映画『ブランカニエベス』より ©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinema
天才闘牛士の娘として生まれた少女カルメンの数奇な人生をモノクロそしてサイレントの手法で描き、本国スペインのゴヤ賞をはじめ、世界各国の映画祭で絶賛を浴びた『ブランカニエベス』が12月7日(土)より公開となる。グリム童話『白雪姫』を下書きに、邪悪な継母からのいじめに遭いながらも、見世物巡業する小人たちと出会い、女性闘牛士として人気を獲得していく姿をファンタジックに描く今作。パブロ・ベルヘル監督に、制作のプロセス、そして作品に込めた思いをスカイプで聞いた。
2005年当時はプロデューサーに「クレイジーだ」と思われた
── この作品は『白雪姫』『シンデレラ』『赤ずきん』『眠れぬ森の美女』といった童話にある「残酷さ」というエッセンスをベースにしていますが、そうした童話にあなたが惹かれる理由を教えてください。
原作のグリム童話にまつわるスピリットをそのまま生かした映画を作りたいと思っていました。今までのそうした作品は、ディズニーっぽいのが事実ですので。またそこに、イギリスのゴシック小説、チャールズ・ディケンズやブロンテ姉妹のようなスタイルを取り込もうと試みています。もちろんダークな残虐さと同時に、愛に溢れてもいます。その双方を確実に取り入れたいと思って制作しました。
映画『ブランカニエベス』のパブロ・ベルヘル監督 photo : Yuko Harami
── 企画から完成までの過程はどのようなものだったのでしょうか。
この映画を準備し始めたときは私の髪も黒くてふさふさだったんですが、現在はこんなふうに白髪になってしまいました(笑)。ほんとうに長期間準備にかかりました。まず資金調達が難関でした。2005年にプロデューサーにこの企画を提案したときは、サイレントで、かつ高額な予算だったので、彼らに「クレイジーだ」と思われました。しかし、私は我慢強く待ちました。才能があるかどうかは別にして、その気性は日本人の妻の影響かもしれません。現在では『アーティスト』の成功で、そこまでクレイジーな挑戦に思えないかもしれないですが、当然それ以前は違う状況であったことは確かです。
映画『ブランカニエベス』より ©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinema
── その結果、世界の映画祭をはじめ高い評価を得ていますが、その理由をどのように分析しますか?サイレントで言葉の壁がないからこそこれだけ広く受け入れられたのだと思いますか?
特にサイレントだということが大きく関与しているとは思っていません。サイレント映画だからヒットした、というのならば、世界中のプロデューサーがサイレント映画を作るはずでしょうから。観客はサイレント映画がとても催眠術的な経験である、ということは自覚していると思いますが、おそらく最初の5分でこの映画がサイレントであることを忘れてしまうでしょう。それよりも、ストーリーのエモーショナルな部分やインパクトが、観客と繋がったことが大きいと思います。
監督の前にひとりの観客であることが大事
── 撮影方法は、アリフレックス16という16ミリのカメラを用いカラーで撮影し、ポスト・プロダクションで彩度を落としてモノクロにしたということですが、そのようなプロセスにした理由は?
現状では、白黒のコマーシャルな作品を作ろうとしたときに、唯一の方法なのです。ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』や、『アーティスト』、スティーヴン・ソダーバーグの『さらば、ベルリン』など、白黒の作品はありますが、現在モノクロ・フィルムのストックがほとんどないのと、私は作品のなかでデジタル・エフェクトを多く行うこと、それからリリース・プリントを作る段階で白黒というのはほとんど不可能なのです。
テクノロジーが進化したおかげで、カラーで撮影したとしても、まったく問題なく白黒の効果を十分に発揮させることができます。撮影監督のキコ・デ・ラ・リカにとってもいい工程だったのではないでしょうか。
── まさにそういったダークの深みにのめりこんでいくよう五感に訴えかけるような体験ができる作品ですね。監督としては、モノクロの効果がいちばん発揮されていると思うシーンはどこだと思いますか?
ラスト近くで、小人がエルカンナ(継母)を追いかける場面が好きです。印象派の絵のような、光と影の対比が非常に強い画になっています。キコ・デ・ラ・リカとは長年一緒に仕事をしているので、特別話さなくても、きちんと理想の画を撮ってくれました。準備期間の間にキコにはたくさんのモノクロ映画を観てもらいました。アベル・ガンス監督の『ナポレオン』や、カール・テオドア・ドライヤー監督の『裁かるるジャンヌ』、デイヴィット・リーン監督の『オリバー・ツイスト』、もちろんオーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』、それからユニヴァーサルの古いホラー映画をたくさん観てもらいました。
映画『ブランカニエベス』より ©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinema
── まさにこの映画はそうした元ネタの映画を探す面白さがありますね。
そう、この映画は『ウォーリーをさがせ!』のように楽しんでもらいたいのです。私は映画監督である前に、観客であり、シネマニアなんです。制作のプロダクションとなると、毎朝5時に起きて3ヵ月もそれが続くことになる大変さがありますが、暗闇のなかでリラックスして作品を観るのが大好きなんです。
何千本も観ているので、意識的にオマージュを捧げた場面もありますし、それ以外に気づかないうちにオマージュを捧げている部分もたくさんあると思います。
意図的なものもそうでないものも、知っている観客であれば「これだ」と探してくれる楽しみもあると思います。分かりやすいところではトッド・ブラウニングの『フリークス』やビリー・ワイルダー監督『サンセット大通り』があるでしょう。
映画『ブランカニエベス』より ©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinema
── 僕も『フリークス』しか分かりませんでしたが、もちろんそれとは関係なくこのストーリーにこころ揺さぶられました。
そうです、私はどの観客も除外したくはありません。どんなお客さんも楽しんでもらえるようにこころがけています。古いフィルムの映画ファンだけでなく、シネコンでふと観ていただける作品にしたいと思っていました。
── あなたの前作『トレモリノス73』は、しがない訪問販売員が映画制作を始める、というストーリーですが、映画そのものを題材にしている、ということでは共通点がありますね。
映画というのは自分の子供のようなものなのです。私は脚本も制作も監督もしますので、自分自身が強く投影されていると思っています。
繰り返しになりますが、監督の前にひとりの観客であることが大事だと思っています。『トレモリノス73』は映画制作について描き、今回はサイレント映画へのラヴレターといってもいい作品となりました。ひょっとしたら次回作も、映画自体が作品のなかに大きな要素として入ってくるかもしれません。また同時に、とてもパーソナルなテーマの作品も作ってみたいという願望もあります。それが両立できたらいいですね。もちろん私の作品はオマージュだけではありません。ちょうど私には前作が公開された年に娘が生まれましたが、生まれてくる子供の出来事を扱っていますし、今回の『ブランカニエベス』には10歳の子供が登場します。そうした意味では、自分自身の人生や生活もうまく作品に影響させていくことができたらと感じています。
子供も楽しめる仕上りに
── 娘さんはこの映画をご覧になってどんな感想を?
この映画の大ファンになってくれましたよ!前作はポルノ業界が舞台になっていたこともあり、観ることができませんでしたから(笑)。現代の両親たちはポリティカリー・コレクトな(政治的・道徳的に正しい)ストーリーを探しているのかもしれませんが、私自身残虐な要素もはらんだグリム童話で育ちましたし、『ブランカニエベス』は子供も楽しめる仕上りになっていると思います。
映画『ブランカニエベス』より ©2011 Arcadia Motion Pictures SL, Nix Films AIE, Sisifo Films AIE, The Kraken Films AIE, Noodles Production, Arte France Cinema
── ラストシーンについては、最初の脚本段階から決まっていたのですか?
そうです、かなり早い段階からこの結末にしようと思っていました。映画を作るとき最も大事にしているのは最後のフレームです。
── 観た人と話すと、このラストについて、ハッピー・エンディングととるか、悲しい結末ととるか、それぞれ意見が違っていたんです。監督としてはどちらに観てほしいと考えていたのでしょうか?
とてもいい例を挙げてくれましたね。あくまでいろんな自由な解釈ができるエンディングを用意したかった、観客それぞれのなかで、悲劇的なのかハッピーなのかを考えてほしかったのです。映画は、観客が発見してくれてはじめて作品が完結するのだと思います。それは監督の仕事ではないのです。もちろん私が考えているエンディングはありますが、それはみなさんとシェアしないでおきましょう(笑)。それを押し付けるつもりはありませんし、観客の感情に影響させたくもないのです。このエンディングを〈種〉として、観客の心のなかで育っていくことで映画を完結させることが理想なのです。
ただし、本編のなかで、結末に関して私がどんな考えなのかが分かる〈秘密〉が隠されているので、何度も観てもらえれば、その〈秘密〉がお分かりになるかもしれません。
(2013年11月21日、スカイプにて インタビュー・文:駒井憲嗣)
パブロ・ベルヘル プロフィール
1963年12月21日、スペインのバスク地方ビルバオ生まれ。短編映画『Mama』(88/未公開)で監督デビューを果たし、高い評価を得る。長編デビュー作『Torremolinos 73』(03/未)は、2003 年から2004 年にかけてスペインで最も興行的に成功した作品の一つとなり、2004年スペイン・アカデミー賞ゴヤ賞で最優秀脚本賞、新人監督賞、主演男優賞、女優賞の候補にノミネートされる(日本では「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2005」にて上映)。また、PV監督としても活躍しており、日本ではロックバンドSOPHIA(活動休止中)のシングル「黒いブーツ ~oh my friend~」(1998年リリース)を手掛けた。
映画『ブランカニエベス』
12月7日(土)より新宿武蔵野館ほか全国公開
人気闘牛士の娘カルメン。彼女が生まれると同時に母は亡くなり、 父は意地悪な継母と再婚。カルメンは邪悪な継母に虐げられる幼少を過ごす。 ある日、継母の策略で命を奪われかけた彼女は、“こびと闘牛士団”の小人たちに救われ、「白雪姫(ブランカニエベス)」という名で彼らとともに見世物巡業の旅に出る。そんな中、女性闘牛士としての頭角を現したカルメンは、行く先々で圧倒的な人気を得るようになるのだが……。
監督・脚本・原案:パブロ・ベルヘル
出演:マリベル・ベルドゥ、ダニエル・ヒメネス・カチョ、アンヘラ・モリーナ、マカレナ・ガルシア
2012年/スペイン、フランス/ビスタサイズ/DCP/104分/モノクロ/原題『BLANCANIEVES』/G
提供:新日本映画社
配給・宣伝:エスパース・サロウ
後援:スペイン大使館
協力:セルバンテス文化センター
公式HP:http://www.blancanieves-espacesarou.com
公式Facebook:https://www.facebook.com/espace.blanca
公式Twitter:https://twitter.com/espace_blanca
▼映画『ブランカニエベス』予告編
[youtube:Q9k4qzlSTWk]
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