、安心感があったのかもしれない。



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映画『マイク・ミルズのうつの話』より


── この映画を制作して、監督自身に変化はありましたか?



アメリカではうつの知り合いが大勢いますし、自分も軽いうつがあると思っています。でも、深刻なうつの人たちとここまで深く話した経験はなかったし、軽度のうつとはまったく違う状況でした。企画当初は、抗うつ剤と製薬業界に対して、全般的にかなり批判的な見方をしていました。でも、出演者の何人かが薬で助けられたと感じていて、僕は出演者の人たちを尊重するので、この映画を撮り終わったときには、投薬に対してもう少し複雑な見方に変わりました。




── 登場人物の持ち物にフォーカスされているのが、とても面白いですね。どのような基準で選んだのでしょうか?



僕はその人の持ち物を見ると、その人がわかると思っています。身の回りにある持ち物は、自分が気に入って選んだオブジェであろうと、たまたま手元に残ってしまったものであろうと、どちらでも持ち主について多くのことを語ってくれます。撮影中、適当に選んで撮ったものは1つもないですが、一見あまり重要そうでないものが、その人がいる場所、その人が暮らす文化について多くを明かすということがあります。人生は自分の思い描いた通りにコントロールできるわけではないですが、“どんな風に生きたいか”、それは持ち物やその人の住む場所を見ればよくわかります。



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映画『マイク・ミルズのうつの話』より



── 本作の後に監督された『人生はビギナーズ』には、このドキュメンタリー制作は影響を与えましたか?



自分のやっていることの中で、ドキュメンタリー制作から学ぶことが一番多いですが、本作のように人の内面や、人はどのように物事を決めるのか、人はどのように生きるのかについて迫るものである場合は特にそうです。自分の映画はどれも本質的にそういう内容であって、『人生はビギナーズ』も完全にそうです。だから『うつの話』からは映像を通して人を理解することの訓練になりましたが、出演者全員がとりわけ優しい人たちだったので、より大切な作品になりました。このドキュメンタリーを編集している間、朝は『人生はビギナーズ』の脚本を書いていたので、この2本はいとこや兄弟みたいなものです。具体的にどう影響し合ったかはわからないけれど、僕のすべての映画に共通しているのは、自分で作った檻から抜け出して、真の自分になろうと、ハッピーで自由になろうともがいている人たちの話です。



── 次回作について教えてください。




『人生はビギナーズ』が終わってから書き進めているのは『Oh Wow』という映画の脚本で、1979年のサンタバーバラで一人の10代の少年を育てる3人の女性の話です。フェミニズム、パンクロック、男として成長すること、自分の人生をコントロールすらできない世界で自由になることについての映画です。僕自身、女性たちに育てられてきて、それは家族だけでなく、自分が10代の頃にいたパンクロック・シーンの中ですごく強い女性がいて、そういう意味で自分が成長していく中で接した女性たちのポートレートです。笑える映画にしたいと思っています。個人的な映画はアメリカに限らず、公開までもっていくのは難しいです。脚本をもうじき書き終えるところだけれど、そこからお金を得て、制作して、公開するまでどのくらいかかるか。全部達成できたらラッキーといったところです。




(2013年9月26日、Skypeにてインタビュー)











マイク・ミルズ監督スカイプ出演!

『マイク・ミルズのうつの話』先行上映イベント

2013年10月5日(土)原宿VACANT


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マイク・ミルズ監督 ©Sebastian Mayer






開場15:30/開演16:00

料金:前売/当日1,500円

<トークゲスト>

マイク・ミルズ(『マイク・ミルズのうつの話』監督)*スカイプ出演

保田卓夫(『マイク・ミルズのうつの話』プロデューサー)

http://event.hutu.jp/post/60167588505



【ご予約方法】

件名を「マイク・ミルズのうつの話」とし、本文に「お名前/人数/ご連絡先」を記入したメールをbooking@n0idea.comまでご送信ください。

*万が一、2,3日経っても返信がない場合は、03-6459-2962(VACANT)までお電話ください。











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映画『マイク・ミルズのうつの話』

2013年10月19日(土)より、渋谷アップリンク他全国順次公開




監督:マイク・ミルズ

撮影:ジェイムズ・フローナ、D.J.ハーダー

編集:アンドリュー・ディックラー

制作:カラム・グリーン、マイク・ミルズ、保田卓夫

出演:タケトシ、ミカ、ケン、カヨコ ダイスケ

配給:アップリンク

宣伝:Playtime、アップリンク

原題:Does Your Soul Have A Cold?

84分/アメリカ/2007年/英語字幕付

公式サイト:http://uplink.co.jp/kokokaze/

公式Twitter:https://twitter.com/uplink_els

公式Facebook:https://www.facebook.com/kokokaze.movie



▼映画『マイク・ミルズのうつの話』予告編

[youtube:R7T4BYQ0Ct0]

五感を目覚めさせてくれる、本能的な踊りの衝動に満ちた舞台

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関かおり『マアモント』より photo:松本和幸



彩の国さいたま芸術劇場でダンス公演シリーズ〈dancetoday〉が10月18日(金)から20日(日)までの3日間行われる。国内外のダンス界の先端で活躍する中堅・若手の振付家・ダンサーたちにスポットを当てるこの企画、第3弾となる今回は、関かおり、そして島地保武と酒井はなの共同創作による新作ダブルビル公演となる。公演にあたり、日本のダンス界の今を担う2組の気鋭作家を紹介する。









関かおりの香り

取材・文:石井達朗[舞踊評論家]




五感を覚ます姿態が、ダンスの可能性の扉をまたひとつ開けるかもしれない



どんなに素晴らしい踊り手であっても、それだけではコンテンポラリー・ダンスの世界では評価されない。既成のテクニックにもジャンルにも囚われることなく、どのダンサーにも追従することなく、創意のあるオリジナルな時空を切り開くことが、コンテンポラリー・ダンサーの条件である。たった2メートル足らずの身体という器(うつわ)に出来ることなど高が知れてるという凡百の思惑をいつも裏切ること。そして、この小さな器こそが無限の創意と想像力をかきたてる源泉であることを、ダンサー自身が体を張って探求し、主張し、観客と共有すること。

現代、アジアや西欧ばかりでなく、北欧・東欧や南米にまで興隆しているコンテンポラリー・ダンスには、そんなフロンティアの精神が浸透している。文学や演劇とちがい、言葉を介さないからこそ、地域や言語を超えて、新鮮な創造性に即座に反応できる共通の地盤があるのだ。


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関かおり『マアモント』より photo:松本和幸

関かおりが向かうところ



昨年、そんな創造性を振付・ダンス双方において感じさせてくれたのが、関かおりである。2月には、横浜ダンスコレクションEX2012で岩渕貞太との共作『Hetero』が「若手振付家のための在日フランス大使館賞」を受賞。7月には、一年おきに開催されるトヨタコレオグラフィーアワード2012で、『マアモント』がグランプリに相当する「次代を担う振付家賞」を獲得した。両作品ともでダンサーたちは体の線が浮かび上がる、肌着のようなボディタイツを着用し、超スローモーションに微妙な速度の変化をつけながら、ほぼ全篇音なしで動く。余分なものがそぎ落とされ、ムーヴメントと姿態が織り成す世界は、言語以前の、そして言語を超えた表象の極地とでも形容したくなるものだ。



多くのダンサーたちが付加することによって表現しようとするなかで、動きの引き算を様式美にまで高めた舞台は異色である。シンプルであるからこそ、逆に捉えきれないほどの表情が、ダンサーの肌から水紋を描くように観客に伝わり続ける。このような動きの構成はどこから湧き出てくるのだろうか。関はもともとクラシック・バレエをやっていて、それからモダンダンス、コンテンポラリー・ダンスに移行していったと言う。とくに関の口から名前のあがった大橋可也や山田うんなどの作品で活動したことは、舞踊家関かおりの今の在り方にポジティヴな影響を残しているようだ。



関はダンサーとしての意識と技術をより深いレベルでリンクさせるべく、内外で地に足がついた経験を積み重ねてきたように思える。イスラエルのテル・アヴィヴでGAGAの集中ワークショップに参加した経験があると聞いたときは驚いた。GAGAは、バットシェバ舞踊団を内実ともに世界のトップの舞踊団に成長させたオハッド・ナハリンが、もっとも重要な身体のための訓練として行うメソッドである。GAGAでは体の隅々にまで意識をゆきわたらせ、誰の真似でもなく自分自身の内側から生まれる動きの自発性をなによりも大切にする。



『Hetero』 はデュオ作品であったが、『マアモント』は初演時は7名、トヨタコレオグラフィーアワードでは4名のグループ作品であった。そして<dancetoday 2013>での新作は、数名の群舞による作品になる予定である。ということは、『マアモント』で試みられたことのさらなる発展形が観られるのはないかと、大いに気持ちがそそられる。関は言う。「新作ではやはり五感がテーマになります。舞台作品というのはどうしても視覚芸術ということになるけれど、それ以外の感覚も使って観てほしい。視覚ばかりでなく触覚や嗅覚までも働かせるようなものにしたい」







新作では岩渕貞太が参加



新作のもう一つの注目―それは関と並んで今もっとも期待される岩渕貞太がダンサーの一人として参加することだ。空気感を感じさせる関に対し、岩渕は求心力のある肉体派。この違いが魅力的なパートナーシップを醸してきたし、新作ではさらに共同作業が熟成されるはずである。



『マアモント』では、繊細な感覚的な要素に加えて、ダンサーそれぞれのポジショニングや体が微妙にかしぐなどの姿態が、関らしい入念され構築されているような印象を受けた。その辺のところを彼女に聞いてみた。「ダンサーが立ったときにどう見えるかということは、いつもかなり意識しています。体のどの部分を意識して立つと、観客によりクリアに見えるのかということ。舞台の空間というよりも、ダンサー同士の空間を意識しながらつくります。だから、立っているときに匂い立つものがあるダンサーというのが、ダンサーを選ぶときの大切な要素です」



匂い立つもの……。関の作品では男女のダンサーがそれぞれエロスの香りを漂わせている。それが性差よりも個体差からにじみ出ているのが魅力だ。生命という灯火(ともしび)を個体のなかに確認し、いつくしむような動と静の陰影が織りなす舞台は、不可思議な感覚の世界に導いてくれる。それはデジタルな生活に浸りきっているわれわれの五感を目覚めさせてくれる。同時に、コンテンポラリー・ダンスという可能性の扉を、またひとつ開けてくれそうな気もするのだ。



(彩の国さいたま芸術劇場情報誌『埼玉アーツシアター通信』 2013年7月発行号より)




webDICE_関かおり顔写真(クレジット不要)

関かおり




関 かおり(せき かおり)



埼玉県川越市出身。5歳よりクラシック・バレエを学ぶ。18歳よりモダンダンス、コンテンポラリー・ダンスを始めると同時に創作活動を開始、2003年より発表を始める。08年ソロ作品『ゆきちゃん』でSTスポット「ラボアワード」を受賞。12年には、岩渕貞太との『Hetero』により横浜ダンスコレクションEX2012「若手振付家のための在日フランス大使館賞」、また『マアモント』でトヨタコレオグラフィーアワード2012「次代を担う振付家賞」をダブル受賞。13年、長塚圭史作・演出『あかいくらやみ』公演に振付で参加、好評を得る。独特の舞踊言語と繊細な感性とをもちあわせた注目の振付家。




関 かおり HP http://www.kaoriseki.info/












島地保武+酒井はなインタビュー

取材・文:村山久美子[舞踊史家・評論家]






日本のバレエ界を代表するバレリーナ酒井はなと、世界のダンスシーンに風穴を開けた鬼才振付家ウィリアム・フォーサイスのカンパニーで最も信頼されるダンサーとして活躍する島地保武が、ユニット<アルトノイ>を立ち上げての公演。今公演を皮切りに、二人での活動も展開してゆくという。公私ともにペアのユニットの誕生である。



バックグラウンドの異なる二人



演出振付を主に担当する島地保武は、コンテンポラリー・ダンスを軸とするダンサーだ。山崎広太の公演活動や、コンテンポラリー・ダンスでは日本唯一の公立のカンパニーである、金森穣率いるNoismなどの活動に参加したのち、現在、ウィリアム・フォーサイスが率いるドイツのフォーサイス・カンパニーで、中心的メンバーとして活躍している。フォーサイスのもとでは、表現が外に発散される西洋人とは違って内部へと沈潜してゆく踊り方や、しっとりとした情緒が高く評価され、フォーサイスの作品のラストシーンの、美しい照明に包まれた静謐を湛える踊りを任されるという。こういった外国人を魅了する日本的情緒に加え、さらに普遍的な、パートナーの酒井いわく「ピュアな心ゆえの踊りの透明感」が、島地の大きな魅力である。



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島地保武+酒井はな『PSYCHE』より photo:瀬戸秀美





酒井はなは、新国立劇場のプリマバレリーナとして、開場した時からバレエ団をリードし、フリーになった現在も、名誉ダンサーとして時折この劇場に招かれて踊っている。新国立劇場開場時に、古典作品の主役をロシアの稀有の名舞踊手、亡きナターリャ・ドゥジンスカヤ等々に学んだことで、技や動きの美しさなど踊りが全面的にレベルアップし、かつ、表現の才能が、それ以前にも増して大きく開花した。かつて、演技力が大きくものを言う『ジゼル』の指導に新国立劇場にやってきたドゥジンスカヤにインタビューしたとき、「はなは私の言うことをすぐにとてもよく理解してくれて、期待通りの表現をしてくれる」と目を細めながら語っていたのをよく覚えている。



こうして、若手の時代に新国立劇場での『白鳥の湖』や『ジゼル』などの古典バレエ作品で大成功を収め、日本の代表的バレリーナと認められたのち、酒井の稀有な感情表現が最大限に発揮される演劇的なバレエ、『マノン』、『ロミオとジュリエット』等で観客を圧倒することにより、彼女は押しも押されぬ日本有数の、そして、新国立劇場に招かれてくる外国の世界的スターをも凌駕するほどの女優=バレリーナになった。



そのドラマティックなバレエの名手が、近年コンテンポラリー・ダンスにしばしば取り組み、好評を博している。コンテンポラリー・ダンスにはあまり感情表現を行わず淡々と踊った方がいい作品もあるが、酒井には、表現力がものを言う、そこはかとない情感を漂わせるコンテンポラリー・ダンス作品が似合う。パートナーの島地も、酒井の踊りのソウルフルな面、動きだけで舞台に様々な情景を描き出す特質に大きな魅力を感じており、新作の舞台でもそんな彼女の姿に出会いたいと語っている。





上演する新作の構想



このような実力派が共同振付をしている今回の作品で、まず二人が大切にしているのは、奇をてらった振付よりも、本能的な踊りの衝動から生まれた動きを緻密に積み上げて、とことん踊り込んで究極のクオリティにまで磨き上げること。それゆえ、作品の後半は、古典バレエ作品で言えば踊りの最大の見せ場となるグラン・パ・ド・ドゥ(主役男女の二人の踊りで、男女のデュエットで主に女性の美しさを見せる「アダージョ」、男女それぞれのソロである「ヴァリエーション」、男女二人で大技を見せる「コーダ」から成る形式)のようなシーンを創って、デュエットやソロの充実した踊りを見せたいと考えているという。まさに、彼らのような、極めて優れたダンサーでなければできない創作である。



その一方で、少年のように好奇心に満ち豊かなアイディアをもっている島地の演出力を生かそうとしているのが前半。二人にお話をうかがった7月末は、まだあれこれ演出の可能性を模索している段階だったが、おそらくここに書かずに舞台でのお楽しみにとっておいた方がよいような、サプライズをいろいろ企んでいる。



「あらゆる生命へのいとおしさ、その生命への賛歌」をダンスにしたいという二人のこのような新作は、きっと、やさしさに満ちた美しく尊いものになるに違いない。



(彩の国さいたま芸術劇場情報誌『埼玉アーツシアター通信』 2013年9月発行号より)




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島地保武 photo:Toshi Hirakawa




島地保武(しまじ やすたけ)



日本大学芸術学部演劇学科演技コースに入学、加藤みや子に師事。山崎広太、上島雪夫、能美健志、鈴木稔、カルメン・ワーナー等の作品に参加した後、2004~06年、金森穣率いるNoismに参加。06年、ウィリアム・フォーサイス率いる、ザ・フォーサイス・カンパニー(ドイツ・フランクフルト)に入団。日本での創作活動やワークショップにも、精力的に取り組んでいる。本プロジェクトより酒井はなとのユニット〈アルトノイ〉を始動、二人での共同創作を本格的に開始する。




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酒井はな photo:Toshi Hirakawa



酒井はな(さかい はな)



クラシック・バレエを畑佐俊明に師事。14歳で牧阿佐美バレエ団公演でキューピッド役に抜擢され一躍注目を浴びる。18歳で主役デビュー。以後主な作品で主役を務める。新国立劇場バレエ団設立と同時に移籍、柿落とし公演で主役を務める。コンテンポラリー作品やミュージカルにも積極的に挑戦し、クラシックを越えて類稀な存在感を示している。進化し続ける技術、表現力、品格ある舞台で観客を魅了する、日本を代表するバレエダンサーの一人。新国立劇場バレエ団名誉ダンサー。





〈アルトノイ〉特設サイト http://www.altneu.jp/













彩の国さいたま芸術劇場ダンス・プログラム2013-2014

dancetoday2013 ダブルビル

『関かおり 新作』

『島地保武+ 酒井はな〈アルトノイ〉新作』



2013年10月18日(金)19:30・19日(土)15:00・20日(日)15:00

会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール

チケット料金(税込・全席指定):一般4,000円、学生2,000円

チケット好評発売中

主催・企画・制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団

平成25 年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業



『関かおり 新作』

振付・演出:関かおり

演出助手:矢吹唯

出演:荒悠平、岩渕貞太、後藤ゆう、菅彩夏、関かおり




『島地保武+ 酒井はな〈アルトノイ〉新作』

演出:島地保武

振付・出演:島地保武、酒井はな

音楽:蓮沼執太

衣裳:さとうみちよ(Gazaa)



(公財)埼玉県芸術文化振興財団 公式HP http://www.saf.or.jp/



▼【PV】dancetoday2013 『関かおり 新作』『島地保武+酒井はな 新作』



[youtube:5U43KUUANOc]

『トランス』ダニー・ボイル監督語る「意識と無意識どちらが人の心を支配するのか」

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映画『トランス』のダニー・ボイル監督


『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』などで知られるダニー・ボイルの最新作『トランス』が10月11日(金)より公開される。主人公サイモン役に、日本でも公開を控える『フィルス』などその確かな演技とカメレオンぶりに定評のあるジェームズ・マカヴォイを迎え、記憶を失ってしまった男の潜在意識に入り、消えた絵画を探し出すという設定をスリリングかつスタイリッシュに描いている。ボイル監督が今作で目指したものについて語った。




視覚的な刺激の中に物語を読み解くヒントが隠されている




── 複雑なプロットですが、本作のテーマはどこにあるのでしょうか。



最初は、絵画強盗の話に見えるはずだ。だが、本当は盗まれた記憶の話で、本作のテーマだ。ジョン・ホッジの脚本には驚くべきことが描かれていた。ロザリオ演じる催眠療法士が語る場面だ。彼女はフランクに、人間とは何かを説明する。それによれば「人間は記憶の連続体」だ。要するに、人間は行動や感情の記憶で出来ている。“自分”を保持できるのは、記憶があるからなんだ。“心”というのは、映画で探求するには最高の題材だよ。そこからアイデアを発展させた。



意識と無意識のどちらが人の心を支配するのかという大きな疑問を突き詰めたかった。人は自分がすべてを支配していると信じているが、そうではない。ある程度は意識しているが、次に何を言うかさえ実はわかっていない。そういう点が、とても面白い。



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映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox



── アンソニー・ドッド・マントルの撮影も素晴らしいですが、随所に映像的ギミックが用意されています。



視覚的な刺激を提供するだけではない。その中に物語を読み解くヒントが隠されていて、誰の話を信じるべきかを教えてくれる。登場人物は複雑で、彼らの本当の姿は誰にも分からない。鏡に映ったイメージを本物と見間違えることもある。視覚的な仕掛けを施すと、映像が観客を引き付ける。しかし、もっと注意してみると、そこには物語を解くヒントがある。それに気付けば、仕掛けの秘密も分かる。



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映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox


── 主人公サイモン、ギャングのリーダー、そして療法士のエリザベスの3人の関係がこの複雑なプロットの基板を成していますね。



私は、その点が気に入っていた。それが、この映画を作る理由の一つだった。そういう意味では、『シャロウ・グレイブ』とちょっと似ている。3人の主要人物がいて、誰も見かけ通りの人ではないからだ。映画の冒頭では、ジェームズ・マカヴォイは観客が応援したくなる人物として登場する。その後、彼はフランス人の男に殴られ、「かわいそうなジェームズ」と観客に思われる。もちろん、このままでは行かないけれどね。彼が主人公だと考えると、わけが分からなくなる。そこが作品の重要な設定の一つだ。




── 主演のマカヴォイに加え、そのフランス人役のヴァンサン・カッセルもはまり役です。




ヴァンサンをフランス人のギャング役に起用できて良かった。彼はこういう役をとても見事にこなすが、映画が終わる頃には、そんな彼がまるで失恋したティーンエージャーのようになる。それから、ロザリオは典型的な妖婦の役だ。妖婦といっても、冷たい金髪女性を起用したいとは思わなかった。なぜならそういうタイプのストーリーではないからだ。彼女の役は苦悩を抱えている。最後には感情も見せる、奥深い役柄なんだ。



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映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox



芸術品が作品の一部になる




── フランシスコ・デ・ゴヤの『魔女たちの飛翔』が重要な役割を果たしています。



ゴヤはモダン・アートの父と呼ばれているが、それは彼が人間の精神に踏み込んだからだ。『魔女たちの飛翔』では、布を頭から被った男がいる。あれはジェームズが演じたサイモンそのものだと強く感じた。





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映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox


── ゴヤの絵画の他に、物語に影響を与えるものはありますか。



キャスティング、衣装、登場人物が暮らす場所や色彩、音楽、そういうものすべてで、観客を映画に引き込むように工夫した。そして最後には、観客は連続するトランス状態に陥ることになる。それがこの映画の狙いだ。このストーリーに登場する人物たちは、見かけ通りのままではないからね。何か他のことが起こっている。多くの事情がからんでくる。それがこの映画なんだ。芸術品は間違いなく、作品の一部になっているよ。




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映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox


── 芸術品は実際に人をトランス状態に陥れるものですか?



私の場合はそうだね。ロケハンのために、何人かでサザビーのオークションに行った。映画の冒頭に登場するベテランの競売人(オークショニア)、あれは実際のサザビーの美術品の競売人、マーク・ポルティモアで、彼が案内してくれたんだ。彼は我々を何億ドルもの金額で取引される一流のオークション現場に連れて行ってくれた。そこには、ある絵があり本当に見事だった。もしも70万ポンド(約1億円)を持っていたら、それが自分のものになるのにってね。しかし、それがスタート時の金額だったんだ。どうなることかと見ていたら、最終的には240万ポンド(約3億6600万円)になった。まあ、そういうことだ。でも、あれは本当に素晴らしい絵だった。あれは我を忘れてうっとりした瞬間だったよ。



この『トランス』のストーリーはフィクションだが、科学的な根拠に基づいた話でもある。非常に暗示にかかりやすい5%の人々にとっては、かなり怖い話だよ!



(『トランス』オフィシャル・インタビューより)












ダニー・ボイル プロフィール




1956年、イギリス、マンチェスター生まれ。脚本ジョン・ホッジ、主演ユアン・マクレガーの最初の作品『シャロウ・グレイブ』(94)で注目され、再び同じチームで挑んだ『トレインスポッティング』(96)が、まさに世界に衝撃を与えて大ヒット、一躍その名を知られる。その後、『普通じゃない』(97)、『ザ・ビーチ』(99)、『28日後・・・』(02)、『ミリオンズ』(04)、『サンシャイン2057』(07)を経て、『スラムドッグ$ミリオネア』(08)がアカデミー賞作品賞、監督賞を含む8部門を受賞、その他100を超える映画賞を獲得する。続くジェームズ・フランコ主演の『127時間』(10)では、アカデミー賞の作品賞を始めとする6部門、英国アカデミー賞の9部門にノミネートされ、一流監督の地位を固める。王立ナショナル・シアターで上演された2011年の「Frankenstein」など、TVや舞台でも絶賛される。そして2012年、ロンドン・オリンピック開幕式の総監督を務め、全世界を驚きと歓喜で包んだ。













映画『トランス』

10月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ他 全国ロードショー




白昼のオークション会場から、ゴヤの「魔女たちの飛翔」が盗まれた! 40億円の名画を奪ったのは、ギャングたちと手を組んだ競売人(オークショナー)のサイモン。なぜか計画とは違う行動に出たサイモンは、ギャングのリーダーに殴られる。その衝撃で、サイモンの頭から絵画の隠し場所の記憶が消えてしまった。催眠治療(トランス)で記憶を取り戻させようと、催眠療法士を雇うリーダー。だが、サイモンの記憶には、いくつもの異なるストーリーが存在し、深く探れば探るほど、関わる者たちを危険な領域へと引きずり込んでいく。そしてその先には、サイモンでさえ予想もつかなかった〈真相〉が待ち受けていた─




監督:ダニー・ボイル

キャスト:ジェームズ・マカヴォイ、ヴァンサン・カッセル、ロザリオ・ドーソン、ダニー・スパ-ニ、マット・クロス、ワハブ・シーク

脚本:ジョン・ホッジ、ジョー・アヒアナ

製作:クリスチャン・コルソン

製作総指揮:バーナード・ベリュー、フランソワ・イヴェルネル、キャメロン・マクラッケン、テッサ・ロス、スティーヴン・レイルズ、マーク・ロイバル

撮影監督:アンソニー・ドッド・マントル

プロダクション・デザイナー:マーク・ティルデスリー

編集:ジョン・ハリス

音楽:リック・スミス

衣装デザイナー:スティラット・ラーラーブ

キャスティングゲイル・スティーヴンス、ドナ・アイザックソン

2013年/アメリカ・イギリス合作映画/R15+

原題:TRANCE

配給:20世紀フォックス映画

©2013 Twentieth Century Fox

公式サイト:http://trance-movie.jp

公式Twitter:https://twitter.com/TranceMovieJP

公式Facebook:https://www.facebook.com/TranceMovieJP





▼『トランス』予告編


[youtube:LC3XMGNhXnM]

『マイク・ミルズのうつの話』公開、ミルクマン斉藤氏による「オール・アバウト・マイク・ミルズ【映像編】」

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『マイク・ミルズのうつの話』のマイク・ミルズ監督 ©Sebastian Mayer


映像作家マイク・ミルズが日本のうつを抱える5人の若者の生活を記録したドキュメンタリー『マイク・ミルズのうつの話』が10月19日(土)よりロードショー。公開を記念して、ミルクマン斉藤氏が彼の作品に共通するメッセージを、これまでの映像作品を通して解説する。





『サムサッカー』の日本公開直前、2006年6月26日。Apple Store銀座で行われたマイク・ミルズ監督とホンマタカシ氏とのトークショウで、僕は映像面でのコメンテイター的役割を仰せつかって、舞台で一緒に喋ったことがある。その夜、マイクは2時間ほどのイヴェントが終わるや日米混成の撮影クルーとともに慌ただしく姿を消し、ウチアゲ場所に戻ってきたのは数時間後。なんでも「うつ」に関するドキュメンタリを東京で制作中とかで、寸暇を惜しむように撮影に出かけていたというわけだ。間違いなくそのときの素材も本作の一部になっているのだろう。



しかし当時の日本ではまだ、マイクの映像への取り組みについて、グラフィック・デザイナーの余技程度と思われていたフシがある。日本でも放送された、「ウェスト・サイド物語」の音楽に乗せて男女が歌い踊るGAP社のCF[“Cool”('99)、 “Mambo”('00)]等の仕事や、いくつかの個性的なPV作品は一部で話題になっていたはいたのだが。


▼GAP社のCF“Cool”('99)





▼GAP社のCF“Mambo”('00)






しかし実際は10年前の'96年、すでに彼は映像を中心としたクリエイター集団「ザ・ディレクターズ・ビューロー」をローマン・コッポラとともに設立していたのだった。友人のソフィア・コッポラやスパイク・ジョンズにそそのかされたとはいえ、この時点で「自分たちの撮りたいものを自分たちのペースで撮る」ことが設立動機としてあったらしく、まださほど実作はなかったにしろ、「映像」への興味はずいぶん前からマイクの中で大きくなっていたのだ。



もっとも、彼の永遠のヒーローはチャールズ&レイ・イームズ。デザインだけでなくさまざまなジャンルを駆使したトータルなヴィジュアル・コミュニケーションを図った先駆者を私淑しているのだから、映像を手掛けずにいられるワケがない(マイクがイームズから受けた影響を端的に想起させるのは初期のデザイン・ワークだが、近作であるCisco 社のCF“Tomorrow 60 Generic”('12)もイームズ的な理系グラフィック全開だ)。



▼Cisco 社のCF“Tomorrow 60 Generic”('12)







そんな彼が最初期に手掛けたテーマは、(スパイク・ジョンズと同じく)自身がその仲間でもあった“スケートボーダー”だった。



少年スケーターたち(ひとりはまだ7歳だ)にひたすらキャメラを向けた習作“Skate Boarding with Dave and Jared”('95)。プロスケーター/マルチ・アーティストのエド・テンプルトン夫妻を題材とし、マイク自身「最初の映像作品」と認める“Deformer”('96)。10代の素人カップルに密着したリアルな愛の姿をAirの楽曲のPVという形でまとめた“All I Need”('98)……。美術館の館長を父に持ち、幼少期から日常的にアートに親しんで美大に進学、でもアートを取り巻く“大げさな雰囲気”が嫌だったというマイクにとって、本当にエキサイティングな“みんなのためのアート”が存在し得たのがスケーターたちの世界。そこは自分と同じく、学校や社会にうまく適応できず、居場所を見つけられない疎外された者たちの聖域でもあったのだ(今と異なり、スケートがファッションではなくサブカルチャーだった時代の話だが)。



▼AIRのPV“All I Need”('98)

[youtube:Aw8i28bNoYY]



▼“Deformer”('96)








これらのスケーター・フィルムはすべてマイクの出身地でもあるカリフォルニア州で撮られたドキュメンタリ的作品。いや、いっそヌーヴェル・ヴァーグっぽく、“シネマ・ヴェリテのスタイル”といったほうが近いかも。マイクの映像作品の本流は、どうやら “いまのリアル=真実”を正直に、画面に掴まえることにあるようだ。




そこで彼が好んで舞台に選ぶのが「サバービア」。寸分変わりのない画一的な住宅が延々と並び、画一的なモラルと画一的に平穏な生活があらかじめ約束されたような郊外の人工的コミュニティ。しかしそのほころびは誰の目にも明らかで、'80年代以降デイヴィッド・リンチやティム・バートンらが皮相的に描いて、いささかの嘲笑と奇異の目で見られるようにもなった。



だがマイクの視線はより穏やか。外部の影響から遮断された、ある種の結界に生きる人々に対して共感する目を忘れない。それは社会から疎外された者としての共感でもあるだろう。先に挙げたスケーター・フィルムはすべてサバービアものだし、“The Architecture of Reassurance”('99)(「安心の建築」といった意か)はサバービアの外から“潜入”した孤独な少女アリス(!)が、画一的世界の中で居場所のなさを感じつつ暮らす同年代の少年少女と出会っていくお話。“Paperboys”('01)も自転車走らせサバービアを新聞配達するガキどもの、ガキなればこその鬱屈を描くドキュメンタリだ(この地味なフィルムのスポンサーはNYのブランド、ジャック・スペードだ)。……ちなみにサバービアの特徴的な風景を用いたものとしてはフォルクスワーゲン社の爆笑CF“Tree”('00)が忘れがたい。また、孤独感に打ちひしがれつつロマンティックな夢を見る工場労働者(といっても外見は巨大な猿!)と幻のセクシー美女とのラヴ・ストーリー、Divine ComedyのPV“Bad Ambassador”('00)もテーマ的に相通じるものがあるだろう。それはともかく、このサバービアものの系譜はやがて初長編作『サムサッカー』('05)に結実していく。




▼“The Architecture of Reassurance”('99)





▼“Paperboys”('01)





▼“Tree”('00)




▼Divine ComedyのPV“Bad Ambassador”('00)







内向的な性格のため、サバービアの中で孤立感を深める高校生ジャスティン。彼には父親からも激しく咎められる「親指をしゃぶる癖」があり、催眠療法でいったんは治ったものの、しゃぶれないことで心のバランスを崩してしまう。ADHD(注意欠陥多動性障害)の診断を受けたジャスティンは「なんだ、僕は病気だったんだ」とあっさり腑に落ちて、自ら進んで薬を飲み始める。すると彼の天才がみるみるうちに開花、ディベイト・クラブのスターになるが、何故か周囲のものごとがすべてうまくいかなくなりはじめ……。主人公だけでなく、親の世代も含め、登場人物皆がまだ“成長の途上”にあり、何かに依存しているこの映画。次作にあたる『マイク・ミルズのうつの話』へと明らかに連続していくのが判るだろう。




▼『サムサッカー』('05)予告編

[youtube:elIDZam2tD4]




舞台はサバービアから東京に移れど、状況はほぼ一緒だ。「普通であること」「模範的であること」「成功すること」「強くあること」「浮き出さないこと」等々が求められる社会の中で、自分のありかたを不安に感じ、ある者は病気だと診断されたりして (そこには製薬会社や医者の“目論見”があったりもする)、ついにはもともとの自分を見失ってしまう。逆にいうと、東京は巨大なサバービアである、ということか。



実はマイクが『サムサッカー』の……というか長編映画の製作に着手した理由は1999年、母の死に際して自分を見つめ直したのがきっかけだったらしい(また、母はうつでもあった)。しかもその4カ月後、父親が突然ゲイであることをカミングアウト!「これからは本当の意味で人生を楽しむことにする」と宣言し、“初心者”であることを恐れずに75歳でゲイ・コミュニティに飛びこんで、若い恋人まで作り、癌で亡くなるまでの5年間、第二の人生を謳歌した。明日の人生を楽しむ方法とは、過去の呪縛から逃れ、いざとなれば「初心者」としてすぱっと生きなおせる勇気である……これを、父親役クリストファー・プラマー(これでアカデミー助演男優賞受賞)と、マイク自身を投影したユアン・マクレガーの名演を得て描いたのが、長編第3作『人生はビギナーズ』('11)だ。




『人生はビギナーズ』('11)予告編

[youtube:afvRPX6z0gM]


つまりは「Let's be Human Beings」……「人間らしく生きようよ」。マイクが長短さまざまな作品で繰り返してきたメッセージは、まさにこの言葉に尽きる。最初期の映像作品集のタイトルでもあるこの言葉、なんでも昔のガールフレンドの台詞らしいが、なんと簡潔にマイク・ミルズのテーマを示していることだろうか!



(文:ミルクマン斉藤 『マイク・ミルズのうつの話』劇場パンフレットより)









ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)




1963年生まれ。映画評論家。グラフィック・デザイン集団groovisionsの、唯一デザインしないメンバー。日本のクラブ・シーンにおけるVJのさきがけでもあり、ピチカート・ファイヴのステージ・ヴィジュアルを8年間手掛ける。1999年と2003年の「中平康レトロスペクティヴ」、'2001年の「鈴木清順レトロスペクティヴ STYLE TO KILL」ではスーパーヴァイザー的役割と予告編制作を務めた。著書に『中平康レトロスペクティヴ――映画をデザインした先駆的監督』(プチグラパブリッシング/2003年)、『至極のモダニスト 中平康』(日活/1999年)がある。月イチの映画トーク・ライヴ「ミルクマン斉藤の日曜日には鼠を殺せ」を大阪で主宰。











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マイク・ミルズが捉えた、抗うつ剤を服用しながら自分らしく生きる東京の若者たちのありのままの生活 | 薬という形のアメリカ的グローバリズムを記録した『マイク・ミルズのうつの話』クロスレビュー(2013-10-08)

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カプセルの中に詰まったグローバリゼーション『マイク・ミルズのうつの話』監督インタビュー(2013-10-04)

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うつ病当事者の知られなかった日常を淡々と描いた貴重な記録『マイク・ミルズのうつの話』 /精神科医の田島治氏による解説(2013-09-20)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3979/











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映画『マイク・ミルズのうつの話』

2013年10月19日(土)より、渋谷アップリンク他全国順次公開




監督:マイク・ミルズ

撮影:ジェイムズ・フローナ、D.J.ハーダー

編集:アンドリュー・ディックラー

制作:カラム・グリーン、マイク・ミルズ、保田卓夫

出演:タケトシ、ミカ、ケン、カヨコ ダイスケ

配給:アップリンク

宣伝:Playtime、アップリンク

原題:Does Your Soul Have A Cold?

84分/アメリカ/2007年/英語字幕付

公式サイト:http://uplink.co.jp/kokokaze/

公式Twitter:https://twitter.com/uplink_els

公式Facebook:https://www.facebook.com/kokokaze.movie




▼映画『マイク・ミルズのうつの話』予告編

[youtube:R7T4BYQ0Ct0]

マイク・ミルズ監督「〈落ち込んでいると感じてはいけない〉という社会の声があっても、自分に正直になること」

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原宿VACANTにて開催された映画『マイク・ミルズのうつの話』先行上映イベントにて 左より、スカイプで登場したマイク・ミルズ監督、プロデューサーの保田卓夫さん、通訳の江口研二さん


グラフィック・アーティストそして映画監督として活躍するマイク・ミルズ監督が日本のうつをテーマに挑んだドキュメンタリー映画『マイク・ミルズのうつの話』。その先行上映イベントが、東京・原宿VACANTで行われた。当日は、マイク・ミルズ監督がロサンゼルスの自宅からスカイプで出演したほか、今作のプロデューサーである保田卓夫さんも登壇。撮影当時のエピソードやこの映画に込めた思いについて観客の前で語った。会場には、今作に出演するMIKAさんも現れ、スカイプを通してマイク・ミルズ監督と再会を果たした。
『マイク・ミルズのうつの話』は、10月19日(土)より渋谷アップリンクほか全国順次公開となる。



うつを抱えた彼らがほんとうに戦いながら一歩踏み出してくれたことに感嘆した



── 『マイク・ミルズのうつの話』で日本のうつを抱える5人を追っていますが、どうしてアメリカ人のあなたが日本を舞台にこのテーマを撮ったのでしょうか?



マイク・ミルズ監督:大きく2つの理由があります。ひとつは、私は日本に来ることが多く日本人の友人も多いのですが、たまたま友人の女性のひとりが抗うつ剤を飲んでいるのを見たのです。アメリカから発信されている薬が、日本に輸出され入り込んでいることに興味を持ちました。そしてもうひとつは、ニューヨーク・タイムズの記事でパキシルとグラクソ・スミスクラインのこと、そして「Does Your Soul Have A Cold?」という広告キャンペーンについて知ったことで、この問題に興味を持ちました。



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映画『マイク・ミルズのうつの話』より



── そのフレーズはこの映画の原題になっていますね。マイク・ミルズ監督から「保田さんはこの作品のプロデューサーとして関わり、うつという心の病を抱えたセンシティブな方が多かったので気配りをしてくれた」と聞いています。



保田卓夫(以下、保田):気配りをする以前に、この映画の制作にとりかかった時は、恥ずかしながらうつについては全く無知で、無知であることも知らなかった状態で、普通にドキュメンタリーを撮る手順で制作を始めました。オーディションのようなかたちで、いろいろな方とお会いしてお話をさせていただく機会を持ちました。その時に、埼玉に住んでいて、杉並の僕の自宅に来る予定だった方がいて、「行き方が分からない」と電話をかけてきたんです。私は駅からの道順を伝えたのですが、しばらくしてその方が家に来ると、すごいぐったりした状態でした。「どうしたのですか」と聞いたら、「実は何年も家から出たことがなくて、でも、どうしてもこの映画の力になりたかった。何年かぶりに電車に乗って、駅までくれば駅前にタクシーがあるだろうと思ったんだけれど、小さな駅でタクシーが一台も停まっていなかったので、困って電話しました」とおっしゃいましたこういう人たちとこれから映画を作っていかなければいけないんだ、とガーンと頭でハンマーを殴られたような気持ちになり、目を覚まされました。それが僕にとってのひとつの大きな事件でした。



マイク・ミルズ監督:保田さんとは、ほんとうの意味でのパートナーとして仕事をしてきましたので、今日、保田さんとこうして会えることができてすごく嬉しいです。自分がアメリカ人として関わるなら、みなさんに敬意を表して撮りたい思いがありました。アメリカ文化の状況と違うのは、この映画に関わってくれた人たちが「うつに対する社会の考え方を変えたい」「状況を理解してもらいたい」ということを伝えて、役に立ちたいと、何かに尽くすような感覚だったところです。



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映画『マイク・ミルズのうつの話』より


保田:僕もアメリカで映画制作をしたことがありますが、アメリカの人はすぐ映画に出るのを許可してくれるし、素人でも撮影できたりする。けれど、日本に来ると「すみません」と顔を隠して撮られることを避けがちです。ですから、この企画を作りはじめるときに誰が出てくれるか心配でした。ところが、実際オーディションをはじめると、使命感を持って、積極的に映画に関わっていきたいという方が数多くおられたことが驚きとしてありました。完成した映画をご覧になったみなさんもよく分かったんじゃないかと思いますが、「どうしても自分のいる状況をみなさんに伝えたい」という気持ちを持っておられる方ばかりでした。うつというのは、ある意味、外部から遮断された世界に閉じ込められてしまうようなところがあると思います。そこにいるからこそ「どうしても手を伸ばしたい」「声を伝えたい」という気持ちを持っているんだ、ということが、制作しながら僕が学んだことのひとつです。



マイク・ミルズ監督:私もうつの時期が少しあったので、その状況がどれだけ大変なのかは分かっているつもりです。感嘆したのは、彼らがほんとうに戦いながらそういう状況から一歩踏み出してくれたこと。ほんとうに敬意に値することでした。



── うつを抱えていてもそうでなくても、毎日辛いことはみなさんあると思いますが、そういったものに向き合いながら、どうやって自分の人生を良くしていこうか、というところがこの映画のメッセージであり、さらに、端から見ると少し滑稽だなというところも、まるごと肯定してくれるところが励みになる作品だと思います。

本日はサプライズ・ゲストとして、映画に出演したMIKAさんに客席にお越しいただいています。MIKAさんは嫌いなお酢を毎日飲んだりヨガをしたりして、自分を整えようと努力していた方です。



マイク・ミルズ監督:お元気ですか?また会えてうれしいです!あらためて、映画に出てくださってほんとうにありがとうございます。この状況でまた会えるなんてすごく不思議ですね(笑)。



MIKA:私はこの映画を撮り終わって1年後くらいに、薬を止めることができて、今は元気に生活しています。



マイク・ミルズ監督:すばらしいですね。薬を止めることが良いか悪いかではなくて、MIKAさんの気分が良いことがいちばん素晴らしいことです。MIKAさんはとても愉しくおかしく、頭の良い女性でしたから、さらにそうなっているんじゃないでしょうか。



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映画『マイク・ミルズのうつの話』先行上映イベントにスカイプで登場したマイク・ミルズ監督




MIKA:元気な姿をお伝えできてよかったです。ありがとう。



マイク・ミルズ監督:私もすごく嬉しいです。MIKA、これが見えますか?赤ちゃんが生まれたんです(と、写真を見せる)。



MIKA:よかった!



── MIKAさん、ありがとうございました。




自分が良い気分で生きることができる方法を探している人を撮る




(観客からの質問):7年前くらいにこの映画の出演者を募集されているのをmixiかなにかで見て、できるのを心待ちにしていましたので、今回観られることができてすごくよかったです。自分からこの映画に出演したいと申し込んだ方は最終的に何名いらしたんですか?



保田:具体的には覚えていないのですが、たくさんの方に「出たい」という意思を示していただきました。今回は「都内在住であること」「抗うつ剤を飲んでいること」「日常生活をありのままに撮らせてくれること」という条件がありましたので、何人かの方に絞っていきました。オーディションのプロセスを経て、撮影の段階であと3人くらいいらしたんですけれど、映画の内容にぴったりくるかという監督の判断で、編集の段階で割愛させていただきました。



(観客からの質問):日本での公開が今年になった理由を教えてください。



マイク・ミルズ監督:それは私にも分かりませんが、自分の選択として、医者にインタビューをしませんでしたし、抗うつ剤を服用しながら対処している人たちに直接話してほしいと考えていました。そしてナレーションにも専門的な人を入れませんでしたので、閉じないエンディングになりすぎているのかもしれません。そうしたこともすぐに公開されなかった理由にあると思います。アメリカでは2007年にケーブルテレビで放映されましたが、映画に参加してくれた人のおかげでほんとうに完成したと思っています。







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映画『マイク・ミルズのうつの話』より



(観客からの質問):なぜあの5人だったのですか。特にKENさんを映す意図は何だったのですか。彼のパートだけ別の映画のように見えたんです。



マイク・ミルズ監督:最終的な5人の他に、他にも撮った人たちが本編に入らなかったのは、十分にいいかたちで彼らを描ききれなかったからです。KENさんは、とてもおもしろくて真面目で、変わった人でもありますが、同時にとても伝統的で、昔の日本を代弁するような家や家族を持っています。そうしたいろいろな興味深いものを抱えていたのが、彼を撮った理由です。私の興味は薬を服用している人でしたが、もうひとつ、自分自身が良い気分で生きることができる方法を探している人に興味がありました。KENさんのあの縄のシーンを入れたのは、それが、彼自身のより良い気分になれる方法だったからです。あの場面を入れたことで、あまりに変だと思ったり、利用しているように映るかもしれませんが、あのシーンはKENさんの人生の選択なのです。



(観客からの質問):KENさんにとっての気分を上げる、コントロールするための方法だということで、映すことにしたのですね。



マイク・ミルズ監督:薬を服用している人、というとても狭い基準以外に、生活のうえで気分をよくするための様々な方法を描きたかった。絵だったり、エクササイズだったり、タカトシさんのようにチャートをつけたり、KENさんの縄もそうです。そして、彼が感じている家族や社会に対する感覚が、彼のうつの原因になっているのではないか、というところもあると思うんです。それが彼を入れた理由です。




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映画『マイク・ミルズのうつの話』より





── 落ち込んだり辛かったりするときに、監督や保田さんはどのように自分のモチベーションを上げていますか?



保田:僕はこの問題についてエキスパートでないのですが、例えば映画などアートを見たり読んだりすることの理由のひとつとして、人ががんばっているのを見ることが出口に繋がるということがあると思います。でもやっぱり落ち込みますし、落ち込んだときに処方箋があるかといえばないですし、その時その時がんばるしかありません。この映画で、僕より数十倍辛い経験をしていながら、はるかに明るく生きている人たちを間近に撮影させていただいたという経験は、ひとつの宝かもしれないです。



マイク・ミルズ監督:難しいですね……。落ち込んだ時というのは、自分で気分を上げてというのはとても大変なことです。この映画に出てくる人たちのように、基本的に誠実であることが必要だと思います。自分の気持ちに対しても、人との関わりにおいても正直であること。それで何かしらの親密さを自分なりに見つけることが大切だと思います。うつのような感情を感じてしまったときは、「落ち込んでいると感じてはいけない」という心の声や、社会の声が聞こえてしまうことがあります。でも、自分の気持ちに正直になることで、その状況を破ることができるのではないでしょうか。




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映画『マイク・ミルズのうつの話』より


保田:それが僕もこの映画を通して学んだことです。いろんなうつの方と話していくなかで、みなさんが共通して持っている対処法は「無理をしない」ということです。



── 最後に日本での公開にあたり、メッセージをお願いします。



マイク・ミルズ監督:東京で撮影したということもあって、今日はVACANTで観ていただけて、とても嬉しいです。この映画で描いたうつという問題は大きすぎて、そしてまだ知らないことが多すぎて、簡単にメッセージを言えるような立場ではないので気が引けますが、あえて言えば、優しさはいつでも大切なことだと思います。



(2013年10月5日、原宿VACANTにて 通訳:江口研一 取材・文:駒井憲嗣)










マイク・ミルズ プロフィール



1966年生まれ。カリフォルニア州サンタ・バーバラ出身。高校を卒業後、ニューヨークのアート・スクールへ入り、次第にグラフィック・アーティストとして頭角を現す。X-GirlやMarc Jacobsなどにロゴやデザインを提供。また、ソニック・ユースやビースティ・ボーイズ、チボ・マットなどのアルバム・デザインやミュージック・ビデオを制作し、90年代のNYグラフィック・シーンの中心人物となる。やがて、ジム・ジャームッシュの影響を受け、映画を撮り始める。90年代末、友人であったスパイク・ジョーンズとソフィア・コッポラの紹介で、ローマン・コッポラとディレクターズ・ビューロー社を設立。ナイキやアディダスなどのCMや、エール、モービーといったミュージシャンを題材にしたドキュメンタリーを手がけながら、長編映画監督デビュー作『サムサッカー』(05)を発表、サンダンス映画祭で評価され映画監督としても注目を集める。長編2作目となる『人生はビギナーズ』(10)では、自身の父親との関係を題材にオリジナルの脚本を執筆し、インディペンデント・スピリット・アワードの監督賞と脚本賞にノミネートされ、ゴッサム・アワードの作品賞を受賞した。「社会のアウトサイダー」が、彼の一貫したテーマである。



保田卓夫 プロフィール



東京生まれ。ニューヨーク大学で映画製作を学び、卒業後はニューヨークを拠点にNHKのドキュメンタリー番組などに多数参加。ニューヨーク在住中の1998年に長編劇映画『アートフル・ドヂャース』(出演:いしだ壱成、西島秀俊他)を発表。2001年に帰国後は、MTV Japanでプロデューサーを務める。2003年末にMTV Japanを退社し、制作プロダクション・Incredible Quacksを設立。2004年にはエリック・クラプトンを追ったドキュメンタリー『セッションズ・フォー・ロバート・J』にライン・プロデューサーとして参加。2005年にはTVドキュメンタリー「MTV Biography: Jim Jarmusch」を演出、劇映画『TKO HIPHOP』(監督:谷口則之、出演:山根和馬、武田航平他)をプロデュース、ハリウッド映画『GOAL!2』に助監督として参加するなど、多方面で活躍している。











【関連記事】

マイク・ミルズが捉えた、抗うつ剤を服用しながら自分らしく生きる東京の若者たちのありのままの生活 | 薬という形のアメリカ的グローバリズムを記録した『マイク・ミルズのうつの話』クロスレビュー(2013-10-08)

http://www.webdice.jp/dice/detail/3978/

カプセルの中に詰まったグローバリゼーション『マイク・ミルズのうつの話』監督インタビュー(2013-10-04)

http://www.webdice.jp/dice/detail/3998/

うつ病当事者の知られなかった日常を淡々と描いた貴重な記録『マイク・ミルズのうつの話』 /精神科医の田島治氏による解説(2013-09-20)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3979/











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映画『マイク・ミルズのうつの話』

2013年10月19日(土)より、渋谷アップリンク他全国順次公開




監督:マイク・ミルズ

撮影:ジェイムズ・フローナ、D.J.ハーダー

編集:アンドリュー・ディックラー

制作:カラム・グリーン、マイク・ミルズ、保田卓夫

出演:タケトシ、ミカ、ケン、カヨコ ダイスケ

配給:アップリンク

宣伝:Playtime、アップリンク

原題:Does Your Soul Have A Cold?

84分/アメリカ/2007年/英語字幕付

公式サイト:http://uplink.co.jp/kokokaze/

公式Twitter:https://twitter.com/uplink_els

公式Facebook:https://www.facebook.com/kokokaze.movie




▼映画『マイク・ミルズのうつの話』予告編

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ロサンゼルスのホラー短編映画祭Visceraが日本にも出現、東京スクリーム・クイーン映画祭

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東京スクリーム・クイーン映画祭上映作品『ドール』より


世界から集められた、女性監督によるホラー&ダーク・ファンタジーの短編作品を上映するイベント、東京スクリーム・クイーン映画祭が10月26日、27日の2日間、渋谷アップリンク・ファクトリーで開催される。東京スクリーム・クイーン映画祭は、毎年アメリカ・ロサンゼルスで行われている女性ホラー監督が手掛けた短編作品を集めたViscera映画祭の姉妹映画祭として今年より始動する。開催にあたり、Viscera映画祭のシャノン・ラークさん、そして東京スクリーム・クイーン映画祭の中西舞さんという日米のスタッフに、映画祭の特徴そして見どころを聞いた。




映画は女性にとって考え方や感じる事を表現する重要なツール




── 今回の東京スクリーム・クイーン映画祭を開催することになった経緯を教えてください。




中西舞:カナダ在住中に、現地で知り合った女性監督がViscera映画祭上映会をバンクーバーで主催する事になり、足を運んだのがViscera映画祭を知ったきっかけです。グロテスクな中にも独特の美的感覚があったり、毒がたっぷり効いたダーク・ユーモア満載の作品に一瞬で心を奪われました。いつか自分でもホラー映画祭をやりたいと考えていたので、Visceraの存在を知った事で日本で開催出来たら面白いだろうな、と具体的に考えるようになりました。偶然、今年のViscera映画祭に私が携わったゾンビ短編が招待される事になり、これはチャンスだと思い、Viscera主催者に東京でのイベント企画を提案しました。バンクーバーViscera主催者の友人の推薦もあり、シャノンを始めスタッフの皆さんが快く承諾してくださり、今回のイベントが実現しました。





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中西舞さん




── シャノンさんはなぜ女性作家にこだわった映画祭を企画されたのでしょうか



シャノン・ラーク:一番の理由としては映画という手段を使って女性がストーリーや考え方を共用する事の必要性を感じるからです。ホラーというジャンルは作り手の恐怖心や欲求が強く反映されるものだと思います。作り手の周りで起きている政治的、社会的そして生物学的な事柄がメタファーやシンボルとして表現され、それらが映像となって観客に投げかけられていると考えます。映画は女性にとって考え方や感じる事を表現する重要なツールであり、そのプロセスを通して映画業界がより良いものになると信じています。




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シャノン・ラークさん




── 女優として活動されていたシャノンさんが、演じる側から見せる側(映画祭主催者)に意識がシフトしていった、その心の変化についてお聞きかせください。



シャノン・ラーク:女優をしているからこそ映画を作る側の道にも興味が湧き、また映画を作りたいと思いました。また映画を作る側として活動して行く中で、映画祭という形で他の作り手たちの作品が共用出来る場を作りたいと考えました。そしてフィルムメーカーと自分たちの夢を追いかける人たちをサポートする活動をしたいと考えました。



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Viscera映画祭のポスター


── 過去の映画祭についてお聞きします。1回目の規模、2回目以降の規模、実績、心に残っているエピソードがあれば教えてください。



シャノン・ラーク:Viscera映画祭を立ち上げてから色々な方々からサポートを受ける事が出来ました(東京スクリーム・クイーン映画祭も勿論その1つです!)。



Viscera映画祭の上映イベントではスタッフやスポンサーなど沢山の方に協力して頂いていますが、昨年からは歴史のあるロサンゼルスのエジプシャン・シアターで開催する事が出来たのはとても光栄な事でした。




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東京スクリーム・クイーン映画祭上映作品『キラーズ』より



東京から日本&アジアの女性監督によるホラー作品を世界へ発信したい




── 今までみたホラーベスト5は何ですか。また尊敬する作家はいますか。理由も含めて教えてください。



シャノン・ラーク:トップ5は、順不同で『アレックス』(ギャスパー・ノエ監督)、 『屋敷女』(ジュリアン・モーリー & アレクサンドル・バスティロフ監督)、『サンタ・サングレ/聖なる血』(アレハンドロ・ホドロフスキー監督)、『ハードウェア』(リチャード・スタンリー監督) そして『渇き』(パク・チャヌク監督)です。



尊敬する監督は、ハーモニー・コリン、ピーター・ジャクソン、デビッド・リンチ、そしてアレハンドロ・ホドロフスキー。女性監督であれば、キャサリン・ビグロー、そしてメアリー・ハロンです。



中西舞:順不同で、『死霊のはらわら』(サム・ライミ監督)、『シャイニング』(スタンリー・キューブリック監督)、『何がジェーンに起ったか?』(ロバート・アルドリッチ監督)、『永遠のこどもたち』(J・A・バヨナ監督)『ミスト』(フランク・ダラボン監督)です。



尊敬する監督を挙げると、テリー・ギリアム、サム・ライミ、パク・チャヌク、ヤン・シュヴァンクマイエル、ギレルモ・デル・トロ、そしてデヴィッド・リンチです。



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東京スクリーム・クイーン映画祭上映作品『オレンジ郡殺人鬼』より



── シャノンさんは、日本のホラームービーについてどんな意見を持っていますか?



シャノン・ラーク:これまで『リング』、『呪怨』、『オーディション』、『自殺サークル』と『東京残酷警察』そして『ステーシー』を見ました。アジアのホラー映画は好きですが特に日本のホラー映画はとてもリアルで怖くて大好きです。また日本映画の中で描かれているセクシュアリティや社会的圧力についてとても興味を持ちました。




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東京スクリーム・クイーン映画祭上映作品『フランケン・ブライド』より


── 今回の映画祭実現に向けて、どんな点が大変でしたか?




中西舞:実現に向けて一番大変だった事は日本語以外の上映作品(22本)に字幕を付け、上映素材を制作する作業です。朝から深夜まで作業に没頭する日々が続きました。まだスポンサーがついている訳では無いのでお金もかけられませんし、ウェブサイトも手作りです。ロゴや映画祭の予告編も海外のクリエイターの友人らと毎日深夜から朝方までskypeしながら作業したりと寝不足な日々でしたが、自分達で一から作っているという実感があってとても貴重な経験になったと思います。こちらがやりたいと希望している事も、会場のアップリンクは自由にやらせてくださったのでとてもありがたかったです。


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東京スクリーム・クイーン映画祭上映作品『さまよう心臓』より



── これからこの映画祭は、日本とアメリカでそれぞれどのように展開していくのかビジョンを教えてください。




シャノン・ラーク:私たちは女性のジャンル映画作家の支援を一番の目的として活動しています。今後も夢を追い続ける女性たちを応援しサポートしていきたいと考えます。




中西舞:Viscera映画祭とのコラボレーションは今後も続けていく方向ですが日本を中心としたアジア女性監督の作品を更に集められればと考えます。まだ立ち上がったばかりですが、これからも色々な方達と協力して東京スクリーム・クイーン映画祭を盛り上げて行き、将来的には東京から、日本&アジアの女性監督によるホラー作品を世界へ発信出来るような場になれればと考えます。




シャノン・ラーク:東京スクリーム・クイーン映画祭の上映ラインナップは素晴らしいと思います。才能溢れる女性フィルムメーカーの作品を観に来て下さい。そしてぜひ皆さんで東京スクリーム・クイーン映画祭をサポートしてください!



(構成:駒井憲嗣)











シャノン・ラーク プロフィール



子供の頃からエンターテイナーとしての才能を発揮し、舞台への出演やダンサーとして活動していたが16歳の時に初めて映画を作る。それから10年余り、監督、脚本、女優、プロデューサーそしてViscera映画祭の運営に従事。オハイオ州、ニュー・メキシコ州、カンザス州などアメリカ中の色々な州を渡り、現在はカリフォルニア州ロサンゼルスを拠点として活動中。



中西舞 プロフィール



東京都出身。シンガポール育ち。カリフォルニア大学映画学科在籍中に市民向け映画上映会のボランティアや現地映画会社でのインターンをきっかけに映画業界でのキャリアをスタート。外資系映画会社や映画専門チャンネルを経て、2011年にカナダに渡り、映画プロデュースを学ぶ。現在はホラーを中心としたコンテンツの企画・プロデュースに携わる。











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東京スクリーム・クイーン映画祭

2013年10月26日(土)27日(日)渋谷アップリンク・ファクトリー




企画:中西舞(ghastlyghostly)

協力:The Viscera Organization



公式サイト:http://screamqueen2013.wix.com/screamqueenfftokyo

公式Facebook:https://www.facebook.com/ScreamQueenFilmfestTokyo














【オープニングプログラムA】(77分)

2013年10月26日(土)開場18:45/上映19:00


『ドール』

『キラーズ』

『ベイビー・フェイス』

『さまよう心臓』

『エターナル・プリンセス』

『ハロウィン・キッド』

『ドア』

『暗闇』

『バタフライ』

上映後Q&Aあり

ゲスト:秦 俊子監督(『さまよう心臓』)、イサベル・ペパード監督(『バタフライ』)












【プログラムA】(77分)

2013年10月27日(日)開場14:45/上映15:00


『ドール』

『キラーズ』

『ベイビー・フェイス』

『さまよう心臓』

『エターナル・プリンセス』

『ハロウィン・キッド』

『ドア』

『暗闇』

『バタフライ』

上映後Q&Aあり

ゲスト:イサベル・ペパード監督(『バタフライ』)













【プログラムB】(78分20秒)

2013年10月27日(日)開場17:15/上映17:30


『フランケン・ブライド』

『ジャンプ!』

『ハリウッド・スキン』

『殺人バニ―』

『共食い』

『ママとモンスターたち』

『集会』

『貧血』

上映後Q&Aあり

ゲスト:加藤麻矢監督(『貧血』)、大畑創さん(映画監督『へんげ』『大拳銃』)












【プログラムC】(75分50秒)

2013年10月27日(日)開場19:45/上映20:00


『オレンジ郡殺人鬼』

『マイ・ゾンビ・フレンド』

『ハロウィン・ナイト』

『殺人子守歌』

『香港ドリーム』

『シェルター』
『記念日のディナー』

『HIDE AND SEEK』

上映後Q&Aあり

ゲスト:朝倉加葉子監督(『HIDE AND SEEK』『クソすばらしいこの世界』)、大畠奈菜子さん(『クソすばらしいこの世界』主演)


『ダイアナ』オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督語る「彼女は挑戦し闘うメスのライオンだった」

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『ダイアナ』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督


1997年8月31日に交通事故で亡くなった元英国皇太子妃ダイアナの人生を描く映画『ダイアナ』が10月18日(金)より公開される。『ヒトラー ~最期の12日間~』で高い評価を得たオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督がダイアナ役にナオミ・ワッツを迎え、華やかなシンデレラ・ストーリーの後、王子との破局を迎えるものの、心臓外科医のハスナット・カーンと出会い、ひとりの人間として自立していく姿を確かな筆致で描いている。ヒルシュビーゲル監督に、ダイアナの人物像そして制作の模様について聞いた。





何が起こったのかを正確に伝えたい



── 最初今作においては、ダイアナ妃の生涯のなかでどの部分にフォーカスを当てようとしたのでしょうか?



これはダイアナの最期の2年間を描いた作品です。つまり彼女の人生が行き詰まり始めた頃からの話です。彼女自身、人生がどこに向かっているのかよく分からなくなっていました。ケンジントン宮殿で孤独に耐えていたのです。チャールズ氏との離婚もまだ成立していませんでした。彼女は目的を探していたのです。というのも、その状況では……何の展開も望めなかったからです。そんな時、パキスタン人の心臓外科医に出会いました。そして、一目で彼に恋をしたのです。それが引き金となり、彼女の内面が変化しました。目的意識が芽生えたのです。彼女は人生で初めて、真実の愛を知ったのでしょう。その後のことは、皆さんご存じだと思います。この物語はあまり知られていません。多くの人は、恋人がドディ・アルファイド(ダイアナとともに交通事故で死亡した人物)だと思っているでしょう。ドディとダイアナが一緒に過ごしたのはたったの26日間だけです。それは本当の恋愛関係ではありません。それは一種の反動のようなものか、友情といったものでしょう。ですから、ここで歴史を正し、何が起こったのかを正確に伝えたいのです。



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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved



── そうした歴史的事実を描く実録ものという側面とともに、今作はダイアナと心臓外科医ハスナットのラブ・ストーリーとして描かれていると思います。



とても美しい愛の物語です。ダイアナが彼といたことを、人々に伝えるのはとても意義があると思います。というのも、ふたりの愛は本物で偽りがなく、リアルだからです。であると同時に、映画のようでもありますよね。外国から来た違った文化を持つ普通の男性が、世界で一番有名な女性に恋をするのです。それは……すばらしい物語が常にそうであるように、多くのことを私たちに教えてくれます。ふたりの関係は受け入れられず、窮地に陥りました。どこにも行き場がなかったのです。彼女には立場がありましたからね。ただいなくなることも、無名になることも、2人の王子の母親であることをやめることもできません。そして彼は医者です。ただ人を癒し助けたいと考えていました。それに公人になることには、まったく興味がありませんでした。プライバシーが大切だったのです。慎み深い一般人でした。そんなふたりが不幸にも恋に身を焦がしたのです。まるでシェークスピアの劇のようです。



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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved



── ダイアナとハスナットの関係について、どう分析しますか?



ふたりはすぐに互いにソウル・メイトだと気付き、それを受け入れたのだと思います。それは人生において時に起こることです。誰かと出会った時、生涯を共にしたいと思うことがありますよね。それにふたりは、私が言うところの「精気にあふれる人」でした。強い気の流れがあるのです。とても敏感で洞察力が鋭く、周りの要求を知り、独特の雰囲気を持ち、高い意識があったのです。ふたりには癒す力がありました。彼は、医者になるべく生まれ、今でも続けています。それに彼女にも同じような能力があったのだと思うのです。それを職業にすることはありませんでしたけどね。でも、ある種の人だけが持つ、人を癒やす力がありました。このことを話した人はみんな、私の見解に同意してくれました。彼女は誰かを見つめ、手を握ることで、元気づけることができたのです。すべてはふたりが出会った時にはじまりました。そしてふたりはそれを……互いに分かっていました。つまりふたりは愛し合っていたのです。



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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved




映画化にあたりハスナットには会わなかった



── 監督が感じたダイアナの人物像についてお聞かせください。



ダイアナは世の中に飛び出した人でした。人々へと手を伸ばし、手をとり、握り締め、抱きしめたのです。そんなことをしたのは、皇室では彼女が初めてでした。彼女は流れを大きく変えたのです。であると同時に、世界中の女性から愛されていました。彼女は皇室に入り、できることを考え、決断したのです。2つの選択肢があります。規定通りの生活をする方法。孤独で、女性にとっては面白みがないでしょう。もう1つは、挑戦することです。皇族でありながら、それに立ち向かうのです。彼女がやったのは正にそういうことでした。私が彼女を好きなのはそこなのです。彼女は挑戦者でした。ですから不安や恐れを感じていました。でも同時に彼女は挑戦し闘ったのです。すばらしいです。私は祖母の言葉……ハスナットの祖母ですが、彼女の言った「ダイアナはメスのライオン」というセリフが好きです。実際、脚本にもあります。すごくいい表現です。彼女はメスのライオンそのものでしたから。




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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved




── そのダイアナを演じたナオミ・ワッツについて、どのように評価しますか?



ナオミはすばらしいです。魅力にあふれる女優です。ぬきんでていますね。彼女は……彼女の優れたところは、カメレオンのようになれることです。スイッチがはいると、どんな役にもなれます。それでいて、うわべだけの見せ方ではないのです。私たちはナオミを見て、彼女だと分かっています。でも同時に、その役でもあるとも認識します。いつの間にかダイアナを見ているのです。それは並はずれた才能です。それは彼女にとって、他の面でもラッキーです。というのも、その能力があれば、彼女が通りを歩いていても、だれも彼女だと気付かないですから。彼女もそれをありがたいと思っています。





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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved




── ハスナット役のナヴィーン・アンドリュースについては、どういった経緯で起用したのですか?



脚本を読んだ時に、最初に浮かんだのが彼でした。アンソニー・ミンゲラが監督した『イングリッシュ・ペイシェント』を思い出したのです。当時、ナヴィーン・アンドリュースが演じたインド人とビノシュのラブ・ストーリーが大好きでした。それに一番感動しました。「あのような俳優が必要だ」と思ったのです。それに、彼のことは「ロスト」でも見ました。「これは……自分の求めているものだ」と思いましたね。同じ俳優だと思わなかったのですが。両方を確認し、ナヴィーン・アンドリュース、同じ俳優だと分かり、驚きました。幸いにも彼のスケジュールの調整がつきました。他の俳優も考えましたけど、やっぱり彼が一番よかったのです。ナオミも同じです。



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映画『ダイアナ』より ©2013 Caught in Flight Films Limited. All Rights Reserved



── 映画化にあたり、ハスナット・カーンには会いましたか?



彼には会いませんでした。プライバシーを大切にする人ですから。私自身、会いたかったのかどうかも分かりません。といのも、誰かを深く愛した人、愛している人は、相手を失えばどんな気持ちになるか分かるからです。ふたりは別れ、ダイアナはドディとヨットに乗ったり、旅をしていましたが、ハスナットとダイアナは、まだ強く愛しあっていたのだと、私は確信しています。ふたりは互いに想い焦がれ、求めあっていたのです。ですから、とても悲しくつらい思いをしているはずです。



── この映画はダイアナとハスナットのラブ・ストーリーであると同時に、ロンドンの風景ももうひとりの主人公であるように感じました。



私の主要な目標の1つはロンドンを表現することでした。というのも、私が認識しているロンドンを表現している映画があまりないからです。とはいえ、ロンドンでの撮影は大変でした。多くの規制があり、問題がありました。特に、交通量の多さです。大金を投じなければ、コントロールすることは不可能です。臨機応変に対応する必要がありました。それが苦労した点です。でもうまくいったと思います。




(『ダイアナ』オフィシャル・インタビューより)












オリヴァー・ヒルシュビーゲル プロフィール




1957年、ドイツ、ハンブルグ生まれ。ハンブルグ芸術大学で学んだ後、1986年にTV映画「Das Go! Project」で監督デビュー。その後、「ザッピング/殺意」(92)、「小さな刑事 ベビー・レックス」(97)などのTV映画を手掛ける。2001年には、スタンフォード大学心理学部で実際に行われた模擬刑務所の実験を基に描いた『es[エス]』を監督。人間の心理の闇に迫る問題作として批評家の絶賛を浴び、モントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞する。2004年、ヒトラーの個人秘書の目を通して独裁者の知られざる顔に迫った『ヒトラー ~最期の12日間~』でも高く評価され、アカデミー賞(R)外国語映画賞にノミネートされた他、英国インディペンデント映画賞、ロンドン映画批評家協会賞など数々の賞に輝き、ドイツが誇る監督として広くその名を知られる。 その他の作品は、ニコール・キッドマン主演の『インベージョン』(07)、サンダンス映画祭の監督賞を受賞した『レクイエム』(09/未)、TVシリーズ「ボルジア 欲望の系譜」(11)など。













映画『ダイアナ』

10月18日(金)よりTOHOシネマズ有楽座ほか全国ロードショー




1995年、夫と別居して3年、ダイアナは、ふたりの王子とも離れ、寂しい暮らしを送っていた。そんなある日、心臓外科医のハスナット・カーンと出逢い、心から尊敬できる男性にやっと巡り逢えたと確信する。BBCのインタビュー番組に出演して別居の真相を告白、“人々の心の王妃”になりたいと語って身内から非難された時も、ハスナットだけは「これで、君は自由だ」と励ましてくれた。それから1年、離婚したダイアナは、地雷廃絶運動などの人道支援活動で、世界中を飛び回る。自分の弱さを知るからこそ弱者の心を理解できるダイアナは人々を癒し、政治をも動かす力を持ち始めていた。 一方、永遠の誓いを交わしたハスナットとの愛は、ゴシップ紙に書きたてられ、彼の一族からも反対される。ダイアナはドディ・アルファイドとの新しい関係に踏み出すのだが……しかし、その瞬間は刻一刻と近づいていた。最期まで彼女が求めていたものとは──?




監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル

出演:ナオミ・ワッツ、ナヴィーン・アンドリュース、ダグラス・ホッジ、ジェラルディン・ジェームズ、チャールズ・エドワーズ、キャス・アンヴァー、ジュリエット・スティーヴンソン

製作:ロバート・バーンスタイン、ダグラス・レイ

脚本:スティーヴン・ジェフリーズ

製作総指揮:マーク・ウーリー、ティム・ハスラム、ザヴィエル・マーチャンド

共同製作:ポール・リッチー、マット・デラジー、ジュヌヴィエーヴ・レマル、ジェームズ・セイナー
アソシエイト・プロデューサー:ケイト・スネル

撮影:ライナー・クラウスマン

編集:ハンス・フンク

原題:DIANA

2013年/イギリス/113分

配給:ギャガ

©2013 Twentieth Century Fox



公式サイト:http://diana.gaga.ne.jp

公式Twitter:https://twitter.com/gagamovie

公式Facebook:https://www.facebook.com//gagajapan





▼『ダイアナ』予告編


[youtube:RWGnt7AH4gA]

「精神的テロリスト」岩名雅記監督が新作『うらぎりひめ』で描く現代日本の縮図

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映画『うらぎりひめ』より


映像作家・舞踏家の岩名雅記の第3作目となる映画『うらぎりひめ』が10月26日(土)より渋谷アップリンクで公開される。舞台女優/文筆家として成功を収めた86歳の女性のモノローグを起点に、日本が経験した戦争の歴史そして東日本大震災後の日本社会の空気を重ね合わせ、独自の物語を紡いでいる。自身の原風景について、そして「声に出して言う」ことのエネルギーについて、岩名監督が語った。




第二次大戦中と今の相似と対比を描く



── 前作の『夏の家族』は、プライベートな生活を含めて岩名さんが現在生活しているノルマンディの空気感と物語自体の境界が曖昧に描かれているところが特徴でしたが、今回の『うらぎりひめ』は、撮影の場と作品の間に然るべき「距離」があって‘より’独立した物語を感じました。どのようなきっかけで制作がスタートしたのですか。






最初はベテランのカメラマン、たむらまさきさんに次にやる長編(今のところ宙に浮いていますが)の相談にのってもらっていました。そのうち『うらぎりひめ』というタイトルで書き上げてあった40分くらいの中編をその「準備作品として先ず撮りたいのですが如何でしょう」と伺ったところ、OKしてくれたので、撮り始めたわけです。準備作品という意味は両作品ともEOSを使うということが頭にあったわけです。





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映画『うらぎりひめ』の岩名雅記監督


この中編については、フィクションで、初めてカラーで撮るということが念頭にありました。僕は敗戦の年(昭和20年)に生まれた人間で、昭和27、8年という戦後まもない東京がスピリチュアルな原風景として自分のなかにあるんです。『夏の家族』にはあまり出てこないですが、第1作の『朱霊たち』にもそうした戦後の風土みたいなものがあって、それが今回の「うらぎりひめ」では座敷牢をめぐる「過去編」に込めてあるわけです。



そこからこの映画の制作は出発したのですが、撮影をした2011年6月の丁度3ヵ月前に311の事故が起りました。もちろんアーティストとして、それを振り返らないで創作するという姿勢もあるでしょうし、事故を精神的なショック(衝撃)として受けとめた為に、それにタッチせずには、その先に行けないという人も多かったでしょう。僕の場合は後者でした。そこで同じ年の冬に今度は現在編を撮ったわけです。



二つの異なる時間を結びつけたこと、これは一種の正当化ではあるのですが、自分のなかでの理由付けはありました。というのはフランスにいて感じるのですが、今の日本の革新は、いわば「社会民主主義的」です。革新を標榜しながらその行動は後退もしくは保守化しているのです。一方で保守の動きはわかり過ぎるほど右寄りになっている。戦中から敗戦までの時間と、今の時代に於ける革新の沈黙と、保守の大政翼賛的、右翼的なムードはどこか符合するところがある。



その一方で、かつてのモノのない時代と、今のようにモノが溢れている時代の大きなコントラストがある。以上のような異なる時代の相似と対比をこの映画で描けないかと思ったのです。そこで、中編としての内容は殆ど変えず、過去編となるパートを撮った後で、現在編となる部分を撮影し、結果的にちょうど45分ずつの構成になりました。







── 長編に構想が変わっていく段階で、岩名監督なりの歴史を俯瞰する視点が加わったということですか。



どちらかというと、過去編の風土は僕のなかのノスタルジーでもあるし、過去編撮影の時点ではそうした夢みたいな原風景に興味があったのです。けれど、長編にすると、それだけでは済まなくなります。僕はたいへんな政治音痴なのですが、二つの時代が背負っている社会的な構造をいわば縮図として取り出して考えていかなければいけないのだ、と、だんだん追い詰められていったわけです。



── 狭い座敷牢のなかで、便器の穴だけが世界に通じる窓である、という閉塞した過去編と、成功を収めた老作家が主人公で、外に向って開かれたオープンな現在編が単純な過去と現在ではなく、パラレルになっているような、不思議な距離感を持っています。



この映画の過去と現在が[閉塞と解放]といった切断された異なる時空ではなくて、結局僕自身のなかにその両方がある。どちらかというと僕は閉塞型なのですが、過去編では窓口というか、外と通底する境界としてせっちんの穴がある、自分のなかではその内と外の関係や比重はいつもクリアにあるのです。そうした世界と別に、現代編における[現在]のように、完全に開いている世界があって、その世界のなかでみんなが生きているようにみえる。ところが、現在という時空間は実際にはそんなにオープンではなく、内的にはむしろそれぞれが座敷牢をかかえ持っているような関係なのでしょう。



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映画『うらぎりひめ』より





── 台詞に「ポジティブな孤独を共有したい」というような言葉がありますが、同時に、「これはテロの映画ではない。この映画自体がテロである(美術家・石川雷太氏)」というチラシのコピーにあるとおりの「うらぎり」をこの映画に感じました。



現代編でおばあさんが孤独やコンパッション(慈悲)といった概念的な言葉を展開していきますよね。実はその言葉も、一方では正しいことかもしれないが実は主人公の生きるための方便というか、ステイタスを得るための方法と僕はとらえています。「孤独は悪いことじゃないんだよ」と言うことで、弱者を勇気づけていく。それを社会として肯定的にみんなが受け入れる。ところが、この人は実はテロリスト(正確には逆テロリスト)的な行為で、いわば社会的にはみ出したカタチで権力を暴いていく。そうした構成になっている。



観てくださる人によって解釈が違ってくるのでしょうけれど、僕自身はどちらかというと、精神的なテロリストです。個人の思考や尊厳の原点としての孤独は否定しないけれど、だからといってそれを持ち上げたりもしない。つまり社会的な評価の対象になるような孤独や慈悲は嫌いです。
この「うらぎり」というのは、もちろん外に向けては老婆の成功者としての社会的評価を自身でうらぎっていく、ということと、自分自身のなかでプラス思考になって成長していくものを真反対のベクトルで内的にうらぎっていく、という意味もあるんです。



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映画『うらぎりひめ』より




映画と自分との関係を語らざるをえない映画



── 渋谷アップリンクでの公開に先駆け、キッド・アイラック・アート・ホールで先行上映されましたが、反響はいかがでしたか?



一般的に他の監督さんの作品では「面白かった」「もう一回行きたい」という感想がたくさん出てくるじゃないですか。僕の映画にはそういう、いわゆる映画鑑賞として感想を書く人はいないのです。つまり、直に映画と自分とを直対応させて、自分にとってこの映画はどういうものだったか、ということをしゃべってくださる。
『夏の家族』は公私混同みたいなところが面白い、と言ってくれた人もいましたが、今回の映画はフィクションとしての距離がある。それでも、僕自身では非常に個的な映画だと思っています。お客様も上映中は自分自身をドラマの渦中において、最大の救いや共感を感じて観てくださったのでしょう。もっとも僕の映画に関心のなかった人たちは沈黙しているわけですが(笑)。



── 311を経て完成したということもあり、岩名監督が現在の社会をこう見ている、というのを突きつけられ、じゃあ観ているお前はどう捉えていくのか、自分と映画の関わり、自分と社会の関わりをというのを容赦なく考えさせられる作品でした。



僕が政治音痴であると申しましたが、それはどういうことなのかと長年考えてきたのです。具体的には、いろいろな事件や事象を記憶できなかったり記憶する努力を怠ったり、そうしたことを土台にして物事を構成して考えていく思考力にも欠けている、と思っていた。でも、311以降、自分でも驚くほど自分が変わりました。この2年半、社会に向ける自分の時間の過ごし方がとても大切でした。世の中のことについて勉強するようになり、それだけで済ませず、この映画に台詞や構成というかたちで「流動する現在」を客観的に入れこんでいくときに、それなりに社会をどう把握するかという自分の再構成がありましたから。それこそが、いちばんの成果だったのかなと思います。



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映画『うらぎりひめ』より





今いちばん問題なのは道具化してしまった言葉



── 岩名監督の作品は、身体性が重要な要素ですが、この『うらぎりひめ』ではこれまで以上に言葉の力を意識した、と言えるのでしょうか。



言葉もまた大きな意味で身体でしょうね。現代編の老婆の長広舌は賛否両論でした。「おまえが言っていることは誰もがが言っていることで、うるさいし飽き飽きする」という人もいましたし、「よくぞ言ってくれた」という人もいました。僕はこの台本を書くときに、これだけの大事に自分の意見だけを言えるものではないから、311とそれにまつわる東京電力や政府の対応などに対してのさまざまな言葉を、著名な作家から一般の方々の言葉までとにかく書き出していって、そのなかでこれはぜったい落としてはいけない、というものを組み合わせてひとつの台詞にしました。だからこれは、僕の言葉でもあるけれど、まさにみんなが言っている言葉でもある。
しかもそれをギリシャ悲劇のディクラメーション(朗唱)のスタイルで演出してみたのです。言葉を声に出して言う、ということはまた別のエネルギーが働くので、「言い尽くされた言葉だ」としても必然的に身体を伴ってくる。現に老婆の長広舌は『プラトン描くところのソクラテスと二重写しになっていて、そもそも言説とは耳あたりの良いことを並べ立てるのではなく、耳を塞ぎ目をつむりたくなるような現実を曝け出すことにこそその本領を発揮する』と書いてくださった方もいます。



僕はこれからも映像作品を作るときには、できるだけ言葉自身ではなくて画や色や動きや、物質の肌理(きめ)といった違う言語に従いたい、その考えは変わりません。ただ、繰り返しますが、この脚本に関しては、劇中劇の部分は朗唱で、完全に演劇的な高まりをもって表現しています。老作家が喫茶店で話しているシーンと、劇中劇のデクラメーションはエネルギーのレベルが違います。こうした熱の高い言葉が、果たして今の若い人にどう受け取られるか分からないですけれど。



吉本隆明は『言語にとって美とはなにか』のなかで、自分自身に対するつぶやき、という次元の言葉こそが原初の、本来的な言葉だというようなことを言ってますが、それを含めればこの世には様々なレベルの「言葉」がある。今いちばん問題なのは、しかたなく事務的で機能のためだけにしゃべる言葉、本来的な「言葉のゆらぎ」のなくなった、道具化してしまった言葉です。



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映画『うらぎりひめ』より



時間性をはらんでいればカラーである必然性はない



── 今回、初めてデジタル一眼レフ(EOS)で撮影されたということで、仕上りについては満足されていますか?



たむらさんともずいぶん話しましたが、そう易しくはなかったです。16mmの手応えとはぜんぜん違いました。ズーム時に絞りの変化が出るなどの機械的な問題や、クリアになって出てくる画が果たしていいのかどうか、とか。これは当然照明とも関わってきますが。



とにかく、僕はデジタル的な輪郭がはっきりしたものに対して消極的な意識があるんです。そして、色に関して言えば現実の時間でも、色が多すぎるな、としばしば感じるときがあります。映像や絵画だったら、色が少ない方がコトの深度が出るのではないか。ただ、この映画は色彩の持つ時間性とか特定の色がテーマとしてあったので、カラーで撮ってみたいという気持ちがありました。



でも、果たしてこの映画がカラーである必然性があると言い切れるかどうかは正直分からないです。今回、鏡台や火鉢などの日本の古い家具や古い時代の着物を使いました。僕の踊りのテーマでもあるのですが、時間性をはらんでいれば、ひとつの赤なら赤という色がどこにでもある一般の赤ではなくて、それぞれの[風景]を背負って異なるものとして出てくるはずだし、それならばカラーであるとかモノクロであるとかに関わらず時間性が出てくるんじゃないかと。そして、優れた映像作家であれば、人間の体やモノなどのテクスチャー(肌理)を、時間性をはらんだものとして、モノクロ2色の微妙な階調の中だけでも表現することができるんじゃないか、そうした問いかけがいつも、これからもあるのです。



(インタビュー・文:駒井憲嗣)









岩名雅記 プロフィール



1945(昭和20)年2月東京生。'75年演劇から舞踏世界へ。'82年全裸/不動/垂立の‘非ダンス’で注目される。'88年渡仏、現在まで40カ国/100都市で舞踏ソロ公演。'95年フランス南ノルマンディに拠点をつくり、2004年から映画製作を開始、2007年初監督作品『朱霊たち』の東京上映ではレイトショーとして異例の63%の稼働率をあげる。また同作品は英国ポルトベロ国際映画祭で最優秀映画賞を受賞したほか、ロッテルダム(蘭)、ヒホン(西)、タリン(エストニア)ほか4国際映画祭に公式招待される。第二作『夏の家族』はロッテルダム、ヨーテボリ(スエーデン)ほか4国際映画祭で公式招待。映像舞踏研究所・白踏館主宰。











映画『うらぎりひめ』

渋谷アップリンクにて10月26日(土)より2週間限定レイトショー公開



監督/脚本:岩名雅記

出演:たうみあきこ、大澤由理、七感弥広彰(ななみこうしょう)、他

プロデューサー:岩名雅記

撮影:たむらまさき、岡田信也

編集:井関北斗

音楽:チャイコフスキー/弦楽セレナーデ ハ長調 作品48(ナクソス版)

制作:映像舞踏研究所 白踏館

2012年/日本/91分/カラー/16:9、NTSC
公式サイト:http://www.iwanabutoh.com/ja/pb.php




現在、motion galleryにて岩名雅記監督の『うらぎりひめ』に続く、劇映画第4作目『シャルロット/すさび』の製作資金を募集中。2015年夏の撮影開始予定となっている。

https://motion-gallery.net/projects/susabichar




▼映画『うらぎりひめ』予告編


[youtube:Spdj7DoUl3s]

アーヴィン・ウェルシュ『フィルス』を語る「この腐った社会に生きる主人公のトラウマに目を向けた」

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アーヴィン・ウェルシュ ©Jeffrey Delannoy



90年代のサブカルチャーを牽引した映画『トレインスポッティング』の原作者・アーヴィン・ウェルシュ、彼が最も映画化を熱望していたというブラック・コメディ「フィルス」が出版から15年を経て映画化され、日本でも11月16日(土)より公開となる。

『トレインスポッティング』の監督ダニー・ボイルによる新作『トランス』で主演を務めたジェームス・マカヴォイがポルノ・売春・不倫・アルコール・コカイン中毒にまみれたイカれた刑事に扮し、残忍な日本人留学生殺人事件の真相に迫っていくという物語だ。9月27日にウェルシュの地元スコットランドで上映がスタート、その後10月4日よりUK全土で公開され、オープニング週末の興行成績2位という大ヒットを記録している今作について、制作の経緯を聞いた。

また、日本公開に先駆けアーヴィン・ウェルシュがジョン・S・ベアード監督とともに来日し、11月11日にトークショー付き試写会に登壇することが決定。webDICEではこの試写会の招待企画を実施している。




ジェームス・マカヴォイの変身ぶりは凄いよ




──1998年に原作は出版されているわけですが、当初から映画化の話はあったのですか?そうだとしたらなぜこんなに長い時間かかったのですか?



そうなんだよ、出版されてから15年が経つんだ。ハーヴェイ・ワインスタインが映画化の権利を買ったんだが、様々な理由から映画化が実現しなかった。イギリスに会社を新たに設立して映画を作るという案があったが、そのビジネス案が軌道にのらなかったんだ。それで映画化の権利がどこにあるのかもめて5年が過ぎた。そのあと5年はイギリスの二人のプロデューサーが映画を作りたいと名乗りをあげた。良い脚本があったにもかかわらず、どの監督も自分で脚本が書きたいと言って自分の脚本を書いたんだ。それがあまり良くなかったせいで資金も集まらなかった。良いキャストもつかず……。そうしているうちに、キャス・ペナントを通してジョンと出会ったんだ。彼らが言うにはジョンは僕の小説が好きで特に『フィルス』の大ファンだって。実際に会ってみると凄く気があった。その彼もまた"自分で脚本が書きたい“って。それで僕は”またか~~っ“て思ったんだよ (笑) 。




ところが10カ月ほど後に完成させて持ってきた脚本が凄く良かったんだよ。まるでジョン・ホッジの書いた『トレインスポッティング』の脚本を読んだ時みたいな気持ちになった。原作を凄く良く理解していて、それを自分なりの映像に置き換えている。それで俺がプロデュースしたいから一緒にハリウッドに行って資金を集めようと言うことになったんだ。偶然エージェントも同じで。制作に入る前にいろんな国から資金を集めようという事になったんだ。ジェームスがキャストとして決まる前から反応はすごく良かったんだ。ジェームスがキャストに決まったら、制作が本格的に動き出した。主演の候補には何人かいたんだ。ジェームスは若すぎるんじゃないかと思った。本人は凄くやる気で、カメラ・テストの映像をみたらとっても良かった。カメラの前では何もかもが可能な、そんな説得力に溢れていたんだよ。彼の変身ぶりは凄いよ。





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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.





──主演のジェームス・マカヴォイはハリウッドでも引っ張りだこなので、彼が主演となるとこころ強かったと思いますが。



そうなんだ。自分の方からやりたいと言ってくれたんだ。彼の場合、ハリウッド大作ですでに成功しているから、またこんな小規模な映画に出るってある意味でリスクなんだよね。その彼の演技は、誰が観ても驚きだよ。今回の演技は、彼の名演の1本になるんじゃないかな。



──でももしこの映画化が15年前に実現していたら、ジェームスの主演はありえなかったでしょうね?まだ10代だった!(笑)待っていた甲斐があったて良かったですね。



そうだよね。監督のジョンにしたって若すぎた。だから遅れたせいでこんな素晴らしいメンツが集まったとも言えるんだ。だから時間がかかってよかったなとも思えるんだよ。まるで映画の神様に“ジェームス・マカヴォイが大人になるまで待っておれ!”とお告げをもらった感じかな。ガハハハ……(笑)。





──ご自身でも映画好きで音楽ビデオや映画を撮ったりするんですよね。自分で原作を監督したいなんて誘惑にかられませんか?




自分でやるのは脚本書いたり、プロデュースしたりが多いね。それもイギリスよりアメリカでの仕事が主だ。監督もしたけれど、やっぱり監督というのは片手間ではやれない仕事だと思うよ。僕はあちこちいろんな事に手をだしているから、長編に手をだすつもりはないよ。



──本作の映画作りとあなたの関係は?作家というのは、全く映画化に関係せず距離を置く人が多いですが。あなたの制作に関しては距離を置きましたか?




そうだね。関わったのはプロデュース・サイドで、撮影には口出ししなかった。ジョンは一所懸命やっていたし、彼のエネジーをかき乱すようなことはしたくなかった。制作が可能になる状況を作りだすことに手を貸したというのかな。『トレインスポッティング』のジョン・ホッジの時もそうだったけれど、あれほど僕の原作に夢中になってくれた人が書いた脚本に介入して映画をかき乱したくなかったんだよ。





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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.



自分の出演シーンがカットされたのを気づかないほど気に入った



──完成作を観たときの第一感想は?




感激したよ。実は僕がカメオで出演したんだけれど、最終的にはその部分が編集でカットされたんだ。DVDのエキストラには入るそうだが。で、初めて見たとき凄く夢中で見て、自分の部分がカットされてたことさえ気が付かなかったんだ。それほどまでに気に入ったってことだよ。



──原作自体が非常に実験性の高い内容ですよね。それを映画化するというのは至難の業ではないかと思いますが?



そうだね、様々な決断が必要になってくる。本に出てくる寄生虫はブルースの意識の流れみたいなものなんだ。ブルースには意識があるがそれが行動と分離している、というのを映像で見せることは可能だよね。



──明らかに映画化にあたり何点か変わった点がありますが、そこで最も重要な点とは?




それは多くのシーンを撮影したんだ。ブルースの世界の様々な側面をね。核にあるのはブルースの世界だから。またジム・ブロードベンドやエディー・マーサンやシャーリー・ヘンダーソンやイモージェン・プーツやキャストも豪華だから。それぞれのシーンは残念ながら短いんだが、キャストの演技に焦点を集めたシーン、ブルースと一緒の見ごたえあるシーンがそれぞれにあって、それはシェイクスピアとかギリシャ悲劇のような形式にも似ていると思う。それぞれのキャラの大きなシーンがあるという点は重要だよ。



──原作はエディンバラの方言が発音通りにつづられていて、英語が母国語の人でもそれがなんという言葉か探りながら読まなければならないように書かれていますね。それを映画化するにはどうしたのでしょう?




映画の場合は、誰にも理解できるようにしなければならない。俳優のしゃべる台詞が聞き取れなかったら、意味も失われるし。映画の場合観る人が時間をかけて考える時間もない。そんな点でそこは妥協が必要になってくる。だからわかり易い英語で話すのは避けられない点だったんだ。



──たとえばそれよりはるかに飛躍してアメリカ英語になったらそれは行き過ぎ?




やっぱり特定のどこか、設定が必要になってくるから、スコットランドという設定は、背景を絞るという点で欠かせないと思う。





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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.


現在と1998年で世界はそれほど変わっていない




──原作は1998年の世界が描かれているわけですが、それが現在2013年にどういった意味を持つと思いますか?




人が思っているほど世界は変わってないと思う。とくに本作はスコットランドの警察の世界が背景だし、警察の世界は閉ざされていて、社会の他の世界に比べると変化が少ない。また中心になっているブルースの個性、人格は時代に関係ないし……まあ典型的なスコットランド人像を描いている。ただあまり前向きではないスコットランド人像だが(笑)。




──ブルースは人間としての醜い目を多くもった人物であり、また彼の生きる世界を通して社会の悪や裏側を指摘し暴く、そういった面があなたの作品にはあります。これがあなたの作家としての究極的なゴールでしょうか?




というかそれは偶然というのかな。人間を観察して、彼らの欠点や間違いや、そういったことを観ることで、社会の一面をのぞき見ることができるというのかな。ブルースには3つの層があると思うんだ。彼はこの腐った社会に生きていて、そこで変化しつつある組織にいる。それに彼は適応していかなければならない。また彼自身の中には弟や家族を失った。その3つのレベルで彼のトラウマに目を向けるのがこの本なんだ。




──さて、これから発表される新作について教えてください。



5月に新しい小説がでる。同時にテレビと映画のプロジェクトがそれぞれ二つずつ進行中だ。とても忙しいんだ。




(インタビュー・文:高野裕子)











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アーヴィン・ウェルシュ原作、ジェームズ・マカヴォイがブッとんだ刑事に扮するダーク・コメディ『フィルス』

アーヴィン・ウェルシュ、ジョン・S・ベアード監督トークショー付試写会に参加して感想をツイート!(2013.10.24)

http://www.webdice.jp/dice/detail/4016/











アーヴィン・ウェルシュ プロフィール



1958年生まれのスコットランド出身の小説家。エディンバラで労働階級の家庭に生まれる。16歳で学校を辞め、電気修理などの仕事に就きながら、ロンドンでヘロインに溺れる生活を送る。その後生活を改め不動産業で働き、結婚。その後、故郷に戻りエディンバラ地区評議会で研修員として働きながらヘロイット・ワット大学でコンビュータ・システムを学び始める。この時期に半自伝ともいえる「トレインスポッティング」の原形が生まれ、93年に処女作として出版、ブッカー賞選出など絶賛を浴び、舞台化、映画化を果たす。「フィルス」は自身の原作の中で最も映画化したかった作品の一つ。











映画『フィルス』

2013年11月16日(土)より渋谷シネマライズ新宿シネマカリテにて公開



監督・脚本:ジョン・S・ベアード

原作:アーヴィン・ウェルシュ 「フィルス」渡辺佐智江 訳(パルコ出版より11月2日発売)

出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、イモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、シャーリー・ヘンダーソン、エディ・マーサン、イーモン・エリオット、マーティン・コムストン、ショーナ・マクドナルド、ゲイリー・ルイス

編集:マーク・エカーズリー

音楽:クリント・マンセル

撮影監督:マシュー・ジェンセン

提供:パルコ

配給:アップリンク パルコ

宣伝:ブラウニー オデュッセイア エレクトロ89



2013年/イギリス/97分/カラー/英語/シネマスコープ/R18+



公式サイト:http://www.uplink.co.jp/filth/

公式Twitter:https://twitter.com/filth_movie

公式Facebook:https://www.facebook.com/FilthMovieJP















「フィルス」

著:アーヴィン・ウェルシュ

翻訳:渡辺佐智江

2013年11月2日発売



ISBN:978-4865060454

価格:1,890円(税込)

発行:PARCO出版





★購入はジャケット写真をクリックしてください。

Amazonにリンクされています。














▼映画『フィルス』R18+版予告編



[youtube:l-r0Rke6HP0]

グラスゴーの伝説的バンド・BMXバンディッツのドキュメンタリー、渋谷アップリンクで上映

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インタビューに答えたBMXバンディッツのダグラス・T・スチュワート





11月3日、4日の2日間、渋谷アップリンクにてグラスゴーの伝説的バンド、BMXバンディッツの歴史を辿るドキュメンタリー映画『SERIOUS DRUGS』が上映される。これは10月にバンドのリーダー、ダグラス・T・スチュワートが、ノーマン・ブレイク(ティーンエイジ・ファンクラブ)、ユージン・ケリー(ヴァセリンズ)の3人編成で来日公演を行ったのに伴い開催されるイベントで、3日の上映では、スライドショーを交えたジャパン・ツアーのレポートとともに、彼らを敬愛する日本のミュージシャンによるミニライブも行われる。来日したダグラスにこのドキュメンタリーについて、そして日本について聞いた。




カート・コバーンもファンであることを公言




「僕たちは若くて、分別がなくて、そして恋してる。人生の途中だ」(ダグラス・T・スチュワート/BMXバンディッツ)



かつてニルヴァーナのカート・コバーンはニューヨークのラジオ番組で「もしニルヴァーナでなはく他のバンドに入れるなら、それはBMXバンディッツだ」と発言し、ファンであることを公言した。


スコットランド最大の都市グラスゴー。最大とはいえ、人口は約60万人。東京が900万人、ロンドンが810万人なのだから、なんとも可愛らしい規模の街だ。日本の人口数だけでいえば最少の鳥取県が58万人なのでほぼ同規模といったところか。まあ、間違いなく日本でたとえるなら「地方」である。


そんな可愛らしい規模の街に全世界規模で大きな影響を与えるロックシーンがある。音も場所もメインストリームの枠から外れてしまっているサバービア(郊外)から、ジーザス・アンド・メリーチェーン、ティーンエイジ・ファンクラブ、ヴァセリンズ、モグワイ、フランツ・フェルディナンドなど個性的で魅力的なミュージシャンを数多く輩出し続けている。そんなサバービアミュージックシティ・グラスゴーの系譜を語るうえで外せないバンド、それがBMXバンディッツである。



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BMXバンディッツ 映画『SERIOUS DRUGS』より



そんな彼らの代表曲であり、リーダー、ダグラス・T・スチュワート(以下ダグラス)の自伝的作品『SERIOUS DRUGS』。そのタイトルを冠したBMXバンディッツのドキュメンタリー映画が11月3日からアップリンク・ファクトリーで2日間だけ上映される。





「いつの日かバンディッツの映画を撮りたい」



「監督のジム・バーンズ(以下ジム)とは5年前くらいにモノレール(パステルズのスティーブン・パステルが名付け親のグラスゴーにある複合レコードショップ)で出会ったんだ」。




10月18日夕方6時の渋谷O-nest。その夜行われるライブのリハを終えたばかりのダグラスはとても穏やかで口調で監督との出会いについて静かに語りはじめた。大きな体、印象的な優しい眼差し、そこに居るだけでまるでマイナスイオンを放つようなその独特な佇まいは森の精霊のようにすら感じた。



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来日公演を行ったBMXバンディッツのダグラス(左)、ユージン・ケリー(右) 渋谷O-nestのライヴより


「僕がお店に入ると、ある男性が歩み寄って来て僕にこう話しかけてきた。『僕はBMXバンディッツの大ファンなんです。実は何年か前に少しうつっぽくなって辛い時期があったんです。だけどその頃ずっとBMXバンディッツを部屋で聞き、あなたの歌詞やメロディーに励まされて自分でも不思議なんだけど少しづつよくなっていったんです』」。



ダグラス自身うつに悩まされながら音楽活動を続けていたという過去があった。他人事とは思えなかった。




「そして彼はこう続けたんだ『だから、僕はいつの日かバンディッツのドキュメンタリー映画を撮るのが夢なんです。世界のどこかにいる僕みたいな人たちに観てもらいたいし、何よりそれがバンディッツにできる僕からのプレゼントなんです』」。




ダグラスはその言葉を聞いて心底感動したという。自身がうつに悩まされ、そのつらさが痛いほどわかるのに、ほかの誰でもない自ら作った曲が、うつに悩まされていた一人の男を救ったという事実に。



「僕はすっかり感激してしまい、もちろんいいよってその場ですぐOKしたんだ。たった何分前かに初めてあったばかりの男にだよ。すぐに撮っておくれよって。そこから映画は動きはじめたんだ」。




音楽がこの世を救うなんてことはもはや盲信でしかないかもしれない。だが多くの仲間に支えられてうつから立ち直ったダグラスと、BMXバンディッツの曲で、うつから立ち直ったジムがダグラスと出会い映画を完成させたという事実は、音楽の持つ不思議な力を信じるに値する素晴らしいエピソードだ。



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映画『SERIOUS DRUGS』より




23年たっても聴きたいというファンがいてくれることが嬉しい




映画の劇中でダグラスはこんなことを言っている。



「ネガティブなものをポジティブに変えられる何かがあればいいと思うし、BMXバンディッツにはそれを伝える力がある」。




今年10月にBMXバンディッツのリーダー・ダグラス、ノーマン・ブレイク/ティーンエイジ・ファンクラブ(以下ノーマン)、ユージン・ケリー/ヴァセリンズ(以下ユージン)の3人編成で来日公演が行われた。この組み合わせでのライブは世界初、つまり日本だけのスペシャルツアーだった。

企画発案者はダグラスと今回のツアーにゲスト・キーボーディストとして帯同したはしもとさゆり(miette-one)。日本のプロモーターであるSWEET DREAMS PRESSの福田氏が奔走し実現に至った。




「日本に初めて来た91年はユージンがいた。だけどノーマンはいなかった。BMXバンディッツで3人が在籍してた時期もあったけど3人で日本に来るのは初めてなんだ。初来日から23年。そんなに年月がたったのかと考えちゃうけど、23年経っても日本に来られることはすごく嬉しいことだし、23年たっても聴きたいというファンがいてくれることはもっと嬉しいことなんだ。日本が大好きだというのはいろんなミュージシャンがよく言ってて、在り来たりですごく恥ずかしいけど、でも本当に心から日本が大好きだよ」。



(インタビュー・文:石井雅之)



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渋谷O-nestの来日公演より、ノーマン(右)、ダグラス(中央)、ユージン(右)










ダグラス(BMXバンディッツ)来日記念企画

映画『SERIOUS DRUGS』上映会&来日ツアーレポ&ミニライブ

2013年11月3日(日)渋谷アップリンク・ファクトリー



BMXバンディッツのドキュメンタリー映画『SERIOUS DRUGS』&スライドショー付きジャパンツアーレポート&スペシャルミニライブを行ないます。

劇場で彼らのドキュメンタリー映画が上映される最初で最後のチャンスになるかも知れません。グラスゴー音楽ファン必見!是非お見逃しなく。



18:00開場 18:30上映

料金:1,500円(別途ドリンク代)

ゲスト:

タカタタイスケ(PLECTRUM)

コマツヒロホ

さや&植野(tenniscoats)


ご予約は下記より

http://www.uplink.co.jp/event/2013/18437



※11月4日(月・祝)は映画上映のみとなります。















映画『SERIOUS DRUGS』

監督:ジム・バーンズ

(2012/カラー/92分)



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映画『SERIOUS DRUGS』より



これは偉大で愛すべきやつらについての最高に愛しい映画だ!──アラン・マッギー

バンド結成から25周年を記念して製作。バンディッツの中心人物ダグラス・T・スチュワートの人生、音楽、うつ病との闘い、そして彼が持つ儚さと強さが同居した人間的魅力を探る。



▼『SERIOUS DRUGS』予告編


[youtube:MnPH73uCQOo]

民族紛争が続く東ヨーロッパに生きる、ひとりの女性の〈私的な戦争〉を描く『ある愛へと続く旅』

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映画『ある愛へと続く旅』のセルジオ・カステリット監督



民族紛争の続く90年代のボスニア、クロアチア、そしてイタリアを舞台に、ひとりの女性の生き方を描く映画『ある愛へと続く旅』が11月1日(金)より日本公開となる。


16歳の息子そして夫とローマで暮す女性ジェンマは、旧友からの誘いで青春時代を過ごしたサラエボを訪問。彼女はそこで自身の過去を回想する。当時彼女はアメリカ人の写真家ディエゴと恋に落ち、代理母の助けを借りて子供を授かる。しかし、サラエボに戦火が迫り、イタリアに帰るジェンマと現地に残ることになったディエゴは別れを余儀なくされる……。

監督のセルジオ・カステリットは2004年の『赤いアモーレ』に続き、妻であるマーガレット・マッツァンティーニの原作の映画化にあたり、ペネロペ・クルスを主演に起用。クルスは激動のヨーロッパを背景に、恋人や友人との20年以上にわたる関係を、女子大生から母親までリアルに体現している。カステリット監督に制作の経緯やクルスとの共同作業、小説を映画化する難しさについて聞いた。




小説を映画化する難しさ




──『赤いアモーレ』から8年、再びペネロペ・クルスを起用しましたね。なぜ彼女を選んだのか、そしてあなた方がどのように関係を維持してきたか教えてください。



私たちの関係は8年前に忘れられない経験となった『赤いアモーレ』を撮った時からになります。この映画の計画のため、パリで初めて彼女に会いました。彼女が本を読んで主人公のジェンマにほれ込んだんです。この映画は厳密に仕事という観点から非常に良い思い出となりましたが、個人的にもこんなに長い間友達関係を維持できるほど良い経験となりました。ペネロペはローマに来るたびに、家にご飯を食べに来るんですよ。今作の原作「Venuto al Mondo」のスペイン語訳が出版された時に、マーガレットが本を彼女に送りました。その時にペネロペは非常に頭のいい女優ですから、すぐに女優としてこの役柄に大きなチャンスがあると理解したんです。とりわけ彼女にとって初めてのブルジョア女性の役になります。それで私たちはこの2度目の冒険に乗り出したわけです。




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映画『ある愛へと続く旅』より ©Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012



──原作をどのようにアレンジし、映画化を進めていったのでしょうか。



文学を映画化することはとても面白いし、複雑ですが、刺激的でもあります。すでに演出法も作家によって書かれた原作によって決まっていますし、人物も描かれています。筋やプロット、予想外の展開なども。マーガレットがよく言うように、本から映画を作るのは愛を殺してしまうようなものです。本は520ページと非常にボリュームがありますから、たくさん省略しなければなりません。あまり長時間の映画にしないために内容を削減し、再濃縮しなければならないのです。とても難しかったですが、いい点もありました。マーガレット・マッツァンティーニの文章はとても視覚的な文章なのです。すぐにイメージが呼びさまされる文章です。ですからそれを掘り起こし、言葉の奥にどんなイメージが隠されているかを見つける作業をしたんです。



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映画『ある愛へと続く旅』より ©Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012


真実と偽りについての映画



──ボスニア戦争を背景としたこのラブストーリーの内容を話していただけますか。



ボスニア戦争は旧ユーゴ戦争で、ヨーロッパで一番最近あった戦争です。第2次世界大戦後、私たちヨーロッパ大陸は胎盤の中にいるように静かな平和を過ごしてきたわけですが、92年にこの宗教的、そして民族的な憎悪が勃発しました。私たちヨーロッパ人が忘れて、そっぽを向いてきた戦争でもあります。この戦争というフレームの中に、著者であるマーガレット・マッツァンティーニはジェンマという主人公の小さくて大きい私的な戦争を描きます。

ジェンマという女性は、愛する男性を見つけ将来を一緒に過ごしていこうという計画をたてている彼女の人生で一番美しい時期に、妊娠できないという事実を知ります。そして彼女はその事実をまるでハンディキャップを持っているかのように生きるのです。教養もあり、その苦しみをはねのける方法もあっただろうに、彼女はそれができないのです。それで何とかして子供をもつために、愛する男との子供を持つために、どんなことでもしようとし、非常にどう猛になります。



──ではこの映画は、「実現できなかった母性」そして「父親探し」が主なテーマとなるのでしょうか。



母性についての映画でもあり、父性そして同胞愛についての映画でもあります。友情、愛、憎しみについての、「忘却」と「忘却しない必要」についての、白と黒についての、真実と偽りについての映画です。





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映画『ある愛へと続く旅』より ©Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012



──非常に豊かで多言語なキャストですが、選択にどのぐらいかかりましたか。



キャストを選び台本を準備するのは一番楽しい作業でした。この映画の中には成熟度や文化の違ういろいろなキャストが参加しています。ペネロペ、エミル・ハーシュ、アメリカの俳優もいれば、有名なスターも出ていますが、中には全く無名でも素晴らしいキャストもいます。ボスニアの素晴らしい俳優アドナン・ハスコヴィッチや、トルコ人女優で大変才能あるサーデット・アクソイ。アーティスト集団を演じるサラエボのボスニア人俳優グループなど。彼らがみんな一緒に演技をする姿を見られて感動しました。その瞬間は誰もがただ演じる役になり、文化の違いや、ふるまいの違い、ある意味での特権の差などを越えます。キャストは全員強い感動と信念を覚えながら、まさに役を演じる、そしてこの映画の中にいる必要性を感じているかのように取り組んでいました。




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映画『ある愛へと続く旅』より ©Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012



──息子さんのピエトロもこの映画に出演していますね。他の俳優と比べて、監督として息子さんと接するのはどうでしたか。監督と父、どちらの視線で息子さんを見ていましたか。



作品の中では私の息子もピエトロを演じて出演しています。まだ20歳で、若いですから、俳優になるかどうかはっきり決めたわけではないのですが。これも非常に感動的な経験でした。息子に指示をだすというのは、他の俳優を扱うときより、こうるさくなってしまったり、手厳しくなってしまったりする危険があります。変に期待をしたり、要求が多くなりますから。まあでも、よくできたと思います。





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映画『ある愛へと続く旅』より ©Alien Produzioni / Picomedia /Telecinco Cinema/ Mod Producciones 2012



アーティストはメスでなければならない




──映画にはたくさんのクリエイティブな人物が多く登場しますね。詩人、俳優、カメラマン、インテリなど。アーティストの役割とはどういうものでしょうか。



私はアーティストはメスでなければならないと思います。傷を開かなければなりません。そしてなんらかの方法で感情を吐き出させなければなりません。何かを理解する必要性、理解するというよりは何かを推し量ろうとする必要性を引き受け、真実だと思われることを他人に示し、その審判を務められなければならないと思います。日常生活で人は十分罰を受けますから、探究と適度さに方向を合わせながら、絶対に罰することばかりを求めてもいけません。アートは私たちにいろいろなことを教えてくれ、時には人を罰し苦しめることもあります。でも最終的にはなんらかの方法で人を癒さなければなりません。




(『ある愛へと続く旅』オフィシャル・インタビューより)












セルジオ・カステリット プロフィール




イタリアローマ生まれ、ローマ在住。 ジャック・リヴェット、ジュゼッペ・トルナトーレ、エットーレ・スコラというヨーロッパの著名な監督の作品に多数出演し、俳優としてのキャリアを築く。1993年の『かぼちゃ大王』でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞最優秀主演男優賞、1995年の『明日を夢見て』でナストロ・ダルジェント賞最優秀主演男優賞を受賞、2001年の『マーサの幸せレシピ』でヨーロッパ映画賞男優賞を受賞した。妻であるマルガレート・マッツァンティーニのベストセラー「動かないで」を映画化した『赤いアモーレ』は、彼の監督第2作であり、脚本と出演を務めた。共演のペネロペ・クルスは、2004年に本作がカンヌ国際映画祭のある視点部門に選出されて国際的に高い評価を得た。













映画『ある愛へと続く旅』

11月1日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー




ローマに暮らすジェンマのもとに、ある日1本の電話がかかってきた。それは青春時代を過ごしたサラエボに住む旧い友人ゴイコからのものだった。ジェンマは16歳になる息子ピエトロとの難しい関係を修復するためにも、彼を伴って自らの過去を訪ねる旅に出ることを決意する。

20年以上前サラエボに留学していた女子大生のジェンマは、そこでゴイコから若きアメリカ人ディエゴを紹介された。一瞬で恋に落ちた二人は、ひと時も離れていられないくらいの愛で結びつき、やがて結ばれ、ローマで新婚生活を送り始めたのだった。誰もが望むこと……愛する人との子供が欲しい。しかし、ジェンマの小さな夢は無残にも打ち砕かれてしまう。




監督・脚本:セルジオ・カステリット

原作・脚本:マルガレート・マッツァンティーニ

出演:ペネロペ・クスル、エミール・ハーシュ、アドナン・ハスコヴィッチ、サーデット・アクソイ、ジェーン・バーキン

2012年/イタリア・スペイン/イタリア語・英語・ボスニア語/129分/カラー

原題:VENUTO AL MONDO

英題:TWICE BORN

PG12

配給:コムストック・グループ

配給協力:クロックワークス



公式サイト:http://www.aru-ai.com/

公式Twitter:https://twitter.com/aruaimovie/

公式Facebook:https://www.facebook.com/aruaimovie





▼『ある愛へと続く旅』予告編


[youtube:z6WSQw5soy0]

「ネオリアリズモから個人的なマジックレアリズモに羽ばたいていく記録としても『街の恋』は観る価値がある」(菊地成孔)

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左より、菊地成孔、岸野雄一、ヴィヴィアン佐藤


フェデリコ・フェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニの監督作を含む、イタリアのオムニバス映画『街の恋』が8月23日にIVCより、DVDとブルーレイ化され発売となった。この発売を記念し、豪華ゲストをむかえての上映&トークイベントが9月7日(土)、8日(日)にアップリンクにて、2日間にわたり行われた。

一日目はライナーノーツに「ヤッベえなあこれ。クッソ面白えわ」と絶賛コメントを寄せた音楽家で文筆家の菊地成孔をはじめ、スタディストの岸野雄一、ドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤の3人が登壇。「音楽とダンスと女」に行われたイベントは『街の恋』の紹介と、3者ならではの解釈だけに留まらず、女性のコスプレ願望まで、時折、大きく脱線しながら大爆笑で幕を閉じた。あまりの長さから掲載が見合わされていたこのレポート。webDICEではその中から『街の恋』作品について3者が語る部分をピックアップしてお届けします。

なお完全版は『美学校』のサイトにて、ご覧頂けます。





芸術運動は頭でっかちで実践というのは危なっかしいもの



菊地成孔(以下、菊地):では、まず私からは作品の概要を少し。イタリアでおおざっぱに言うと戦後すぐ、ネオリアリズモという芸術運動、というか派閥が出てきまして。



岸野雄一(以下、岸野):運動のひとつとして、ネオリアリズモが映画の方で起こった。ロベルト・ロッセリーニとかヴィットリオ・デ・シーカとかそういう人たちですね。



菊地:ドキュメンタリーなの? フェイクドキュメンタリーなの? どうなの?っていうところに可能性を求めた。でも、見ての通りで、ちょっと頭でっかちで、まだら八百っていうか。しかし、芸術運動一般というのはみんなそうで、イタリアには音楽と美術のほうで有名な未来派というのがあります。未来派もだいぶ頭でっかちというか、理念と情熱はすごいんだけど実践が微妙だった(笑)。もう一世代前ですがシュールレアリズムもあって。シュールレアリズムにおける理論的指導者がアンドレ・ブルトン。映画におけるネオリアリズム、ネオリアリズ…ネオリア…ネオリオ…ネオリアリズモ!の理論的指導者はチェザーレ・サバティー二という人で、この映画はその人のプロデュース作です。アントニオーニはタカ派じゃないので、自分なりの作品でネオリオ、ネアリア、ネオリアリズム解釈をやって、さっきから(ネオリアリズモってちゃんと)言えてないですけども(笑)。



(一同、笑)





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映画『街の恋』より




菊地:フェリーニは、やんちゃですからネオリアリズモ一派と揉めてたんですよ。フェリーニの研究書にはすべからく『巷の恋』(旧題)という作品はフェリーニがサバティー二と喧嘩した映画だって書いてある。サバティー二の発言も残ってて、「フェリーニはネオリアリズモに迎合して一緒に作品を作ろうと言ってきたくせに裏切った」と。フェリーニが監督した『結婚相談所』は「実話だから、やらせてくれよ、ネオリアリズモだろ?」ということで撮ったわけですけど、これ、作り話ですから。だからやりかたとしてはひどいっていうか、「実話だからいいでしょ?」という感じでこの企画に参加しておいて、最初から実話じゃなかった(笑)。いかにも実話風の美談を入れたっていう。あの人は嘘つきですから。この話はシネフィルの間では有名ですよね。ロッセリーニをめぐるネオリアリズモ議論というのがあって、フェリーニはシュールレアリズムでいうとサルバドール・ダリみたいな立場で、インターナショナリストとして独立すると同時に除籍されるっつうか、具体的にダリみたいに除籍されないですけど、除名されるような流れの中で彼一人がインターナショナリストになった。この作品を観るとナショナリストだ。いや、イタリア人だ。と言われるフェリーニが実はいかにインターナショナリストだというのがよくわかりますね。だから芸術運動というのはいかに頭でっかちで実践というのは危なっかしいんだけど、情熱はあるから、必ず左翼集団化する。で、後に有名になる人は最初からそこと揉める要素を持っていて、揉めてその集団を飛び出したのちに有名になるっていう、よくあるケースの記録にもなっている作品だと思います。



ドキュメンタリーを撮ればリアリズムってわけじゃない



菊地:リアリズモっちゅうぐらいだから記録っていうかドキュメンタリーを撮ればもうリアリズムなのか? というと、ここが微妙で……。これはもうご覧になったみなさんはお分かりだと思いますが、かなりドキュメンタリックな虚構になっている。例えば『カテリーナの物語』に出ている、子捨てのお母さん。あれは本人ですよね。まあ、いわゆる本人出演の再現VTRのようなものですが、本人がやればリアリズムか?というと、それもどうかと。本人が出演しているからすごいでしょ?というような……安直さと言いますか。



岸野:そこがね。映画が色んな事やってみようという時代でしたから、「本人にやらせれば迫真性というか、現実との齟齬が起きにくいんじゃないか?」ということを考えた時期だったんだよね。



菊地:20世紀的なシネフィル的に言えばこの映画は、ミケランジェロ・アントニオーニとフェデリコ・フェリーニ、二大巨匠の未公開作品が入った短編集で、どちらの研究家も必ずそのことは、記録としては書いていますから。日本未公開で「一生、観ることないだろうなー」と思っていたものが出わけですから、ファンはコレクターズアイテムとして買うんでしょう。ちなみにフェリーニの日本語で読める書籍の中でこの作品を『街の恋』と訳しているのはひとつもなくて、当時は『巷の恋』と呼ばれていました。今回、リリースする際に元のニュアンスに近い『街の恋』と改題されたわけです。citta(チッタ)っていうのはcityですから。巷って訳すのは美文調っていうか、この昭和感(笑)。



岸野:好きだけどね。



ヴィヴィアン佐藤(以下、佐藤):色っぽい。英語版だと「Love In The City」ね。




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映画『街の恋』より


病んだ女と恋愛と都市



岸野:ヴィヴィアンさんはこの映画をどう見ましたか?



佐藤:そうねぇ、基本的には恋愛。恋愛に至る映画だなあと。あとは、都市との関連が多かったですね。恋愛もいろんな恋愛が描かれているのですが、『3時間のパラダイス』ではダンスホールが舞台ですし、パブリックな場所での恋愛模様。家の中とかプライベートな場所が舞台になるチャプター、あまりなかったですよね。売春も外ですし。スペインの映画監督でペドロ・アルモドバルとかもそうですけど、広場で売春婦が立っててバイクとか車で買いに来る感じ。ああいうのって、日本にはないですよねえ。



菊地:ないですねえ。



佐藤:昔ほら、大久保のホテル街とかで車で入ってくと立ちんぼの人たちがたくさん出てきたり、90年代ぐらいまではありましたけど、ああいう広場でこう車でアクセスして交渉してっていうのはないですよね。ああいう「都市/街と乗り物」の関係が面白いなあって。



菊地:モータリゼーションについて描いてますよね。



岸野:大通りは稼ぎがいいけど危険だ、みたいな。



佐藤:ひたすら夜歩く売春婦……。



岸野:つぶしたシューズが二十足♪



菊地:(笑)。テーマも「売春」、「自殺」ときて、次のフェリーニの話はけっこう救われるような話だけど、さっきも言ったように作り話ですし……で、「子捨て」がきて、でまあ最後はイタリア人が女の人を見まくって、笑いにするって流れですよね。でも女性映画っていうかフェミニズムっていうか社会における女性の意味っていうものをたぶんサバティー二は、真剣に考えていたとは思えない(笑)。女性を題材にしておけばオムニバス映画のテーマは稼げるだろうくらいのノリで。その中で極めて突出した異物感を出しているのは、『3時間のパラダイス』のお見合いダンスの「時間が来たら終わりですよ!」っていうシーン。私、それなりにこの時代のパーティーカルチャーやダンスカルチャー、ジャズやラテンと結びついたものの研究している方だと思うんですが、あれは知りませんでした。



岸野:あんなシステムだったのかとかあんな丁々発止だったのかと。



菊地:お母さんがついてきてね。自分のイケてない娘にちょっとこう「お前行ってきなさいよ!」とか「あの人がいい!」とか(笑)けしかけるんですよね。



佐藤:男性を値踏みして「あいつはいいけど……」



菊地:「こいつはダメ!」とかね。



岸野:あと、女の子の「彼氏がいるんだゴメン!」みたいな時の、「いやいやまあまあまあ…」みたいな男の感じとか、あれいいよね。



菊地:いいですよね。あとは、わりと早くパーティーが終わるところとか(笑)。



岸野:「七時だわ!」ってね。



佐藤:はしごでもするのか?っていう。



菊地:夕方のパーティーですよねあれ。



岸野:でもあれ「七時だわ」って言ったのはフェイクでしょ?「私についてきなさいよ」っていう意味だよね。「一緒にここ出ましょうよ」っていう。ダンスが始まってさえぎるのがチャチャチャっていうのがまたね。



菊地:演奏しているバンドと音が全然合ってない。



岸野:イタリアンネオリアリズモっていうのが何によって成立していたかというと、アフレコなんですよ。リアリズムっていうと同時録音だと思うでしょ? だけど正反対で、街中でロケするからローマの「ガガガガガ」って工事の音なんかでとてもじゃないけど録音なんかできないですよ。この映画では、素人を役者に使っていますが、彼らはプロの俳優じゃないんでセリフなんて喋れない。だから、顔や表情で選ばれている。



菊地:顔!



岸野:いい顔の素人使って、台詞はきちんとプロの俳優がアテレコしていた。で、その辺が虚と実。虚を描くのか実を描くのか? ということの問題になってくる。フェリーニさんどうもいち早くそういう嘘に気がついていて、嘘をちゃんと実であるかのように、こう織り交ぜれば映画として見世物としておもしろいでしょ? イタリア的には、みたいなこと考えていたよね。その萌芽がちょっと見れると思いますよこの作品は。だって結婚相談所の道案内をするのが、あんな大勢の子供たちなんて。あれどう考えてもおっかしいし、フロイト的に分析してみても面白いでしょうね。





フェリーニを知るために



岸野:確かに当時のいろんな批評誌で、『街の恋』がフェリーニを解釈するのに重要な作品だと書かれてあるのは読みましたよ。でもそれ、簡単に観ることができないから、けっこう肥大化して書かれているでしょ?



菊地:ネオリアリズモ派との決別といったような。ネオリアリズモ派という徒党を組んで理論的な指導者がいてみんなで実践していこうとチームはだいたい廃れてしまうわけですけど。スターがそこから出てくるというような構造が構造的なこととしてありうるというか。



佐藤:ルキノ・ビスコンティもそうでしたね。



岸野:ビスコンティやフェリーニはそれぞれイタリアで、当時こういうことやっていて、後に「退廃」っていうような方向に向かったというのはものすごく興味ある。ロッセリーニやデ・シーカの評価が高過ぎた。世界的な評価になっちゃったから。そこから違うことをするにはどうしようかというと、ビスコンティやフェリーニが描いたような退廃的な表現を使った方法論しかなかったのかなっていう。



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映画『街の恋』より




菊地:ニュース映画が一番盛んだったのは第二次大戦中で、今見直すとニュース映画のほとんどがドキュメント素材を利用したフェイクドキュメントですので。ここらへんは「にわとりが先か卵が先か」というアポリオ、難問ですから。いずれにせよフェリーニもアントニオーニもビスコンティも、ネオリアリズモから個人的なマジックレアリズモに移行するっていうか、卒業するっていうか羽ばたいていくようなイメージで出ていくわけで、そういったものの記録としてもこの映画は観る価値がある。最初からフェリーニが作り話で参入していたのは、実にフェリーニらしいですし。



佐藤:お三方ほんとに違う意味のリアリズムを行っていますものね。ビスコンティの延々に踊るシーンとかあるじゃないですか。後期の『山猫』とか。あれもリアリズムよね。



菊地:実際ああいうものを見てきた人にしかわからないリアリズム、回想のリアリズムがありますよね。



佐藤:変な話ですが、良い物を食べた後のウンコみたいなもんですよね。良い物を食べないと出てこない。



菊地:ははははは! 全部が斜陽ですからねビスコンティは。バスローブに「LV」って書いてあったんで「お前、ルイ・ヴィトン着ててすごいな」「いやいやうちの家紋だよ」みたいな。ルキノ・ビスコンティ、Luchino(ルチーノ)ですけども。



岸野:アラン・ドロンが『山猫』に出演した時に監督のヴィスコンティのカバンを見て「あ、映画監督になると凄くお金のかかった自分の名前がはいったバッグを持つことができるんだ!」と思ったっていう。



菊地:それは逆だった(笑)。ほんとにルイ・ヴィトンだった(笑)。エリッヒ・フォン・シュトロハイムとかもそうですけど、ある種の貴族的な経験をしたことがある人が「平民にはわかんないだろう?」っていう「こういうことが世に中にはあるんだよ」ってものすごい贅をかけて映像にしてみるっていうのはそれはもう経験の素描なわけだから一種のリアリズムだけれども、逆にフェリーニの有名な『甘い生活』の最後にスワッピングのパーティーが出てきますけども、あれはもう完全に空想。フェリーニはローマにああいう退廃的な富裕層がいてスワッピングのパーティーをやっているらしいって聞いただけで、撮ることにしちゃったんだけど、どう撮っていいかわからないから、やってそうな奴ってことでパゾリーニに聞いたっていう(笑)。ピエル・パオロ・パゾリーニのところに行って「マスコミ関係者がやってるスワッピングパーティーってどんなの?」って聞いたら「俺も知らない」って(笑)。だからあれは空想で作った。あれは完全な作り話なんですけどすさまじいリアリズムがある。レコードかけて離婚したばかりの色っぽいおばさんが今から脱ぐんだっていうような旦那が帰ってきて毛布ぱっとかけちゃうっていうようなシーンを考えた。あれは全部嘘なんでビスコンティとは逆っていうか。



(一同笑)



菊地:これは解説にも書きましたが、フェリーニのマニアにとってはもう垂涎ですよ。結婚相談所の所長が何かわけのわかんないこと言うけど、擬音みたいなオノマトペみたいな。あれがおそらく「ASA NISI MASA(アサ ニシ マサ)」っていう『8 2/1』の擬音のものだろう、と。あそこに出てくるそもそも登場する天使的な女性が『甘い生活』の最後に出てくる女の子だ、とも言える。ジェルソミーナ的な。翌年が『道』なんで。聖少女的なキャラの原型もあります、といった見立てが山ほどできる。



岸野:一番最後のショットなんてね、前景が全然関係ない通行人のタバコ吸っているおじさんじゃない(笑)? 遠景に登場人物がいて、タバコ吸ったところでカットでしょ? あれなんかもね『フェリーニのローマ』っぽいよね。



佐藤:あれも都市がクローズアップされていたわね。



岸野:作品の作りとしてはフェリーニに限らず群像劇、点描になりますよね。どうしても都市を描くとなるとそうなる。いろんなとこが同時に進行している感じって描き方の力量問われますよね。『イタリア人は見つめる』の路面バスのシーンで、おっさんにちょっと目をつけられて後をつけられるシーンは、ほぼバストショットや手とかのクローズアップだよね。クローズアップだけであの関係というか運動を表現できているとこが基本的な技術が高いのがわかる。



菊地:主義が立ち上がってゆくと情熱とスキルが底上げされる。





ベスパに乗ったかわいい女の子は『ローマの休日』でアメリカ人が撮った虚構



菊地:解説の中で和田先生が指摘されていますが、52年というのは『ローマの休日』の年。『イタリア人は見つめる』では、ベスパに乗ってスカートがめくれあがる女の子が非常にかわいいですね。これはイタリア人が「イタリアの街を実際に走っている所を撮った」わけですけども「ベスパに乗ったかわいい女の子」というアイコンはアメリカ人が撮った虚構として52年に世界中に広まったという事は意識しておくべきだろうというのが、和田先生の書かれた解説の論旨ですね。




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映画『街の恋』より



佐藤:(『イタリア人は見つめる』)は、『どっきりカメラ』よね。うふふふ。



菊地:自殺未遂とか売春とか当時の女の人のヤバい状況をあんなにえぐく描いているのに、最後が『どっきりカメラ』っていうね。あの流れもまさにイタリアっていうか(笑)。



佐藤:最後が軽くて救済されますよね(笑)。



岸野:セリフがさ「いい女を紹介しろ」っつって「さっそく現れたぞ」って。



佐藤:それしか考えてない。



菊地:一人か二人を追って、少しリアリズム的な視線になるのかと思ったら女の人がばんばんばんばん(笑)、次から次へと出てくる。



岸野:物量作戦ですね。



佐藤:でも、(イタリア人は)見すぎよね?



菊地:あのぐらい見たんですかね、当時は。



岸野:見る? 普段。



菊地:見ますよ? うん。僕は全然、見ますね!



佐藤:私はよく見られますね。



菊地・岸野:はははははは(爆笑)!



菊地:52年当時のイタリア的にはまぁ、おおらかだったっていう表現なのかな?



佐藤:なぜ、イタリア人なのかしら?



菊地:要するにスウェーデンやスペインの人は見つめないという事を意味しているのか……いないのか。



佐藤:ラテンぽい感じ?



菊地:あるいはもっとわかりやすく、フランス人はああいうことしないけどイタリア人は女の人をガン見しまくるよね? あれってどうなの? みたいなことなのかな。



岸野:あの作りを見るとさ、『オーソン・ウェルズのフェイク』あの冒頭のクレジットタイトルを思い出したよ。黄色いミニスカートで歩いている女をずっと男が見ている。女性は全部仕込んでいるけど、それを見ている男は場合によっては許可なしで撮る。それを細かいカット割り、編集で見せていく。



菊地:そうですね。まあ街にカメラ持っていって、後の、ほんとに後のですけど、前衛パフォーミングっていうか、市街パフォーミング? 街中で突然何かやるとみんなビックリするのをカメラでにんまり撮るのは、結局、狂狷に結び付けるわけじゃないですけど、『勝手にしやがれ』でゴダールが無許可で市街を撮影して、ガヤの人達がみんなカメラ見ているところを映し出したことは、ヌーベルバーグの与えた衝撃の中で、かなり大きいわけですけど、その戯画的な先駆というか。



岸野:そうね。だから収穫はヌーベルバーグに持ってかれちゃってますけどね、やり方の発見はネオリアリズモですね。『街の恋』というこの作品が映画史の中においても重要な作品であるといえるわけです。「映画ってほんとにいいものですね!」(淀川長治を真似て)。





(一同、笑)




(2013年9月7日、渋谷アップリンク・ファクトリーにて 写真・構成:春田幸江)











菊地成孔(きくちなるよし)


ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われる程の驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。2010年、世界で初めて10年間分の全仕事をUSBメモリに収録した、音楽家としての全集「闘争エチカ」を発表し、2011年には邦人としては初のインパルスレーベルとの契約を結び、DCPRG名義で「AlterWarInTokyo」をリリース。主著はエッセイ集「スペインの宇宙食」(小学館)、マイルス・デイヴィスの研究書「M/D?マイルス・デューイ・デイヴィス3世研究(河出新書/大谷能生と共著)」等。音楽講師としては、東京大学、国立音楽大学、東京芸術大学、慶応義塾大学でも教鞭を執る(04年~09年)。

http://www.kikuchinaruyoshi.net/





岸野雄一(きしのゆういち)


スタディスト。ワッツタワーズやヒゲの未亡人、スペース・ポンチなどのバンド、ユニットで活躍する中、レーベル”Out OneDisc”を主宰し、オオルタイチ、ウンベルティポなど多岐に渡るジャンルの音楽をリリース。また、東京藝術大学大学院にてサウンド・デザインの教鞭を執り、美学校の音楽コースではコーディネーターと講師を務め、坂本龍一監修の音楽全集『commmons:schola・映画音楽編」では浅田彰・小沼純一と共に座談会と解説に参加している。スタジオボイスやミュージックマガジン等での音楽/映画評論の執筆や、NHK-FM「日本ロック事始め一部始終」の選曲・出演、NHK教育テレビの道徳番組「時々迷々」のテーマソングの作詞・作曲・歌唱と番組全体の音楽プロデュース、黒沢清の処女作「神田川淫乱戦争」や様々な映画に俳優や音楽プロデュースとしても関わるなど、各方面のメディアにもその活動を広げている。




ヴィヴィアン佐藤(ヴィヴィアンさとう)


美術家、文筆家、ドラァグクイーン、プロモーター。ジャンルを横断していき独自の見解で「トウキョウ」と分析。自身の作品製作発表のみならず、「同時代性」をキーワードに映画や演劇、ライヴなど独自な芸術論でプロモーション活動も展開。野宮真紀、故山口小夜子、故野田凪、古澤巌など個性派のアーティストとの仕事も多い。2012年からVANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。

http://www.facebook.com/vivienne.sato


















ブルーレイ『街の恋 ~フェデリコ・フェリーニ×ミケランジェロ・アントニオーニ~』

発売中




出演:アントニオ・チファリエッロ、リヴィア・ヴェントリーニ

監督:カルロ・リッツァーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、
ディーノ・リージ、

フェデリコ・フェリーニ、フランチェスコ・マセッリ

本編:104分

販売元:IVC,Ltd.

価格:5,040円(税抜)

品番:IVBD-1040




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たまたま撮れたものが「自然」ではない。『街の恋』には素人が芝居をすることで生まれるリアリティがある

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左より、松江哲明監督、冨永昌敬監督、吉田アミ



フェデリコ・フェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニの監督作を含む、イタリアのオムニバス映画『街の恋』が8月23日にIVCより、DVDとブルーレイ化され発売となった。この発売を記念し、豪華ゲストをむかえての上映&トークイベントが9月7日(土)、8日(日)にアップリンクにて、2日間にわたり行われた。

菊地成孔氏、ヴィヴィアン佐藤氏、岸野雄一氏を迎えて行われた初日に続く2日目は、当イベントの企画者でもある吉田アミを交え、冨永昌敬監督、松江哲明監督の2人よる監督対談。ロケット乳から当時の撮影状況、オムニバス映画の撮り方など、終始笑いに包まれる中、映画監督ならではの視点から作品を読み解く、妄想交じりのトークが展開された。





誰もはっきりと覚えていない不思議な映画



冨永昌敬(以下、冨永)感想の前に、やっぱりこの映画が作られた背景が気になるんですけど。1953年公開ですよね。時代的にも世界的に見てもまだオムニバス映画ってまだそんなになかったと思うんですよね。60年代くらいからいっぱいできてくると思うんですけど。それは作品のデータとして明らかになっていたりするんでしょうか?



吉田アミ(以下、吉田):昨日もこの話があったんですけど、詳しくは分からなかったんですよね。客席に発売元のIVCの方がいらっしゃっているので、ちょっと聞いてみましょうか。どうでしょうか?



【IVCの方】すみません。分からないです……。



吉田:「分からない」とはっきり言われてしまいました(笑)。



(一同、笑)



冨永:1953年で、参加している監督もフェリーニ、アントニオーニをはじめ、のちに有名になる監督ばっかりじゃないですか。どういうメンツだったのかなと思って。ある程度は友達付き合いもあったかもしれないんですけど。そういう意味も含めて、成り立ちのところがやっぱりちょっと不思議で、何か理由があったんじゃないのかなって思わざるを得なかったんですよね。機材に関しても、まだフットワークが軽くなかった時代にわざわざ街で撮ってて、素人の人を使って撮影するやり方って特殊って言えば特殊なので。それも込みでこれ考え付いた人誰だったんだろう、何でだったんだろうって。それが分かってくるといろいろ腑に落ちるという気がしたんですよね。



吉田:プロデューサーのチェザーレ・ザヴァッティーニでしょうね。でも、この後に似たような作品が作られてないので、「継承されなかったネオリアリズム」ということで、昨日は話がまとまりましたね。今回のイベント前にインターネットで調べたんですけど、ほとんど情報が出てこなかったんですよね。以前、『巷の恋』というタイトルでVHSでレンタルされていたという情報と、テレビで放映されたことがあるという情報くらいで。インターネットが普及してなかった時代の作品なので、本気で調べようとするなら当時の雑誌をあたるか、実際観たことがある人に話を伺うしかない。(見たことあるというお客さんに向かって)ちなみに、どこでご覧になられました?



【お客さん】あんまり覚えてないんですが、『巷の恋』という題だったことは覚えてますね。どっかの映画館だったと思うんですけど。



吉田:どこかで上映されてたかも、知れないんですね。



冨永:さっき話しててびっくりしたのが、あんなに何でも観ている松江さんですらこれは観てなかったって言ってて。



松江哲明(以下、松江):昔、レンタル屋で働いてたんですよ。でもこれは知らなかったですね。



吉田:みんなの記憶が曖昧で、はっきりしたことを覚えている人がいないなんて不思議ですよね。あの博識な岸野雄一さんですら知らなかったくらいですから。レンタルか深夜放送で観たような観なかったような薄ぼんやりとした記憶の中に『街の恋』がある、と。



冨永:ジャケットを作るのも難しかったと思うんですよね、スターが出ていないから。この写真は3話目ですかね?



松江:『3時間のパラダイス』と、『イタリア人は見つめる』ですね。



冨永:なんとなく映画っぽいカットってことで採用されたのかもしれないですね。さすがにここでアントニオーニの自殺未遂した人(『自殺の試み』)のインタビューカットとか出てたらおどろおどろしすぎますもんね(笑)。





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左より、松江哲明監督、冨永昌敬監督、吉田アミ



人々は女性の向こう側にある、カメラを見ている



吉田:今日はお二人に来ていただいているので、監督ならではのお話を伺えたら。単純な疑問として、当時、どのように街中で撮影していたのだろうか、今の撮影方法との違いなどお話しいただけますか。



松江:それで言うと、一番分かりやすいのが、最後の『イタリア人は見つめる』ですよね。今だったら一眼レフぐらいのサイズでレンズを換えればフィルムライクな画が撮れちゃうわけじゃないですか。でも当時のカメラって周りにちゃんとレールを引いて、照明ちゃんと当ててとか、すごい数のスタッフが必要なので。たぶん(『イタリア人は見つめる』の中では)スタッフ込みで、街の人たちは女の人を見ているんだろうなって思ったんですよね。彼女たちを見てるんじゃなくて、背景も含めて彼女たちをチラチラと見ていて、それをうまく活かしてるなと思いましたね。



吉田:なるほど! 昨日は、イタリア人が見すぎなんじゃないかという話にもなりました(笑)。



冨永:さっき、控え室でなんであの女の人たちはあんなに胸が尖ってるんだろうって話になって(笑)。



吉田:ロケットみたいになってますもんね(笑)。



冨永:だからってあんなに見るのかなって思ってたんですけど、松江さんに「カメラがあるからだよ」って言われて「ああ、そうなのか」って。



松江:冨永さんも分かってましたよね(笑)?



冨永:いや、俺ほんとに……(笑)。



吉田:胸しか見てないんですね(笑)。



冨永:でもそれ意図的に演出しはじめたのは撮影の2日目からかもしれないですよ? これだけ尖らせとけばみんな見るだろうと思ってたら、実際は、みんな何を撮ってるんだろうって見ていることに気付いて、みたいな。



松江:なるほど(笑)。ちなみに、この監督さんてどういう人なんですかね?



吉田:アルベルト・ラットゥアーダさんですね。



松江:オムニバスでこういうちょっととんがった作品作る人ってあんま伸びないですよね。



(一同、笑)



松江:そういうのないですか(笑)? オムニバス映画で、いい作品を撮ってるなって人ってそれ一本だったりして。逆に巨匠みたいな監督だと、他の作品の練習みたいな感じで地味な作品になったり、そういうこと多いじゃないですか。



冨永:オムニバスの中で大物感漂わすみたいな。



松江:(オムニバスで)ちゃんと面白いもの作る人ってあんまり長編向きじゃない気がするんですよね。



冨永:その後(この監督が)どうなったか気になりますね。でも、フェリーニ、アントニオーニは別格にしても、このオムニバスの方たちは、キネ旬の世界の映画監督シリーズあるじゃないですか。それのイタリアの巨匠たちに載っている方たちだと思いますよ。当時のイタリアの中堅監督が集まっていたんじゃないですかね。あと、僕はこの作品を見てて面白いなと同時に怖いなとも思ったんですよね。自分も男ですから街を歩いててきれいな女の人いたらやっぱり見ちゃうじゃないですか。というか、相当見てると思うんですよね。



吉田:相当見ている(笑)。昨日も菊地成孔さんと岸野雄一さんが同じことおっしゃってましたよ。



冨永:恥ずかしいぐらい見てるんですよ。だからこそ、ちょっと見方が雑だなと思ったりして。



松江:いやあれ、さりげなく見てるつもりかもしれないけど、僕らが見てるのもあれ全部バレてるんですよ。



冨永:見てる相手にバレるのはどうでもいいんですよ。でも周りの人たちにバレるのは嫌なんですよね。みなさんほどほどにマヌケな表情で映ってて、自分がそうだったらどうしてようって。



松江:公開処刑みたいなね。お前らこういう風に見てるんだぞって。



吉田:これ、『日本人は見つめている』とかだったらどんな風になりますかね?



松江:あははは(笑)。なんかバレなさそうな感じにしちゃうから、汚い感じになりそうだな。



冨永:うん、見苦しくなりそう。こんな爽快じゃないと思う。



松江:コメディっぽくならないと思いますよ。こんな爽快な音楽つけられない。ヤコペッティのドキュメンタリーとかもそうじゃないですか。人間てこんなバカなんですよっていうのを演出するじゃないですか。



吉田:たぶん男性は出てこないですよね。シャンプーのTSUBAKIのCMみたいになると思ったんですよね。「日本の女性は美しい」みたいな。




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映画『街の恋』より




松江:そうですね(笑)。でも『イタリア人は見つめる』の音の使い方とか編集は面白いですよね。最後のロングショットの引きじりよかったですよね。



吉田:びょびょびょびょびょーんみたいな間抜けな音を当てられてますからね。男性の間抜け面に。でも、これ楽しい話っていうことになってますけど、最後は女性がストーカーされて終わってますからね。



(一同、笑)



冨永:しかも、「まぁ!」みたいな感じで、露骨にパンチラを警戒しているカットがありましたよね。



吉田:それなのに最後映ってくるのが焼け野原っぽいすごく淋しいところにポツンとあるアパートなのか、ホテルなのか。周りを見ると、ここどこなんだ!? っていう。ほかにも断崖絶壁みたいな場所とかいろいろここがイタリアなの!? っていう、場所が出てきますよね。



松江:そうですね。最後のシーンは、ホテルみたいな感じでしたけど、あそこだけ字幕ほしいなと思いましたね。説明ほしかったですね。アパートとホテルじゃニュアンスが違ってきますから。




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こんなドキュメンタリーは今じゃ撮れない



吉田:作品1本が15分くらいなんですけど、その尺で今、オムニバスのドキュメンタリーを作るとなると、どういう感じになるんでしょうね。



松江:どうなんですかね。この映画はちゃんと「街の恋」っていうテーマが明確で、監督なりプロデューサーなりのルールがすごくしっかりしている映画だと思いましたね。今のオムニバスはけっこう自由に撮ってくださいっていうのが多い気がするから。僕はオムニバスはこれぐらいガッツリ決めた方が面白いと思いますけどね。



吉田:順番もいいですよね。



松江:結局、真ん中に言う事聞かない人が入るわけじゃないですか。オムニバスやっても絶対いるんですよ。ルール決めてるのに勝手にやっちゃう人が。そういう人が真ん中ぐらいにいるといいんじゃないですかね。



吉田:ご自身はどの位置だと思われますか?



松江:僕は一番頭か最後で。冨永さんはたぶん真ん中やるタイプの(笑)。



冨永:僕ね、一番最初と真ん中はやらせてもらったことがあるんですけど、最後はやらせてもらったことないですね。安定しないからでしょうね(笑)。エンディングを任されない。



吉田:この人なんかとんでもないことしちゃいそうだと(笑)。



冨永:順番ってあらかじめ決まってたわけじゃないでしょうし、出来てから決めたんでしょうけど、全体的に、ざっくりした分け方をすると、頭から「暗い」「暗い」「明るい」「明るい」「暗い」「明るい」って感じで。最初に「暗い」「暗い」を2つやってるんですよ。これどうなんでしょう。



松江:でも映画のオムニバスってそういうの多いじゃないですか。子ども捨てる話とかパク・チャヌクの枠だな、と。



(一同、笑)



松江:ひとりこういうの作っちゃうやついるよね、みたいな(笑)。やっちゃう人いるんですよ。俺はこういうのしか興味ねぇみたいな。





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映画『街の恋』より



冨永:あ、あれは? 『TOKYO』(フランス・日本・ドイツ・韓国合作による2008年のオムニバス映画)。



松江:あれもまさしくそうじゃないですか。最初は明るくミシェル・ゴンドリーで真ん中にカラックスがいて、最後にポン・ジュノがまとめるっていうね。



吉田:でも考えてみたら音楽も同じですよね。アルバムの作り方とも似てますね。



松江:そういう見方でいうと、僕は1本目が面白いですね。ドキュメンタリーって今はもうぜんぜん違うじゃないですか。ドキュメンタリーというかこういう風にしか作れないというか。「たまたま撮れたもの=自然」ではないんですよね。なんというか、現実をそのまま撮るのが、ドキュメンタリーのいいところではなくて。逆に、芝居の経験がない人とか素人の方が芝居をすることで生まれるリアリティというか。何回も頭の中で繰り返して語っていた物語をカメラの前で一回だけ演じるっていう現実味だったりが、やっぱりドキュメンタリーの面白いところだなと思います。今はもう、そういう作り方のドキュメンタリーが作れなくなっちゃっているから。「こういう風にしか撮れなかった」っていうドキュメンタリーを観るとすごく憧れます。



冨永:今ドキュメンタリー作る時って、ある程度構成台本だったり、落としどころを探しながら作りますよね。狙ってるところに詳しい証言者の人たちがいたらそういう人を探したり、狙いを持ちながら作ると思うんですけど、それでいいとも思うんですけど。この場合ってそれが絶対できなかった映画だと思うんですよね。撮影機材の問題だったり、技術的な問題だったりもあって、そんなこと考えてられないような現場だったと思うんですよ。ただ単に、ちゃんとこの人の話を記録するにはどうするかっていう事に尽力したと思うし、映る方も自分が必要とされている事に応えるにはどうしたら一番いいかって、その事しか考えていなかったと思うんですよ。だから台本も何もない感じで、非常に刹那的な作り方をした結果、こういうものになったんじゃないかな。1話目からすごく挑戦的じゃないですか。最後の胸が尖がってる話ばっかり話題になっちゃうと思うんですけど、実は1話目で勝負を決してた作品かもしれないですよね。




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松江:自然とフリになってる感じもありますよね。あと、映画って映っちゃうと俳優的な面が出てきちゃうんですよね。素人の人ほどプロっぽく撮るのが面白いと思うんですよ。さっき冨永さんが言った「必要とされている事」が、自分がカメラの前で演じる事に繋がっていくのかもしれないし。だから出てくる人がみんな素敵だなって。素人の人たちが役者っぽくなっていったり、カメラの前で演じているだったりっていうのが、ドキュメンタリーとかフィクションとか関係なく、映画の持ついいことの面だと僕は思うんですよね。



冨永:松江さんとかアラーキーさんの系譜っていうかね。



松江:荒木さんの名前が出てきた(笑)。



冨永:女=女優的な、ね。



松江:そういう意味ね。逆にプロの俳優の人ほど素人っぽく撮るといいんだなぁって『情熱大陸』とか見ながら思っているんですよね。『情熱大陸』が好きで(笑)。とにかく、スタイルとして憧れますよね。大きいカメラでインタビューとかしてみたいですもん。これ全部アフレコだよねとか言われたいですもんね。



吉田:いまアフレコないですもんね。



松江:現場で音をメモして録音で録っといて、あとでインタビューした素人の人呼んでアフレコしてもらうとかすごいワクワクするじゃないですか。



吉田:それ面白いですね。人って見た目に影響されるので、カメラが大きいっていうことによる影響はあると思います。



冨永:当時の35ミリのカメラって小さめの冷蔵庫ぐらいはあったと思うんですよね。しかもそれにレールが付いてて、三脚もちょっと信じられないくらいの大きさのものだと思うんですよね。おそらく小男5人か大男2人とかで回してたと思うんですけど。



吉田:女性はほとんど撮ってないですもんね。いま女性の監督が増えたのはやっぱりカメラが軽量化された影響ですよね。。


松江:単純に力仕事でしたからね、映画作りって。



冨永:1960年代頃に大島渚とかゴダールとかが突然カメラを担ぐようになったでしょ? それにびっくりしたっていうのはそういうことだったと思うんですよね。担ぐもんじゃないでしょって。



松江:だから今回の映画でフェリーニがケンカしたのそこだと思うんですよね。俺たちは外に出てカメラ担いで現実を撮ってくるんだって言ってるのに、『結婚相談所』とか嘘話をやるわけじゃないですか(笑)。「俺たちが新しいことやろうとしてるのにお前どういうことだ!」っていうケンカがあったと思うんですよね。



冨永:これ最初からフェリーニだけ仲良くなかったのかもしれないですね。ほかの5人は友達で、一人足んないって時に「あいつでいいかな」みたいな感じで、でもあいつちょっとヤバイよね、なんかやるかもね、みたいな感じで言ってたんじゃないですかね(笑)。



吉田:菊池成孔さんの見立てでは、そこでフェリーニがザバッティーニとケンカして二度と会わなくなっちゃったんじゃないかって。




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映画『街の恋』より




冨永:でもね、菊地さんが言うと、単にフェリーニが大好きな人の妄想のような気がしちゃうんだよね。僕、菊地さんの映画の話は3割ぐらい妄想だと思っているんで(笑)。



吉田:打ち合わせで、昨日の話しをしてもぜんぜん信じてくれなかったですもんね(笑)。



冨永:菊地さんの中では真実なんでしょうけどね・・・・・・。ここだけ覚えて帰らないでくださいね(笑)。



(一同、笑)







無学な人がポツッと唐突に言っちゃいけないこと言っちゃう恐怖



冨永:あとさっき僕が「暗い」「暗い」「明るい」と言ってたもので、「明るい」って言ってたものにはちゃんとスタイリストが入ってる気がしたんですよ。チェザーレ・ザヴァッティーニの作品は服が体にぜんぜん合ってないんですよね。『カテリーナの物語』でしたっけ?



松江:「街の恋」は、どこいっちゃったんだって話ですよね。



吉田:恋がまったくないですからね。



松江:だからこういう人は真ん中あたりなんですよね(笑)。



冨永:いい服着てる回とぜんぜん違うんですよね。カテリーナの回は、「しまむら」でも売ってねぇよみたいな服でね。



松江:ローマに「しまむら」ないよ(笑)。



冨永:でもみんなもっと高そうな服着てるし、自家用車もバンバン走ってるじゃないですか。貧富の差が激しかったっていうのはちょっと気になったんですよね。




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映画『街の恋』より





松江:この映画を見てて思ったのは共通のテーマとして「街の中の恋」っていうのもあるんですけど、「戦後」っていうのも大きいなと思って。最近映画を観るときに意識してるのが、やっぱりどの時代に作られたのかってことなんですけど。これは、明らかに戦後の影がすごく濃厚ですよね。まだ戦後5~6年とかで、街が完全に復興してない時期に撮っているものなので。ドキュメンタリーって現実が素材なんですよね。まずは現実を撮らないことにはドキュメンタリーってスタートしない。そうすると社会の状況っていうのがすごく入り込むと思うんですよ。僕はそれがすごいドキュメンタリーが好きな理由でもあるんですけど。第1話の娼婦の語りとかものすごく「死」が近いじゃないですか。劇中の新聞記事にも心中とか自殺とかが出ていて、その当時の気分がすごく伝わってくるというか。



冨永:台本で書けない感じのことが映ってる感じはありますよね。言い方はあれですけど、無学な人がポツッと唐突に言っちゃいけないこと言っちゃう恐怖というかね。



松江:そうそう。皮膚感覚でその当時の人たちが共感してるというか。監督が違うから余計にそれを感じるのかな。たとえば『結婚相談所』の話も明らかにフィクションなんだけど、でもそこで語ろうとしていることだとか、スタッフも出てる人も観てる人も共有していたのはそういう「死の感覚」なのかな、と。画面に映ってるものだけではないそういう雰囲気を感じたんですよね。



冨永:あとこの当時この監督たちは映画撮ってるぐらいだから、戦争行ってないんじゃないかと思うんですよね。ギリギリ戦争行かずに済んだ人たちだからこそ、焼け野原が残ってる街で夜街角に立っている女の人たちに対して、妄想と憧れが両方あったと思うんですよ。そういう妄念が娼婦を女優にさせちゃってるみたいな。



松江:なんかいいですよね。ナレーションの語り口も上から目線じゃないですか。上から目線なのに撮っていく中で共通項というか、なんかそういうものを見つけて、でも最後は「俺たちには何にも分かんねぇ」「映画では描けねぇ」みたいな(笑)。「なんなのそのシニカルな目線!」っていうのが、僕はなんか好きなんですよね。



冨永:(メモを見ながら)ナレーションで最後にすごいこと言ってましたよね。「かつてない映画表現を徹底的に追及した」って。これちょっと腰砕けちゃって(笑)。実際みんなバラバラじゃねぇかよって。



松江:お前誰だよってね(笑)。



冨永:「これ言った人、手挙げて!」って思った。



クレーン撮影がカテリーナを女優にした



松江:当時のクレーンだから相当なことですよね。『カテリーナ』だけ、物語をすごく伝えようとしてましたよね。



吉田:本人による再現ドラマって、どうやって撮ってるんですかね。本人は実際にあったことをもう1回やるわけですよね。そのときの気持ちとかどう揺れ動くんだろう。



松江:僕は、本人による再現ていうのは、ドキュメンタリーと変わらないと思いますよ。ドキュメンタリーってインタビュー自体が過去の話じゃないですか。「今どう思ってますか」じゃなくて、「あの時どうでしたか」っていうのを聞くので。それに現場で「動き」の演出がプラスされるのが本人による再現ドラマだと思うので、そもそも僕は(再現ドラマを)もっとやればいのにと思いますけどね。僕の『フラッシュバックメモリーズ』ってある意味そうしたかったんですよ。記憶をなくされてるGOMAさんに対して、インタビューして話を作るっていうのは、僕が考えてる以上に苦労がものすごく大きいと思ったので。なので、言葉で語るインタビューじゃなくて音楽で語るインタビューにした方が、観てる人にとってポジティブな物になるなと思ったので、そうしたんですけど。本人による再現芝居はやってみたいですよね。



吉田:あんまりないですかね。赤塚不二夫先生しか観た事ないです。『驚きものの木二十世紀』か何かで。TVですけど。



【客席から】 キアロスタミの『クローズアップ』とか。



冨永: ああ!ありましたね。あとアナタハン島事件の(『アナタハン島の眞相はこれだ!!』)とか、『実録白川和子』とか。



松江:そうだそうだ! けっこうあるなあ。いますよね。生まれながらにして女優みたいな人って。そうすると真俯瞰とか撮れちゃうんじゃないですかね。カテリーナのところでありましたよね。



冨永:放置した子どもがいなくなって、「カルロごめんね。なんてことをしてしまったんだ」みたいに泣くシーンで、なんとクレーン使ってるんですよね。今の僕らが使ってるような軽いクレーンじゃなくて、当時は本物のクレーン車だったと思います。



松江:すげぇなと思った。ここ一番女優ってシーンだと思いました。





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映画『街の恋』より


冨永:カメラマンが直訴しないとクレーン持ってこれないと思うんですよね。女優がカメラマンを動かしたんですよね。しかも渋い使い方してましたよね。じわぁ~って動きで。



吉田:えぇ! ぜんぜん気付かなかったです。そこ後で絶対もう1回観よう!



冨永:ちなみに、このオムニバスで一番得したのってアントニオーニだと僕は思うんですよね。初期のアントニオーニって、暗いじゃないですか。このオムニバスやったことで他の連中の作品も観て、最後の『イタリア人は見つめる』で「なんかかわいい子いっぱい使ってる」とか、『結婚相談所』や『3時間のパラダイス』を観て、映画ってこういうキレイな女優さんを出していいものなんだって初めて気付いたんじゃないかと。それほど(アントニオーニにとって)ロッセリーニの影響が強くて、貧しい街の貧しい女の人を撮るのが映画だと思い込んでたんじゃないかな。だって、この後からですよね。モニカ・ヴィッティが好きすぎてたまらないシリーズが始まるの。とにかく美人を撮りたくてたまらない感じに後年なっていくのが、これを観てると信じられないんですよね。



吉田:そういう意味でのオムニバスのいい面を吸収しているんじゃないか、と。



冨永:いやこれ、僕の妄想ですよ(笑)。



(一同、笑)



吉田:最後に会場から質疑応答や補足などあれば。



【お客さん】すごくお話面白かったです。そんなに大きいカメラを持って撮っているとは思わなかったので。



冨永:映画の資料館とか行くとありますけど、冗談じゃなくものすごい大きさあるんですよね。素材も鉄とかじゃなくて鋳物ですよね。要するに、川口のキューポラで作ってるやつですよね。



松江:あはははは(笑)。すごく重いものね。



冨永:そんな物を持って街に出て映画撮ってるっていうのは冷静に考えるとびっくりしますよね。



松江:でもほんと、「不自然なことの自然さ」にすごく惹かれるんですよね。そういうことをするには今の機材ではダメなんじゃないかと思うんですよ。むしろバレるような機材で撮るとか。そういうのやりたいんですよね。



冨永:けっこうやってますよね(笑)。



松江:いや、まだまだあんなもんじゃ。『ライブテープ』なんかで1カットで撮ってても、みんなはカメラじゃなくてガンマイクを気にしてるんですよね。今、カメラでは人は動揺しないんだなと思って。だから、撮ってますよっていう違和感を入れ込むためにはどうすればいいんだろうってことをすごく考えていて。一眼レフのカメラに変な装置くっつけてみようかな、とか変なことしたいんですよね。



吉田:監督のコスプレをすればいいんじゃないですか? ディレクターズチェアに座って、「はい、カット!」とか言ってみたらいんじゃないですかね?



松江:あははは(笑)。変な帽子かぶって、黒澤明みたいなサングラスかけてね(笑)。



吉田:演出は監督のコスプレからはじまっている!



(2013年9月8日、渋谷アップリンク・ファクトリーにて 写真:前澤秀登 構成:ヤマザキムツミ)











冨永昌敬(とみながまさのり)


1975年愛媛県出身。日本大学芸術学部映画学科の卒業制作『ドルメン』が2000年オーバーハウゼン国際短編映画祭にて審査員奨励賞を受賞。続く『ビクーニャ』が02年水戸短編映像祭にてグランプリを獲得。主な監督作品は『亀虫』(03)、『シャーリー・テンプル・ジャポン part2』(05) 、『パビリオン山椒魚』(06)、『コンナオトナノオンナノコ』(07)、『シャーリーの好色人生と転落人生』(08)、『パンドラの匣』(09)、『乱暴と待機』『庭にお願い』(10)、『目を閉じてギラギラ』『アトムの足音が聞こえる』(11)など。




松江哲明(まつえてつあき)


1977年、東京都生まれ。99年、日本映画学校(現・日本映画大学)卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が、99年山形国際ドキュメンタリー映画祭「アジア千波万波特別賞」、「NETPAC特別賞」、平成12年度「文化庁優秀映画賞」などを受賞。その後、『カレーライスの女たち』『童貞。をプロデュース』など刺激的な作品をコンスタントに発表。2009年、女優・林由美香を追った『あんにょん由美香』で第64回毎日映画コンクール「ドキュメンタリー賞」、前野健太が吉祥寺を歌い歩く74分ワンシーンワンカットの『ライブテープ』で第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞、第10回ニッポン・コネクション「ニッポンデジタルアワード」を受賞。2012年『フラッシュバックメモリーズ 3D』で第25回東京国際映画祭コンペ観客賞を受賞。著書に『童貞。をプロファイル』『セルフ・ドキュメンタリー―映画監督・松江哲明ができるまで』など。

http://d.hatena.ne.jp/matsue/





吉田アミ(よしだあみ)


90年代より音楽活動をはじめる。可聴域すれすれの金切り声、うめき声、舌打ちなど口内で発生する、声ならぬ声による自称「ハウリングヴォイス」によるパフォーマンスで知られる。ソロ以外にも、シンセサイザー、サンプラー、その他の楽器との共演を行い、2003年には、『astro twin+cosmos』でアルスエレクトロニカ・デジタル・ミュージック部門ゴールデンニカを受賞。著書に『サマースプリング』(太田出版)、『雪ちゃんの言うことは絶対。』(講談社)など。批評家で音楽家の大谷能生との『朗読デュオ』では、実験的な舞台空間を作り上げている。

http://d.hatena.ne.jp/amiyoshida/















ブルーレイ『街の恋 ~フェデリコ・フェリーニ×ミケランジェロ・アントニオーニ~』

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出演:アントニオ・チファリエッロ、リヴィア・ヴェントリーニ

監督:カルロ・リッツァーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、
ディーノ・リージ、

フェデリコ・フェリーニ、フランチェスコ・マセッリ

本編:104分

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「同じ映画の中でフィクションの要素とノンフィクションの要素、両極を考えてもらうことが好きなんだ」

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映画『いとしきエブリデイ』のマイケル・ウィンターボトム監督



刑務所に収監されている父親と4人の子供、そして子供たちをひとりで面倒をみる妻の5年間の日々を細やかなディティールで描くマイケル・ウィンターボトム監督の『いとしきエブリデイ』が11月9日(土)より公開される。『ひかりのまち』(1999年)のシャーリー・ヘンダーソンとジョン・シムを両親役に、音楽にマイケル・ナイマンを迎え、なにげない家族の日常の描写から詩情をすくいあげている。実際に兄弟である4人の子供たちの成長を追い、ドキュメンタリーとフィクションの双方の感覚を織り交ぜ今作を完成させたウィンターボトム監督に聞いた。



劇映画の中で年月の経過を描く



──『いとしきエブリデイ』はどのように始まった企画なのでしょうか。



まず、フィルム4に企画を持って行ったんだ。僕の提案したアイデアのベースにあったのは、5年間に映画を7本作るというものだった。その時の回答はNOだったけれど、5年の間に1本撮るなら、ということになった。つまり、劇映画の中で年月の経過を描くというものだ。そういう形で情熱のこもった物語を語るには、必要最小限のクルーで撮影せざるを得ない。特に子供を撮影するにはね。子供を年代別にキャスティングして撮影するだけでは、子供がある年月をかけて成長していく様子を本質的に捉えることはできないと思った。それがアイデアの出発点になったんだ。




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映画『いとしきエブリデイ』より © 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.



──このストーリーに着目した最初の理由は何でしたか?刑務所にいる男とその家族に焦点を当てて物語を描いたのは?



このアイデアの一番中心にあるのは、ある関係、もしくはある一連の関係が長い不在の時間をどう生き残れるかということ。『いとしきエブリデイ』で言えば、父親は刑務所に収監されている。いま現在、多くの家族が何らかの理由から離れて暮らすことを余儀なくされている。その理由は離婚かもしれないし、軍隊かもしれないし、刑務所かもしれない。離別というのは、特に父親と子供たちの関係において、家族の関係がどんなものであるかを考えなければならない。妻への愛、子供たちへの愛が長い不在に耐え、生き残ることができるかどうか。僕なりの展望としては、生き残るのが可能だということを描くいい機会だと考えた。




──子供たちとの経緯ですが、そもそもあの家族はどうやって見つけたのですか?



運がよかったとしか言えないね。まずノーフォークというイギリスの田舎、イギリスの地方で撮りたいと漠然と考えていた。それで地元の学校を訪れたりして、プロデューサー、キャスティング・ディレクターとで訪ね、彼ら2人が10人くらいの子供たちに絞りこんでいった。メインとなる幼い少年をどう選ぶかで、長く離れている父親との対比をもたらす関係がかかってくる。家族の幼い子供、ショーン(ショーン・カーク)と出会ったことはとても素晴らしかった。それからショーンの兄妹に会って、彼らもとてもいいと思った。それで家に行ったら、その家も映画にぴったりだった。そして学校に行ったら、学校もとても協力的で、学校も撮影に使うことにした。なので、ショーンのキャスティングが決まったところから他の要素も徐々に決まっていった。





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映画『いとしきエブリデイ』より © 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.




──メインの少年が決まってとんとん拍子に、という感じですね。



そうなんだ。別に一人だけを探していたわけでもなく、一人の魂(ソウル)を探していたんだ。状況によっては、一人の少年をひとつの家族から見つけても、他の子たちは他の家族から探さなければいけない可能性もあったし、その後に、撮影できる家を探さなければいけなかったかもしれない。でもショーンと三人の兄妹を見つけたことでよかったのは、互いに自然な関係性をすでに持っていたことだ。

母親役のシャーリー・ヘンダーソンも子供たちといい関係を築きあげてくれた。それが家族の関係性を引き出し、そのことによって、子どもたちは自分たちのパーソナリティーを持ち込みながら、物語(フィクション)に自然に反応することができたんだ。



──子供たちが混乱することはなかったですか?



(笑)。撮影を開始した時、彼らはまだとてもとても幼かった。まだオムツとかしている状態だったし、カトリーナなんてショーンより幼かったから。そんな年齢だったのもあって、その当時、彼らがどれだけディテールを理解していたか知るのはむずかしい。それでも最初の段階から、彼らはとても自然で反応がよかった。でも逆に、起きていることが成立するにはシャーリー・ヘンダーソンとジョン・シムが親であるかのように反応するしかなかったんだ。



──ある程度、子供たちも演技をしているという意識はあったということですか?ただの遊びの一環というより。



意識はあったと思う。状況も違えば、年齢も各々が違うから一口には言えないけどね。母シャーリーと父ジョンの緊張状態や逆に楽しそうにしているときなど、それぞれに敏感に反応していた。彼らは本当の兄妹だから、家族のやさしさもあるし、同時に家族だからこその乱暴さも持っていた。もし4人の違う子役を使っていたら、全く違うプロセスになっていたと思うよ。




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映画『いとしきエブリデイ』より © 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.



毎年、彼らの家に数週間のかたまりで撮影する





──5年間の中で、いつ、どこまで撮影するという全体的な地図のようなものはあったのでしょうか?



出演者、スタッフに、長い期間関わってもらわなければならないから難しい作業だった。シャーリーもジョンも仕事上で知り合いながら、長く友人としてつきあってきたから、彼ら2人はフレキシブルにずっと関わってくれることを約束してくれた。

漠然としたアイデアとしては、いくつかのブロックで作業することだった。各ブロックが1週間くらいで、それをできるだけ間隔をばらけるようにした。なので、そのパターンは決まっていないけど、毎年、彼らの家に数週間のかたまりで訪ねるということを決めていた。そこにできるだけ定期的な間隔を持たせながら、さらに季節など、違う要素も入れていくようにした。
やっていくうちに少しずつパターンのようなものが出来上がってきて、1年の間にクリスマスの時期に一度、夏の間に一度という感じになっていった。



──もちろん、その間も他の作品で動いていたわけですよね?



そうだね。でもこの5年間は、毎日「いとしきエブリデイ」の一部を作っているという実感があった。とても楽しい時間を過ごせたよ。

そのうち、他の仕事からこのプロジェクトに戻ってくるのが新鮮に感じられるようになった。子どもたちの成長を見るのも楽しみだったよ。

そして、成長し変わっていく子どもたちと、映画の設定(不在の父親と、一人で子供たちの面倒を見なければいけない母親)との関係性を探りながら、彼等の実際の変化をどのように反映させていくのか考える必要があった。それはとても素晴らしい体験だったよ。



──少人数のスタッフというアプローチとしては、ドキュメンタリーとドラマの感覚を織り交ぜた、あなたの他の“小さな”映画と同じような感覚と言ってもいいですか?



そうだね。僕の映画はほとんどがフィクション映画だけど、我々がストーリーを構成してコントロールしていくわけで、その上で役者が映画の役柄を演じていく。でもそうしながら、より新鮮な何かを映画の中で捉えたいと考えているんだ。

たとえば、その例で言えば、『イン・ディス・ワールド』は、パキスタン人の2人の難民がイギリスまで旅をする物語だけど、確かにその通りで、オブザベーション・フィルムという様々な要素が混ざった状態で、キャラクター同士が自然なかたちで関わるように観察/考察していく方法を採った。同時にフィクションのキャラクターが自然なかたちで互いに関わり合い、反応し、フィクションを前提とした構成で語り、ある親密さも表現することができる。逆にストレートなドキュメンタリーでは、それがむずかしいよね。ドキュメンタリーでは、人の寝室に入ってベッドの様子を撮影することはできないし、家の中とか、いろんな場所に捉え切れないわけだから。でもフィクションの映画ならば、登場人物たちの親密さを捉えることができる。



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映画『いとしきエブリデイ』より © 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.


──カメラは何台?



1台だけ。



──それで余計に子供たちにも何テイクも重ねるということですね。



うん、その通りだよ。ロングテイクをしながら、そのテイクの間にどんなことをするかを練って行く。それはどんなフィクション映画とも方法論としては同じで、何度も何度も試みる。もちろん毎回同じことを繰り返すわけではないけど、台詞を言うシーンでも、彼らが泣くシーンでも、彼らは十分に理解していた。前回は泣かなかったから今回は泣くべきだとか。前のテイクは笑わなかったから、今回は笑ってみようとか。前回はこう言ったけど、今回はこういう風に言ってみようとか。だから彼らは確かに演技をしていたわけだ。フィクションの映画としての自覚はあったんだ。同時に、自然にその場で反応する即興性にも対応してくれたんだ。



──子供たちが悲しくなって耐え切れずにセットを出て離れてしまうとか、退屈してしまうとかもなかったんですか?



それはないよ。だってセットは彼らの家だから、出ていく場所がないんだよ(笑)。それはいいことだったね。




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映画『いとしきエブリデイ』より © 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.



今は多くの人たちが、Facebookなどで書き加えられた自分の生活を作り上げている




──繰り返すようですが、あなたはドキュメンタリーとフィクショというドラマの間の狭い境界線の上を進めていくことが多いけれど、その微妙な領域の採るべきバランスについて教えてください。



確かに僕の映画はよくその領域を歩いてきたと思う。もちろん、そこに興味を引かれることを説明することもできるだろうけど、最終的に、自分がそこに引き寄せられるということに尽きると思うんだ。フィクションと現実の世界の間で遊ぶ場合には、様々な効果が得られると思うけど、それは全て興味深いものだと思う。僕はたくさんのコメディを撮っているけれど、ドラマの中に身を置いていることを意識しながら、構造があることを意識させたり、登場人物に突然カメラに話しかけるようにしたり、映画の中で映画を作ることに言及させたりもしている。それはフィクションの中にいながら、その構成を認知して、外にある現実の世界がおもしろく、あるコメディというおかしみのあるという、そんな精神が見え隠れするんだと思う。『トリストラム・シャンディの生涯と意見』とかね。

ある同じシーン、同じ映画の中でも、人は2つの異なる関係を見てとることができる。それがどれだけフィクションの要素があるのか、どれだけコントロールされているのか、どれだけ考察的なのか、どれだけ創作されているのか、どれだけのものが元からあったのかという性質が見えてくる。僕は人がその両極を行き来しながら、考えてもらうことが好きなんだ。

たとえば、書物としてのフィクションでもこの手法は使われてきた。今では何百万、何十億という人たちがFacebookなどで、自分の生活のある部分をとって、準フィクション的な、ある程度書き加えられた自分の生活を作り上げている。そうする間に、人は今までになく、全てがどう構築されているかを理解し、意識していると思うんだ。FacebookやTwitterでも何でも、同時に構築された物語の外に存在する別の物語があるということなんだ。



──マイケル・ナイマンとまた一緒に仕事していますが、今回は彼にどのように説明したのでしょうか。何かリクエストは伝えましたか?



まず、僕はマイケル・ナイマンの音楽が好きだということ。初めてマイケルと仕事したのは、『ひかりのまち』だったけど、彼のスコアが素晴らしかった。

ある意味、『いとしきエブリデイ』は『ひかりのまち』と対を成す作品でもある。両方とも家族の物語だ。『ひかりのまち』は、三人姉妹、両親、父に会わない弟が、一緒に住まなくても、それでも家族でいられるのかという、一週間の限定された時間軸の中で大きな家族を描いたものだ。『ひかりのまち』の大事なシーンは、家に帰ろうとしない息子が父親に電話して留守電にメッセージを残す。彼は父と直接話さず、父もそのメッセージを聞くことがなかった。だが互いに会わなくても、2人の間にお互いへの愛情があることを示している。

そして10年以上経って今回の『いとしきエブリデイ』では、小さなひとつの家族で、真逆のアプローチをしてみようと思った。

脚本のローレンス・コリアットも、両親役のシャーリー・ヘンダーソンとジョン・シムも『ひかりのまち』に参加している。そんな共通点もあって、マイケル・ナイマンに『いとしきエブリデイ』のスコアを頼みたいと思った。

このような作品をつくる場合、つまり、観察的であり、困難な人生をおくる人たちを扱ったもので、ただ時間を持て余して自分の感情についてしゃべり合うような人たちではない人々を描くとき、台詞の代わりに表現する方法のひとつとして音楽があると思うんだ。



(『いとしきエブリデイ』オフィシャル・インタビューより)









マイケル・ウィンターボトム プロフィール



1961年3月29日 、イギリス、ランカシャー州ブラックバーン生まれ。ブリストル大学で映画制作を学ぶ。テレビでミステリー・シリーズやドキュメンタリーを数多く手がけ、テレビ用に製作された『GO NOW』(95)が各地の映画祭で評判となり劇場公開されたことをきっかけに映画界への足掛かりをつかみ、同年『バタフライ・キス』 で映画監督デビュー。翌年『日蔭のふたり』(96)が、カンヌ国際映画祭監督週間・マイケル・パウエル賞を受賞するなど批評家たちの高い評価を受けた。1997年の『ウェルカム・トゥ・サラエボ』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、1998年には『アイ ウォント ユー』がベルリン国際映画祭コンペティション部門に正式出品されるなど国際的に評価を高める。その後も『ひかりのまち』(99)『めぐり逢う大地』(00)『24アワー・パーティ・ピープル』(02)『CODE46』(03)とジャンルにとらわれない幅広い作品を発表。2002年亡命のためイギリスを目指すパキスタン難民の少年をドキュメンタリー・タッチで描いた『イン・ディス・ワールド』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。その後も『グアンタナモ、僕達が見た真実』(06)でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。この他に『9 Songs ナイン・ソングス』(04)『トリストラム・シャンディの生涯と意見』(05/TV)『マイティ・ハート/愛と絆』(07)『キラー・インサイド・ミー』(10)『トリシュナ』(11/F)などがある。 近年も『スティーヴとロブのグルメトリップ』(10/TV)「The Look of Love」(13)「The Trip to Italy」(13)「The Face of an Angel」(14)など精力的に作品を発表し続けている。












映画『いとしきエブリデイ』

11月9日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国順次公開



ステファニー、ロバート、ショーン、カトリーナの兄妹は、毎朝シリアルを食べ、学校へ通い、母カレンはみんなを学校へ送った後にスーパーで働き、夜はパブでも仕事をする。どこにでもある毎日。でも、違うのは父親がいないこと。父親は刑務所にいる。会えるのはほんのわずかな面会時間だけ。季節は巡り、子供は成長し、一緒にいない時間が非情に流れていく……。




監督:マイケル・ウィンターボトム

出演:シャーリー・ヘンダーソン、ジョン・シム、ショーン・カーク、ロバート・カーク、カトリーナ・カーク、ステファニー・カーク

脚本:ローレンス・コリアット、マイケル・ウィンターボトム

音楽:マイケル・ナイマン

2012年/イギリス/英語/90分/カラー/ビスタ/デジタル

原題:EVERYDAY

© 7 DAYS FILMS LIMITED 2012.ALL RIGHTS RESERVED.



公式サイト:http://www.everyday-cinema.com

公式Twitter:https://twitter.com/crestinter

公式Facebook:https://www.facebook.com/itoshikieveryday




▼映画『いとしきエブリデイ』予告編


[youtube:ta87Avkm0Js]

「『フィルス』は自分の愛を失った男が自己の尊厳を取り戻すラヴストーリーなんです」

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『フィルス』のジョン・S・ベアード監督



『トレインスポッティング』の原作者アーヴィン・ウェルシュによる小説をジェームズ・マカヴォイを主演に迎え映画化した『フィルス』が、本国イギリスでのヒットに続き、11月16日(土)より日本でもロードショー公開される。ジョン・S・ベアード監督に、ウェルシュとの共同作業、そして制作のプロセスについて聞いた。



女性から指示される理由



── 日本公開を前に既にイギリスでは大ヒットを記録していますが、この反響をどう分析しますか?



『フィルス』はアーヴィン・ウェルシュの4作目の小説で、1998年の発表から映画化に15年かかりましたが、既に『トレインスポッティング』が1996年に映画化されていたので、その当時から話題になっていました。

予想外だったのは、イギリスの配給会社は男ウケする映画だと思っていましたが、公開が始まると女性から「良かった」という声をたくさん聞いたことです。この映画をダークだけれど、悲劇的なラヴ・ストーリーとして観てくれたようです。複雑な問題を抱えている主人公のブルースに対して、女性は彼を救ってあげたい、守ってあげたいと思い、乱暴な言葉やクレイジーな部分の奥の、自分の愛を失った男が愛と自己の尊厳を取り戻そうというところを観てくれたのです。

さらに、コメディの要素もあり、エモーショナルなので、幅広い観客に楽しんでもらえると思います。特に日本の人は、クレイジーでワイルドなユーモアに反応してくれるんじゃないでしょうか。




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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.


── 脚本も手がけていますが、アーヴィン・ウェルシュの原作をどのように脚色していったのですか?



『フィルス』は私がいちばん大好きな小説で、アーヴィンは少年時代からのヒーローでした。よく「自分のヒーローには会わないほうがいい」といいますが、私にとっては違いました。最初に友人の紹介でパーティーで会ったのですが、すごく酔っ払っていてその勢いで「『フィルス』がすごい大好きで、映画を作りたい」と伝えました。小説はダークでクレイジーですが、思ったよりもノーマルな人だな、という印象でした。




彼は私が脚本を書くことにまったく関与しませんでした。彼は『アシッド・ハウス』『エクスタシー』と自分の小説2作が映画化され、『アシッド・ハウス』では自ら脚本を手がけましたが、それがあまりうまくいかなかったという経験があったので、そのことも理由にあったのだと思います。彼は、脚本が完成してから、読んで意見をくれました。



この『フィルス』は長い間映画化不可能と言われてきました。脚本を作るにあたって、私は原作を5回読み、重要なところにハイライトをしていって、その部分をカードにして、壁に貼っていきました。順番を入れ替えたり、ふたつのキャラクターをひとつにしたりして、小説を濃縮していきました。私はこの小説に限らず、そうしたテクニカルなプロセスを経て脚色していきます。さらに、登場するサナダムシを擬人化して精神科医に変更したりしました。小説では主人公の肉体的な崩壊を書いていますが、映画では精神的な崩壊に焦点を当てるようにしました。そして、アーヴィンの作品はダークだけれど必ずコメディの要素があるので、ユーモアを大切にすることを心がけました。



── 今でも『トレインスポッティング』の熱狂的なファンは少なくありませんが、プレッシャーはありませんでしたか?



『トレインスポッティング』は小説も映画も大好きで、ダニー・ボイル監督は素晴らしいと思います。ですが、この映画では影響を受けていません。アーヴィンも「『この映画を作るにあたっては『トレインスポッティングのことは頭から出すべきだ」」と言ってくれました。『トレインスポッティング』は若者たちのグループの物語だけれど、『フィルス』はひとりの中年の話ですし、それも警察官ですから、少年たちとは逆の立場です。スタイルやトーンでいえば『時計じかけのオレンジ』や『ファイト・クラブ』『未来世紀ブラジル』のほうに影響を受けています。例えばスティーヴン・キングの作品でも『ミザリー』があれば『シューシャンクの空に』があるように、『フィルス』は『トレインスポッティング』とは違う映画です。もっとコメディで、もっとダークです。



テリー・ギリアムからは、スタイルの面で非常に影響を受けています。スティングの奥さんであるトゥルーディー・スタイラーがプロデューサーなのですが、彼女がこの映画のスクリーニングをしてくれたときのことです。「特別な友達が来るから」ということで会場の最前列の席に行くと、その隣にギリアムがいたんです。しゃべれないくらい緊張していたのですが、映画が終わって少し話しをしたら、良かったと言ってくれました。
主人公がアンチヒーロであるところなど、キューブリックからも影響を受けています。BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)のスクリーニングのとき、お年の女性が私のところにきて、「実は『時計じかけのオレンジ』でメーキャップデザインをしていた、キューブリックはきっと大好きだと思うわ」と言ってくれたことも、すごく嬉しかったです。



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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.





ブルースの正直さに共感を覚える



── アーヴィン・ウェルシュとの意見の食い違いはありませんでしたか?



仕事という感じがしないくらい楽しかったです。それは、ユーモアの感覚や世界観、自分をあまり深刻に捉えすぎないというところがお互い似ていたからだと思います。そして、こういう映画にしたいというゴールが同じだったこともあります。アーヴィンはシカゴに、私はロンドンに住んでいるので、Eメールでのやりとりが多かったのですが、私がブルースになりきってメールすると、アーヴィンが他のキャラクターになって返してくれたりしました。



私はいろんな話が交差するプロットで進んでいく映画より、ひとりのキャラクターで進んでいく映画が好きなんです。実は、脚本の段階であるシーンがすごく面白かったので時間をかけて撮ったのですが、ポスト・プロダクションでブルースの物語から逸脱してしまうので、入れないことを決めました。そこで私が学んだのは、原作や脚本の段階ではすごくいいと思っても、やはりそれが映画として最終的にいいかどうかは分からないということです。映画としていいものを選ばなければいけない、と自分を律しました。



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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.



── ブルースは、彼のような人が隣にいたら嫌だなと思うようなキャラクターですが、どこか憎めません。



私は、生まれつき嫌な人というのはいない、人生のなかの過程でそうなっているんだと思います。仕事の場などでは、それぞれ人はバリアを張っているし、その人の生活をぜんぶ見ることはできません。しかし映画だと、ブルースの生活をぜんぶ見ることができ、この人がなぜこのような状況になったかが分かります。

例えば、メアリーの夫を助けようとするシーンですが、原作ではあのシーンは後半にあるんですが、映画にするにあたって前に持ってきました。本と映画は違うメディアなので、観客にブルースに共感できる、その装置として使いました。彼女にとっては彼はナイト(騎士)のように見えるのです。



個人によって、そして文化によってブルースの受け止め方は違うようです。アメリカではブルースを受け入れがたい、と思っている人が多いように思います。脚本家として思うのは、ブルースはとても極端なキャラクターで、誇張されたリアリティであるけれど、人間というのはだれでも欠点があるものだということです。ブルースは、いろいろあるけれど、ものすごく正直である。そこに観客は共感できるのだと思います。



この役柄はジェームズ・マカヴォイのベスト




── そんなブルースにジェームズ・マカヴォイを起用したのは?



脚本が出来上がった時点で、イギリスとアメリカでエージェントに送ったところ、様々な俳優がこの役をやりたがりました。スコットランド人がいいと思ったのですが、スコットランド人の俳優で資金集めができるほど有名な人がいませんでした。

そこに、ジェームズのエージェントから彼が興味を持っていると電話がありました。最初に私たちは「彼では若すぎるし、ちょっとイメージが違うのではないか」と思ったのですが、アーヴィンと私とふたりで会うことにしました。会って10分で、彼はパブリック・イメージと全く違うことが分かり、その日のうちに彼に演じてもらおうと決めました。




これまでミスター・ナイスガイみたいな役ばかりでしたが、本当の彼はもっとエッジが立っています。タフな育ち方をしていて、ブルースに近いんです。いちばん大きかったのは、彼がブルースの精神的な病の理解をしていたということです。私も彼も精神的な疾患のある人と一緒に育ってきたこともあり、その経験をぜんぶ引き出して、そして脚本にあることをどのようにスクリーンに持っていくかということをよく分かっていました。ブルースのキャラクターについては脚本にすべて書かれているので、舞台のようにリハーサルをやりこんで、たくさん話し合って、撮影に臨みました。



撮影の時は気付かなかったのですが、ジェームズは主人公がどんな気持ちでいるのか理解するために、そして見かけもキャラクターに近づけるために、毎晩ウイスキーのボトル半分を空けていたそうなんです。

ジェームズはオープンに様々な役を演じたがるので、来年また『X-MEN』シリーズに出演しますが、私はこのブルースがベストだと思いますし、イギリスでもそうした評価です。この映画でみなさんのジェームズに対する意見が変わると思いますよ。




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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.


── ブルースがフリーメイソンという設定については?



イギリスの警察官は歴史的にフリーメイソンが多いんです。職業柄、秘密が多いので、匿名性を守っている組織に惹かれるんじゃないでしょうか。実は私のおじいさんはフリーメイソンだったのですが、家でも、よくフリーメイソンはいいものだ、と言われていました。実際、慈善事業などもしています。これまで他の映画で描かれるフリーメイソンは、ストーリーテリングとして悪い設定にしたほうがドラマチックな効果が出るからでしょう。今作に出てくる衣装やシンボルは現実に即してはいるけれどよりシュールにしています。イギリス、ドイツなどでたくさんのインタビューに答えましたけれど、フリーメイソンについて誰も質問されませんでしたね(笑)。



── アーヴィン・ウェルシュは「40代がいちばんクレイジーになれる」と言っていましたが、現在41歳のあなたはどうですか?



私は20代のときレールから外れていたので、40代はほんとに仕事一本ですね(笑)。この映画を作るために資金的にもたいへんでした。妻もいて子供いるのでアーヴィンの言う40代よりはクレイジーではないと思いますよ(笑)。

この本を最初に読んだのはまだ10代の頃でした。現在までいろんな経験を経て、年齢もブルースに近づいた今だからこの本を映画化できたのだと思います。



(構成:駒井憲嗣)












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http://www.webdice.jp/dice/detail/4016/



アーヴィン・ウェルシュ『フィルス』を語る「この腐った社会に生きる主人公のトラウマに目を向けた」


UK大ヒット中、愛と絶望を笑いにするクライム・コメディ11/16(土)より日本公開 (2013.10.27)

http://www.webdice.jp/dice/detail/4018/











ジョン・S・ベアード プロフィール



スコットランド生まれ。90年代後半に映画制作のためロンドンへ渡る。2004年、初の短編映画『ACasualLife』で脚本・監督・製作した。それがきっかけとなり『フーリガン』(05)の共同プロデューサーに抜擢される。その後、実話を元にした『Cass』(08)でよく知られるようになった。現在はロンドンとスコットランドを行き来している。











映画『フィルス』

2013年11月16日(土)より渋谷シネマライズ新宿シネマカリテにて公開



監督・脚本:ジョン・S・ベアード

原作:アーヴィン・ウェルシュ 「フィルス」渡辺佐智江 訳(パルコ出版より11月2日発売)

出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、イモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、シャーリー・ヘンダーソン、エディ・マーサン、イーモン・エリオット、マーティン・コムストン、ショーナ・マクドナルド、ゲイリー・ルイス

編集:マーク・エカーズリー

音楽:クリント・マンセル

撮影監督:マシュー・ジェンセン

提供:パルコ

配給:アップリンク パルコ

宣伝:ブラウニー オデュッセイア エレクトロ89



2013年/イギリス/97分/カラー/英語/シネマスコープ/R18+



公式サイト:http://www.uplink.co.jp/filth/

公式Twitter:https://twitter.com/filth_movie

公式Facebook:https://www.facebook.com/FilthMovieJP















「フィルス」

著:アーヴィン・ウェルシュ

翻訳:渡辺佐智江

発売中



ISBN:978-4865060454

価格:1,890円(税込)

発行:PARCO出版





★購入はジャケット写真をクリックしてください。

Amazonにリンクされています。














▼映画『フィルス』R18+版予告編



[youtube:l-r0Rke6HP0]

『フィルス』ジェームズ・マカヴォイ語る「ブルースの内部にある脅迫感をそのまま演じようと思った」

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映画『フィルス』のジェームズ・マカヴォイ


幅広い役をこなすその演技力が高く評価されている俳優ジェームズ・マカヴォイが、裏工作や不正申告、アルコールやコカインに手を染める悪徳警官役に体当たりした映画『フィルス』が11月16日(土)より公開される。『トレインスポッティング』のアーヴィン・ウェルシュによる原作をスコットランド出身の気鋭ジョン・S・ベアード監督が映画化した今作にどのように挑んだのか聞いた。




テーマはブルースの精神状態の悪化と衰弱、破壊



──最近は『トレインスポッティング』をこの世に送り出したダニー・ボイル監督の新作に出演したりしていますね。本作『フィルス』は『トレインスポッティング』の原作であるスコットランドの作家アーヴィン・ウェルシュの文学作品となるわけですが、この役を凄くやりたかったそうですね。



そうだよ。僕がこれまで読んだ脚本の中で最高と言える出来だったんだ。だからこの役がもらえなかったら、かなり打ちのめされていたと思う。



──原作には馴染みがありましたか?



いいや。読んだことはなかった。アーヴィン・ウェルシュの他の小説は読んだことがあるけれど。



──原作は実験的、前衛とも言える内容ですが、それについてはどう思いましたか?



映画は小説とは全くことなる表現媒体だし、映画では、身体的な側面のほうに焦点が意向している。彼の健康や性器についての具体的な表現などもある。原作に出てくる殺人ももっとむごたらしい。そういった人を不快にする表現が物語を一貫している。テーマはブルースの精神状態の悪化と衰弱、破壊だと思うんだ。そのきっかけは彼を取り巻く環境が悪化し崩壊しはじめたことだ。それによって彼自身の精神状態の破壊の引金となるわけだ。だからそういった面を映画は言葉ではなく映像で追っているんだよ。その点では原作よりずっとわかり易いと思う。



──アーヴィンは撮影に来て、彼といつでも話せたりしたんですか?



全然。最初のミーティングで会っただけだよ。



──それはどんなミーティングだったんですか?



ただざっくばらんに話をしただけ。途中でアーヴィンがミーティングから抜けたんでジョン(監督)と話していたんだよ。アーヴィンは、ミーティングに帰ってきたときの僕がその間に変わってたって。オーディションはなかったんだ。でもミーティングの最後には、最初あった不安が消え、僕が演じることに対して凄く満足したって言ってたよ。20代に見えるというのはNGだという点をアーヴィンは強調したんだ。20代というのは若い、何かやっても許されるんだよ。30歳を過ぎると、償う時間も短くなるから、20代のように許されないんだ。映画を観ている観客もそう感じる。ブルースは観客が観ていて許せるキャラではないんだよ。同情を感じることはできても。



──彼はカメオで出演したそうですが、残念なことに編集でカットされてしまったそうですね。



アーヴィンは撮影にはほとんど顔を出さなかったよ。カメオで出演したとき以外は。それも不幸にもカットされてしまったけれど。彼は資金集めや脚本の段階で深くかかわったが撮影に入ると、ジョンが好きなように映画が作れる環境を与えたんだと思うよ。これはジョンの監督作だから。




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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.



──ベアード監督とは撮影前にどんなことを話しあったのですか?



主に精神の病についてだね。それをこの映画の核とすること。そうすることで良い映画を作ることについて、いろいろ話し合ったよ。時代遅れな偏見に満ちたジョークを連発したり、ショッキングなシーンをショッキングでなく何気なく描くことなどね。しかし本のテーマはそこにはなく、ブルースのメンタル・ブレイクダンについてだという事とかね。



──精神の病んだブルースをいかに正確に演じようと思いましたか?正確に演じるのは難しかったですか?



可能な限り正確に演じようと思った。でもこの映画は現代イギリスの精神病の現状を描いた社会レポートじゃないんだ。1998年版の社会ポートレートでもない。これはただ一人の男の心理についての映画だから、その点が大切だったんだ。ジョンも僕も身近に精神で病んだ人に触れたことがあるから、その経験が役にたったよ。




獣のような人間になることへの恐れ



──原作では、エディンバラのスラングが意図的に使われていますが、映画では、全体的にスコットランド訛りではあるものの、特にこだわった感じがありませんね。



あまり重要ではないと思う。でもそれを映画でやらなくてがっかりした原作のファンもいるかもしれない。ブルースが使ったエディンバラの方言が欠如しているって。じつのところエディンバラ出身なのはキャストのほんの一部だけなんだ。今回は自分の英語と言うか、自分なりの解釈で話すというのがキャストの演技の鍵となったのかな。映画は表現媒体としては、文学よりもずっと具体的な表現手段だから、キャストの演じ方がそのまま観客の理解を決定すると言えるかもね。




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映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.



──特に大変だったシーンは?



ひとつだけ。脚本は問題なかったんだけれど。フェラを強いるシーンかな。凄く不快なシーンだったし、やる気にならなかった。だからといって役を降りるわけにもいかないし。ただ彼女は15歳でなく21歳だったからよかったけれど、でもあの時は唯一モラルに疑問を感じたよ。



──観ていて恐ろしい男としてブルースを演じることは重要でしたか?観客に恐怖を与えるような獣みたいな男になりきることが。



この映画には動物がたびたび登場する。心の底ではブルースは動物みたいになったことを後悔しているんだ。そして彼は最終的には恐怖と本能だけで行動するようになる。そしてある日気がつくんだ。いかにその穴に自分は深く落ち込んでしまったかと……。そして鏡の中の自分を覗き込む。そこにいるのは獣なんだ。そこで彼は唯一出来る決心をするんだ。でもそれだからといって彼が許されることはない。彼のやったことには償いが通用しない。だから彼は唯一可能な決断をする。確かに獣のような人間になることへの恐れというのはテーマの一つだと思う。人間は動物から進化したわけだし。現代社会というのも、動物からの進化し本能ではなく知性によって行動するということこそが人間らしさとする概念であるわけで。だからこそまた元の獣に戻ってしまうということは、人間の根源的な恐れだと思う。だから獣のようにふるまうことへの不安とうのはいつの時代にもどんな社会にもある。あきらかにブルースは獣のようにふるまったことへの後悔の念がある。ブルースの内部にある脅迫感をそのまま演じようと思った。ブルースを怖く演じるのが重要だったか?それは何とも言えないな。このシーンは怖く、あのシーンはおかしく、という風に意識して演じたわけではないから。撮影ではただその日その日のシーンを脚本に忠実に撮ろうと努めた。それは素晴らしい脚本だったから。脚本がおかしければおかしく、怖ければ怖く、そのまま忠実に演じただけなんだよ。




(インタビュー・文:高野裕子)












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アーヴィン・ウェルシュ原作、ジェームズ・マカヴォイがブッとんだ刑事に扮するダーク・コメディ『フィルス』(2013.10.24)

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アーヴィン・ウェルシュ『フィルス』を語る「この腐った社会に生きる主人公のトラウマに目を向けた」(2013.10.27)

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「『フィルス』は自分の愛を失った男が自己の尊厳を取り戻すラヴストーリーなんです」

映画『フィルス』の作り方をジョン・S・ベアード監督語る(2013.11.14)

http://www.webdice.jp/dice/detail/4018/










ジェームズ・マカヴォイ プロフィール



1979年生まれ、スコットランド出身。映画やテレビや舞台でひっぱりだこの最高の英国若手俳優と称される。『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)で英国アカデミー賞を初め多数の賞でノミネートされ、『ダンシング・インサイド/明日を生きる』(05)でロンドン映画批評家協会賞の最優秀イギリス人俳優賞部門にノミネートされ、『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』(05)では英国アカデミー賞のライジングスター賞(新人賞)を受賞している。さらに2007年、『つぐない』でゴールデングローブ賞と英国アカデミー賞の最優秀男優賞にノミネートされ、多数の賞でも受賞した。その他の作品は、『ペネロピ』(06)、『ウォンテッド』(08)、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(11)など。最近の出演作には、『ビトレイヤー』(13)、『トランス』(13)がある。また、『The Disappearance of Eleanor Rigby』(13)撮影を終え、『X-Men : Day sof Future Past』(14)の撮影が控えている。












映画『フィルス』

2013年11月16日(土)より渋谷シネマライズ新宿シネマカリテにて公開



監督・脚本:ジョン・S・ベアード

原作:アーヴィン・ウェルシュ 「フィルス」渡辺佐智江 訳(パルコ出版より11月2日発売)

出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、イモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、シャーリー・ヘンダーソン、エディ・マーサン、イーモン・エリオット、マーティン・コムストン、ショーナ・マクドナルド、ゲイリー・ルイス

編集:マーク・エカーズリー

音楽:クリント・マンセル

撮影監督:マシュー・ジェンセン

提供:パルコ

配給:アップリンク パルコ

宣伝:ブラウニー オデュッセイア エレクトロ89



2013年/イギリス/97分/カラー/英語/シネマスコープ/R18+



公式サイト:http://www.uplink.co.jp/filth/

公式Twitter:https://twitter.com/filth_movie

公式Facebook:https://www.facebook.com/FilthMovieJP















「フィルス」

著:アーヴィン・ウェルシュ

翻訳:渡辺佐智江

発売中



ISBN:978-4865060454

価格:1,890円(税込)

発行:PARCO出版





★購入はジャケット写真をクリックしてください。

Amazonにリンクされています。














▼映画『フィルス』R18+版予告編



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「メニュー偽装は氷山の一角、その奥にある食品の生産過程や安全性を問題にすべきです」

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映画『モンサントの不自然な食べもの』より



私たちの食生活を脅かす原因のひとつとして、TPP参加問題をきっかけにあらためて論議の対象となっている遺伝子組み換え食品。その世界市場を支配するグローバル企業の実態を描くドキュメンタリー映画『モンサントの不自然な食べもの』が11月15日、DVDでリリースされる。2012年に公開されロングランを記録した今作の公開の後、日本、そして世界はどう変わったのか、『遺伝子組み換え食品の真実』『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』などの翻訳で知られ、生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務である白井和宏さんに、遺伝子組み換え食品、そしてTPP問題を中心とした世界の状況について聞いた。



なお、DVDリリースに合わせて、11月16日、17日渋谷アップリンク・ファクトリーで発売記念イベントが開催。16日には『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』著者の手島奈緒さん、そして17日は白井和宏さんがトークゲストとして登壇する。





世界に広がる遺伝子組み換え食品の危険



── 昨年9月に『モンサントの不自然な食べもの』が公開され、たくさんの反響が寄せられました。白井さんは遺伝子組み換え作物について、ここ数年で一般の人たちの意識が変わってきたと感じることはありますか?



2009年に翻訳出版した『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』は、遺伝子組み換え食品に関する入門編だったのですが、当時はそれほど反応がなかったんです。遺伝子組み換えというテーマは難しいなと思っていました。ですが、今年刊行した『遺伝子組み換え食品の真実』は、この映画と、TPP問題が話題になっていることもあって、反応が全然ちがいますね。




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白井和宏さん




『モンサントの不自然な食べもの』は、かなり深いところ、種子の支配や、政治家の利権問題、科学者への抑圧まで描いている。一回観ただけではなかなか全てを理解できないという声は多くなかったですか?



──そうですね。情報量が多いから、何度観ても新しい発見があるという意見が多かったです。2回目は、違うところに驚かされたり、また、種子の問題について知ったことで新しい気づきがあったりと、切り口の豊かさが反響を呼びつづけている理由だと思います。ここまで、反響が広がったのは、映画の力とみなさんの強い気持ちが大きいと思います。



311の事故も重なったため、各地で講演をしていても、とくに小さい子供をお持ちのお母さんの反応がすごく真剣です。原発事故から時間が経ってから内部被曝の危険性について知り、食べものに注意し始めたけれど、「食に関心が薄かったために、自分は子供たちを被爆させてしまったのではないか」と悔いているお母さんが多いのです。子供の健康を守るためにも、もっと食についての知識を持たなければいけない、と思った方に大勢、お会いしました。



── 世界でシェアが伸び続けている遺伝子組み換え食品の危険性については、その後どんな問題が起きていますか?



南米でも遺伝子組み換え作物がどんどん広がっていますし、オーストラリアにも遺伝子組み換え菜種が広がっています。先日は、アメリカで未承認のGM小麦が発見されました。以前はアメリカ人もパンの原料である小麦まで遺伝子組み換えになることに抵抗が大きく、一度は遺伝子組み換え小麦の開発が中止されましたが、今再び、開発が進んでいます。フィリピンでも遺伝子組み換え稲を2~3年で商品化する計画でいます。そうなればトウモロコシ、大豆、小麦、コメと、世界の主要穀物がすべて遺伝子組み換えになってしまいます。



すでにインターフェロンやインスリンなどのバイオ医薬品が一般化しています。その上、日本では遺伝子組み換え蚕から作ったコラーゲンが商品化されました。遺伝子組み換えイチゴを用いた、犬用歯周病の治療薬も販売されようとしています。遺伝子組み換え作物そのものを原料とする医薬品が商品化されるのは世界初のことです。もし、医薬品用の遺伝子組み換え作物が、一般に流通したら大変な問題になるため、さすがにアメリカでも反対が大きくストップしています。ところが、日本政府は、「ビルの中で閉鎖してイチゴを作っているから大丈夫」と認めてしまったのです。しかしもしも、誰かがイチゴの種子を持ちだして、野外に植えたとしても誰も気づきません。人々が知らない場所で恐ろしいことが進行しています。



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映画『モンサントの不自然な食べもの』より



政治に関わる人が少ない



──世界的な反グローバリゼーションの動きとともに、遺伝子組み換え作物についての反対運動が活発になっています。アメリカでも通称「モンサント保護法」を削除する法案が米国上院で可決されました。



あまり知られてませんが、アメリカでも根強い遺伝子組み換え反対運動がありました。たとえば2007年には、「食品安全センター」の事務局長アンドリュー・キンブレル氏が、様々な市民団体と連携して、農務省を相手に裁判を起こしました。その結果、農務省による環境影響評価が不十分と判断されて、遺伝子組み換えアルファルファの作付けが一時、中止されたこともありました。



「市民団体がモンサントをストップさせた」としてニュースになりましたが、その当時、運動そのものは、そんなに盛り上がっていなかったんです。ところがその後、アメリカも空気が一変しました。2008年にはリーマン・ショックがあり、グローバリゼーションの流れの中で貧困層が急激に拡大し、一握りの巨大企業に権力が集中しすぎているという批判がアメリカ中に広まったことが影響しています。そこから、「We are 99%」(我々が99パーセントだ)や「オキュパイ・ウォール・ストリート」、さらには、モンサントに反対する運動が活発化し、遺伝子組み換え食品の表示運動が広がっています。



── アメリカでは失業や貧困など、個人の生活が大変な状況にあり、一部の巨大企業が社会全体を支配していると肌で感じることが多いため、ウォール・ストリートやモンサントへの強い反発がある。それと比べると、日本は政治的な視点が少ないようにも感じますが。



2012年にはカリフォルニア州で、遺伝子組み換え食品の表示を義務付ける住民投票が実施されました。ところが、それに対して、モンサントなどのバイテク企業はもとより、コカ・コーラ、ネスレ、ケロッグやデルモンテといった食品メーカーまでが40数億円を投じて、大々的にテレビやラジオで2週間も反対キャンペーンを行ない、食品表示の義務化を阻止しました。オバマ大統領も最初に立候補する前は、食品表示に賛成していたのですが、今ではモンサント社の副社長を食品医薬品局(FDA)長官の上級顧問に任命しました。アメリカ政府そのものが企業に乗っ取られています。テレビも新聞も遺伝子組み換え問題についてはほとんど報道しませんし。もっとも日本も今ではアメリカと同様の状況になってしまいました。



アメリカでは失業してフードスタンプをもらっている人が5,000万人もおり、社会が崩壊しつつあります。日本にも深刻な問題は山ほどあるのに、この間の参議院選挙では自民党が圧勝しました。



── 原発やTPPや遺伝子組み換えの関心が、選挙に反映されないことに、疑問や無力感を覚えることもあります。



日本の原発事故の後、欧州では緑の党が躍進しました。既成政党に代わる新たな選択肢があることを伝えたくて、私も『緑の政治ガイドブック: 公正で持続可能な社会をつくる』『変貌する世界の緑の党─草の根民主主義の終焉か?』という世界の緑の党についての書籍を2冊、翻訳しました。



ところが参議院選挙で驚いたのは、脱原発の集会や学習会、デモには大勢が参加するけれど、いざ選挙になると、時間的余裕がないのか、あるいは政治そのものにあまり期待を抱いていないのか、関わる人が本当に少なかったことです。



── それは議員に市民の意見を伝えて法律や制度を変えることが社会を変える近道だということを、私たちもなかなか認識していないからなのでしょうか。



それも理由のひとつでしょうね。そもそも日本は、議員と市民との距離が開きすぎています。日常的に普通の人が選挙に関わったり、議員に接触する機会がまったくないですよね。利権に関わりのある業界団体や労働組合が選挙を支えており、普通の人たちが選挙に参加したり、地域の問題を解決するため議員に要請しに行く機会が、ほとんどなくなっていますから。



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映画『モンサントの不自然な食べもの』より



── 市民と議員との距離の問題と同じように、生産者と消費者の距離も開きすぎてしまったと感じます。



それが根本的な問題だと思います。政治でも食の問題でも、多くの人が現場から離れすぎて、受け身の消費者になりきっています。たとえば、今、有名レストランでメニューの偽装が起こり、大騒ぎになっていますが、表示レベルの話にとどまり、その奥にあるもっと大きな問題に疑問を持ちません。表示の問題は氷山の一角に過ぎないはずです。つまり、表示が正しければ問題はないのでしょうか。もっと本質的な問題は、エビや牛肉がどのようにして生産されているのか、安全性に問題はないのか、環境を破壊してないのか、これから増え続ける世界の人口はエビや牛肉を食べ続けることができるのかという点にあるはずです。ところがそうした問題についてメディアは報道しないし、それを問題にしないメディアを人々は疑問に思わない。



たとえば、アメリカはBSE(いわゆる狂牛病)対策についても、検査頭数が全体の0.1%以下しかなく、いい加減と指摘されます。しかも食中毒が深刻な問題であり、そのために年間3000人が死亡していると政府機関が発表しています。そこで食肉の殺菌のために放射線照射も認められています。さらに、日本やEUは肉牛の肥育のために成長ホルモン剤を使用していませんが、アメリカではOKです。



乳牛には、モンサントの遺伝子組み換え牛成長ホルモンが、肉牛には成長促進のために抗生物質が使われています。抗生物質は日本でも家畜に大量に使用している可能性がありますが、アメリカでは家畜に抗生物質を与えすぎたために、耐性を持つ菌が生まれ、年間200万人が感染症にかかり2万3千人が亡くなっていると報告されています。



遺伝子組み換え飼料についても、アメリカとオーストラリアの共同研究で、豚に5カ月間与えたら、胃炎の発症率が増大したという研究が発表されました。




ちなみにフランスとEUでは、映画『世界が食べられなくなる日』が伝えているフランス・カーン大学の研究がきっかけになって、長期的な健康への影響試験が今度始まるそうです。



消費者はどうやって牛が飼われているのか知らないし、畜産業者は自分が育てている家畜のことしか知らない。家畜の餌となる種子、その栽培方法、農薬の影響、飼育方法、と畜場の検査体制、食肉の加工方法、添加物の使用、流通から販売までのルートなど、食べものの生産から消費に至るまでの全体像を知っている人はほとんどいないのです。




知識を得ること、そして食べものを自分たちで作ること




── TPPに入るから食卓が危なくなる、のではなく、既に食卓に危険は迫っている、ということを伝えていきたいのです。TPPはこの後どのような状況になるのでしょうか?



そもそも日本が「年内妥結を目指す」と発言すること自体がおかしな話ですね。交渉で有利な条件を引き出したいなら、「この条件が呑まれなければ参加できない」と時間をかけて、日本の有利な状況に持ち込むべきなのに。最初からアメリカに全面的に協力します、と言っているのと同じわけですから、お話になりません。このままでは日本の農業は崩壊し、食料自給率は確実に下がるでしょう。すでに世界的に起きている食料危機が日本を襲った時になって、TPPに参加したことを後悔することになるでしょうが、それでは遅すぎます。



── 食品表示は見るひとが増えても、真実が書かれていない、偽装という問題があります。ほんとうの食べ物を選ぶために、私たちができることはなんでしょうか?



ひとつは知識を得ること。そのために映画の役割は重要です。マスコミが報道しない、食べものに関する映画が増えてきたことで、消費者の意識が変わってきたことは確かな事実です。本だけでは実感がわかない部分を補うために、映像の力は欠かせません。



さらに重要なのはやっぱり、食べものを自分たちで作ることでしょう。すでにパリやロンドン、カリファルニアなど世界の大都市に広がっています。都会の真ん中で畑を作り、自分の庭やベランダで、野菜や蜂、鶏を飼い始めています。野菜だけでなく、家畜を育てるところまで行くと、人々の意識は相当、変わっていくでしょう。



ちなみに、パリのオペラ座の屋上でも養蜂をしており、世界で一番高価な蜂蜜と呼ばれて人気です。ここ数年、世界中でミツバチが突然に大量死して問題になっています。ネオニコチノイド系の農薬が原因だと言われ、フランスでは禁止されました。しかしパリでは以前から街中で農薬を撒くことが禁止されているためか、田舎より都市の真ん中にいる蜂のほうが元気なそうです。



── 日本ではネオニコチノイド系の農薬が公共の公園でも撒かれているんですよね。



この映画に出てくるモンサント社の除草剤「ラウンドアップ」も、ホームセンターで大量に売られています。みんな本当の怖さを知らないんですよ。



── 食が危ない、ということはこれまで手がけてきた『未来の食卓』『モンサントの不自然な食べもの』『世界が食べられなくなる日』で伝わると思うので、これから映画も解決策を伝えること、ポジティブなエッセンスとメッセージが必要なのかと思います。



ヨーロッパの経済が悪化しはじめたのは1970年代のオイルショック以降ですから、多くのヨーロッパ人は、お金を使わずに生活を豊かにする工夫を長年してきました。ところが日本はオイルショック後の構造転換でバブル経済を迎え、長らくその余韻が残っていました。2008年のリーマン・ショックと2011年の原発事故を経験した今でも経済成長が可能だと信じ込まされています。実際には日本も、お金がなくてもどうやって豊かに暮らすのか考える時代に入っていますが、多くの人はまだ、何をしたらいいのか分からず途方に暮れています。世界ですでに始まっている最新の活動を、映画が広めてくれるのを期待しています。



(インタビュー:松下加奈、構成:駒井憲嗣)









白井和宏 プロフィール



1957年、神奈川県横浜市生まれ。中央大学法学部卒、英国ブラッドフォード大学大学院ヨーロッパ政治研究修士課程修了。生活クラブ生協神奈川理事、生活クラブ生協連合会企画部長を経て、生活クラブ・スピリッツ株式会社代表取締役専務。1990年代後半、日本に遺伝子組換え食品が輸入され始めた時期から、遺伝子組み換え作物の生産やトレーサビリティ、食品表示についての現地調査のため、アメリカ、オーストラリア、中国、アルゼンチン、インド、イギリス、ベルギー、イタリア等を視察。訳書にA・リーズ『遺伝子組み換え食品の真実』(白水社)、A・キンプレル『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』(筑摩書房)、D・ウォール『緑の政治ガイドブック』(ちくま新書)、著書に『家族に伝える牛肉問題』(光文社)などがある。

http://www.s-spirits.co.jp/









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倫理とは与えられるものではなく、自分で創りあげるものである

『モンサントの不自然な食べもの』クロスレビュー(2012-08-31)

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「遺伝子組み換え作物の健康への危険について追求する姿勢がないことが問題」

『モンサントの不自然な食べもの』ロバン監督が訴える巨大多国籍企業の暴走(2012-09-16)

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「モンサントの遺伝子組み換え食品に毒性の疑い」ルモンド紙報じる(2012-10-01)

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[TOPICS]カリフォルニアで遺伝子組み換え表示義務否決(2012-11-09)

http://www.webdice.jp/topics/detail/3699/



[TOPICS]モンサント 欧州のGM反対運動にギブアップ(2013-06-10 15:44)

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市民の声によりモンサント保護法の破棄がアメリカ上院で決定(2013-09-29)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3992/








『モンサントの不自然な食べもの』DVD発売記念イベント

2013年11月16日(土)、11月17日(日)

渋谷アップリンク・ファクトリー



2013年11月16日(土)12:30開場/13:00上映

トークゲスト:手島奈緒さん(「いでんしくみかえさくもつのないせいかつ」著者)



2013年11月17日(日)12:30開場/13:00上映

トークゲスト:白井和宏さん(『遺伝子組み換え食品の真実』 『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』著者、生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務)



料金:1,000円



当日はNON-GMマルシェを開催。遺伝子組み換え食品を使用していない食品を販売いたします。(内容は変動する可能性があります。ご了承ください)



ご予約はこちら http://www.uplink.co.jp/event/2013/18545











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DVD『モンサントの不自然な食べもの』

2013年11月15日発売




監督:マリー=モニク・ロバン

原題:Le monde selon Monsanto

製作国:フランス=カナダ=ドイツ(2008年)

言語:フランス語・英語/日本語字幕付き

商品仕様:1層ディスク/ステレオ

尺:本編108分+特典約10分

品番:ULD-623

価格:3,800円(税抜)

発売・販売:アップリンク

協力:作品社、大地を守る会、食と農から生物多様性を考える市民ネットワーク、生活クラブ生協、株式会社アバンティ、日本オーガニックコットン協会

映画公式サイト:http://www.uplink.co.jp/monsanto/





DVD特典映像

■マリー=モニク・ロバン監督からのビデオメッセージ(3分33秒)

(2012年6月14日に衆議院議員会館で開催された“映画を観て遺伝子組み換えとTPPを考える院内学習会”より)【画像提供/IWJ】

■ダイジェスト版『モンサントの不自然な食べもの』(6分18秒)




★アマゾンでのご購入はこちら











▼映画『モンサントの不自然な食べもの』予告編


[youtube:PO7RmRVZs6A]

ミランダ・ジュライの素晴らしき映像世界『ザ・フューチャー』DVD 11/22発売

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『ザ・フューチャー』撮影中のミランダ・ジュライ ©2011 Aaron Beckum




映画が始まったとたん引き込まれる、ファンタジックかつキュートな世界観。アーティストとしても高い評価を受けるミランダ・ジュライが監督・脚本・主演をつとめ、今年1月に日本公開され話題を呼んだ『ザ・フューチャー』のDVDが11月22日発売になった。




付き合って4年目、35歳になるカップルのソフィーとジェイソンに訪れた、小さな危機――。居心地の良さが時として不安になる、すべての女性が経験する恋愛の現実を、シュールな感情表現を織り交ぜ描き出したミランダ・ジュライへのインタビュー。






「肝心なのは、真実を表現し、人間は自由なんだと確認し、それまでなかった世界を創り出すこと」





──本作のアイデアはどこから?



最初の映画[※2005年制作の『君とボクの虹色の世界』]を撮ったあと、すぐに次の映画に取りかかる気持ちになれませんでした。だから短篇小説集を書いて、“Things We Don’t Understand and Definitely Are Not Going To Talk About”というパフォーマンスの台本を書きました。『ザ・フューチャー』の原型ともいえるパフォーマンスです。やはり情事を扱った作品でしたが、観客の中から私が選んだ本物のカップルに演じてもらいました。ツアー公演にしなかったのは、毎晩カップルを選ぶのが髪の毛が逆立ちそうなほど大変だったからです。運よく何事もなかったけれど、間違いが起こる恐れもたくさんありました。そうこうするうちに次の脚本を書く準備が整って、もっと手の込んだ形でつくってみたいという欲が出てきました。



最初のコンセプトをぐんと発展させて、最終的な脚本を仕上げたら、人形のピノキオと生身の少年くらい、全然違うものになったのです。象徴として描いていた要素は、すべて具体的なものに置き換えました。何よりも大きな変化は、情事というものが愛情や欲望とは関係ないと、私が理解し始めたことです。ソフィーは自分が属する次元を捨てたいと願って浮気をしてみました。まるで、二次元の世界で生きたり、魂なしで生きたりできると思っているかのように。それは、有名人が味わう感覚に似ています――他の人たちの注目を浴びて輝くようになると、自分で自分を燃え立たせる大変さと向き合わなくなるのです。



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映画『ザ・フューチャー』より




──タイトルは制作中の“Satisfaction”から“The Future”に変わりました。なぜ、最終的にこちらがふさわしいタイトルだと思ったのですか? また、この映画は未来をどんなふうに描いていますか?



以前の私は、満たされることについて重苦しく考えていました。例えば、人はなぜ死ぬまで欲望を感じ続けるのか、とか。でも、次第にこの言葉が思いのほか軽くて、単純なのかもしれないと思えてきたのです。タイトルに必要なのは一つの単語、それもよく使われるものがいいということは分かっていたから、インターネットでごくありふれた単語を探してみました。すると、過去、現在、未来という言葉が見つかりました。未来ほど複雑で、希望と恐れにあふれる言葉はありません。私たちは未来について一生懸命考えるけど、決してそこに到達しません。未来はいつも新しいけど、それが訪れる時には必ず今よりも歳をとっています。若いカップルにとって、未来は当然、不安だらけ。でも、実際にそれを2人で迎える過程、共に年齢を重ねることに深い意味があるわけです。



──あなたは小説集も発表していますし、アートや舞台の世界でも活躍していますね。脚本執筆は、他の媒体での創作活動とどう違いますか?



脚本を書くのは、伝言ゲームのスタート地点になるようなものです。伝言が繰り返されるうちに収拾がつかなくなるから、あまり複雑な話はしたくありません。それでも感情を描きアイデアを形にしようとすると、どうしても複雑になっていってしまいます。フィクションというのは、賢い語り手が、賢そうなアイデアを理路整然と説明する、というようなものではありません。伝えたいことは全部、自分が作り出す小さな世界に生きる人物たち、その場所、そして小道具で物語らなくてはなりません。映画の場合はパフォーマンスのように“今”を観客と共有するわけではないけれど、もっと大勢に見てもらうものなので、広く伝わりやすいかどうかが大切です。もちろん、肝心な部分はどんな媒体でも同じで、真実を表現し、人間は自由なんだと確認し、それまでなかった世界を創り出すことです。



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映画『ザ・フューチャー』より




──なぜ、今回の作品でシュールな表現に飛び込んだのですか? 文学やアートからの影響でしょうか?



最初の『君とボクの虹色の世界』だけを観た人は急に変わったように思うかもしれないけれど、非現実的なところがないあの映画は、私の作品の中ではむしろ異色です。私のビデオ作品、短編小説、パフォーマンスのほとんどすべてに、抽象的だったり、SF的な要素が含まれています。現実にあったことを語る時も、多少、大げさに言うものです。そうしないと、その出来事の深さや大きさが伝わらないからです。ソフィーは過去に取り憑かれているように感じていて、それはあまりに痛切でリアルな感覚であるため、顔の表情だけじゃなく映像全体で表現したかったのです。過去は痛々しく、容赦なくソフィーににじり寄ってきます。



──インターネットと、それが人間関係に及ぼす影響は、前作と今作で共に大きなテーマとなっています。この作品のソフィーとジェイソンが直面する“ネット依存”状態に、あなたはどう対処していますか?



インターネットなしでも一日過ごせるということを忘れないように毎日頑張っています。そういう努力はとても新鮮で面白いです。私の知っている人はほとんどが同じ悩みを抱えています。すごいことだと思います。でも、観客に近づく方法を常に探している表現者としては、インターネットは便利でもあります。ファンジンとVHSと郵便で革命を起こしたいと願った20歳の私が、どこかにずっといるからでしょう。だから、ツイートしたり、ダイレクトに反応が返ってきたりする状況に、つい興奮してしまうのです。それでも(そしてこの点が大事なのだけれど)、じっくり考えて、時間をかけて何かに取り組もうとする自分を阻むようなものは大嫌いです。だから、ツイッターもフェイスブックも自分のサイトも、ゆっくりやっています。ソーシャルネットワークという意味では、あまり意味がないけれど。



インターネット・カルチャーのポイントは、見てもらうことと、反応してもらうことです。それは女性や女の子の得意分野ではないかと思います。ティーンエイジャーの女の子は、他人に見られて自分の力を意識します。“パパやママが私をちゃんと見てくれない”という、ありがちな悩みを抱えている人は、見られる快感に簡単にハマってしまいます(YouTubeで“部屋で踊る私”を検索してみれば、それがよく分かでしょう)。見られることはある意味、生きていく苦しさからの解放です。見られている間は、存在しなくていいから。この映画の中で、私はインターネットのそういう側面を逆行分析して解き明かしたのかもしれません。ソフィーは責任を背負い込む前に、ダンスの映像をYouTubeにアップしようとする。子供のように見つめられる最後のチャンスだから、うまくできないと分かると落ち込み、思い詰めてしまう。やがて本物の子どもと向き合うわけですが、その時になってようやく諦め、シャツをかぶって踊り、大人になるのです。すべて意識して脚本を書いたか? いいえ。私は無意識に書くタイプです。ただ、前作が終わってから、こういう問題と格闘してきました。



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映画『ザ・フューチャー』より





──モラトリアムの終わりを、なぜ、赤ちゃんではなくネコで表現したのですか?



ある日、書こうとしても、どうも筆が進みませんでした。自分は何もできない、ほとんど人間失格のバカなんじゃないかと、気が滅入りました。だから、考えを切り替えることにしました。“オッケー、ここから書くのよ。何もできない、ってどんな感じ?”そして誰のセリフかも考えずに、長くて少し悲しげな、とぎれとぎれのモノローグを書いたのです。翌日、うちの前で奇妙な事故がありました。歩道に乗り上げた車がネコを轢いたのです。プロデューサーのジーナ・クォンが現場を見ていました。私はネコの死骸を片づけながら、ジーナに言いました。“このネコの供養をしなきゃね”。そんな出来事とモノローグが結合して、パウパウになったのです。



──あなたは、映画の中の人物にどのくらい近いですか? ご自身にあてて書いた役と、他の役では違った形であなた自身が反映されているのですか?



前作も今作も、脚本の時点では誰が演じるのか決めずに書きましたが、ソフィーだけは最初から私の役だと思っていました。ビンゴゲームの真ん中にあるフリースポットのような位置づけです。その一点を中心にすべてを作っていったので、トーンやキャストを決め、一つの世界を作り上げるのに苦労はしませんでした。ソフィーは私だと感じる瞬間もあったけれど、むしろこの映画全体に私が反映されています。音楽も付けて映画として完成した作品は、私という人間の肖像画になっています。個々の登場人物は、どっちかというと写真のような感じだと思います。



──自信を持てずに苦しむアーティストというモチーフは、あなたのビデオ作品や、前作『君とボクの虹色の世界』、そして今作に至るまで、繰り返し登場しています。苦しみは乗り越えられるものなのでしょうか? それとも、苦しむプロセスそのものがポイントなのですか?



プロセスはとても面白いものだし、乗り越えた気がしたとしてもそれは一瞬だけで、闘いは終わりません。どの作品も、次のプロジェクトへ通じるドアのようなものです。それに、苦しむのはアーティストだからではなくて、生きていくうえでごく当たり前のことだと思います。生きているとスランプに陥ったり、心が縮こまったり、希望が膨らんだり、自信をなくしたり、突破口が見えたりする。同世代の女性もみんな、とても優秀なのに苦しんでいる。やりたい仕事もできないまま諦めて子供を持つか、夢を実現する代わりに子供を持たないまま40歳になるか。もちろん、そこまで単純ではないけれど、大概そういう感じだと思います。私も同じジレンマに陥っている、というほどではないけれど、でもとても身につまされる話です。だからソフィーをああいう設定にしたのです。子供のダンスの先生だったソフィーは、自分のダンスのために仕事を辞めるけど、いったん辞めてしまうとその仕事にさえ復職できずに降格される(これはホラーです)。



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映画『ザ・フューチャー』より




──アーティストとしての仕事の中で、映画をどう位置づけていますか?



ジャンルを問わずアーティストとして活動するつもりです。執筆、美術品の創作、身体表現、映画。いつもいくつか同時進行しています。つまり『ザ・フューチャー』は『君とボクの虹色の世界』の次の作品ではなくて、短編小説集の次にあたります。あるいは、横浜トリエンナーレに出品したインタラクティブな作品“The Hallway【廊下】”の次です。“The Hallway”は時間をテーマにした作品で、熱烈なファンでなければ作品全部を追いかけはしないでしょうから、私の進化は私にしか見えないですね。

──キャスティングはどのように決めましたか? プロの俳優であるハミッシュ・リンクレイター、デヴィッド・ウォーショフスキー、そして子役のイザベラ・エイカーズと、素人のジョー・パターリックを組ませた意図は?



ジャンヌ・マキャシーと一緒にキャスティングしました。私も彼女も、ハミッシュとデヴィッドは最初から想定していました。実際に会ってみると、この人たちとしか思えず、もう探さなくていいと感じました。それでも、当てはまる年齢の俳優のほとんど全員に会って、よく検討してから決めました(つまり、選択肢は多ければいいというわけではないのです)。一方、ジョーの起用は全く違った経緯でした。映画とは別のプロジェクトですが、“ペニーセイバー”というフリーペーパーに広告を載せて中古品を売っている人たちを集め、インタビューをして写真を撮る許可を取っていました。ジョー・パタールックは、そのプロジェクトで出会った素晴らしい人たちの一人です。当時ちょうど脚本を書いていて、登場人物が訪問販売で木を売っている設定でした。彼は自分の小さな世界を飛び出して、知らない人の家に入っていきます。ある時、突然、私のプロジェクトをその役に活かせると気づきました。最初は、ペニーセイバーの人たち全員に本人役で出てもらおうと思ったのですが、スクリーンテストでうまくいったのがジョーだけでした。ビデオカメラを構えて、出会った時の様子を再現してほしいと頼むと、ジョーはアドリブでやってくれたのです。セリフがとても自然で、撮影ということを忘れてしまうほどだったし、撮り直しにも前向きに応じてくれました。それ以上に、人間的に素晴らしくて、役を書き加えたいという気持ちになり、触発されて物語も変わりました。ジョーは奥さんのために60年もエッチな詩を添えたカードを手作りしてきたりして、タフで大きな心の持ち主でした。そして私が映画を撮り終えた翌日、感謝祭の日に亡くなりました。










ミランダ・ジュライ プロフィール



1974年米国バーモント州生まれ。パフォーマー、ミュージシャン、小説家などマルチに活躍するアーティスト。映画監督としては長編第一作『君とボクの虹色の世界』(2005年)がカンヌ国際映画祭でカメラドールを受賞、サンフランシスコ国際映画祭、ロサンゼルス映画祭では観客賞を受賞した。長編第二作の本作『ザ・フューチャー』は、サンダンス映画祭でのプレミア上映やベルリン国際映画祭のコンペティション部門への出品など、世界中の映画祭で高い評価を受けた。コンテンポラリー・アーティストとしてもニューヨーク近代美術館、グッケンハイム美術館、ホイットニー美術館の展覧会に出品するなど活躍。また、フランク・オコナー国際短篇賞を受賞した小説集「いちばんここに似合う人」(岸本佐知子訳/新潮社刊)は、20ヶ国で翻訳され、世界中の若い女性の間で圧倒的に支持されている。













the Future for webDICE


『ザ・フューチャー』DVD

2013年11月22日(金)発売



★特製スリーブケース&ステッカー付き!



監督・脚本・主演:ミランダ・ジュライ

音楽:ジョン・ブライオン

出演:ハミッシュ・リンクレイター

        デヴィッド・ウォーショフスキー

        ジョー・パターリック

原題:the future

製作:2011年(ドイツ=アメリカ)

日本公開日:2013年1月19日

日本語字幕:西山敦子

配給:パンドラ

商品仕様:本編91分+特典24分/5.1ch/吹替えなし

品番:DABA-4530

定価:4,800円(税抜)





DVD特典映像

■キャストのインタビューを含むメイキング(16分27秒)

■未公開シーン(3分)

■オリジナル予告編&日本語版予告編




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▼映画『ザ・フューチャー』予告編



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