映画『エヴァの告白』より © 2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
『リトル・オデッサ』『アンダーカヴァー』などを手がけるジェームズ・グレイ監督が、マリオン・コティヤールを主演に迎えた『エヴァの告白』が2月7日(金)より公開される。20世紀初頭のニューヨーク、ポーランドからの移民である厳格なカトリック教徒の女性・エヴァをマリオン・コティヤールが演じ、入国審査を拒否されながらもひたむきに生きようとする彼女と、ホアキン・フェニックスそしてジェレミー・レナー演じるエヴァをめぐる男たちとの愛憎をドラマティックに描きだしている。自らがロシア系ユダヤ人であるジェームズ・グレイ監督が今作の制作と自身のルーツについて語った。
憧れや不安、恐怖を抱えた移民というプロセスを捉える
──『エヴァの告白』は1920年代のニューヨークが舞台となっていますが、監督にとって以前から撮りたいと考えていたテーマだったのでしょうか?
この映画はとても個人的な意味を持っており、私自身の家族に多くのつながりがありますが、自伝的というわけでは全くありません。「個人的」というのは、自分にとって密接な問題や感情を含み、深く理解できて、どう表現したらよいかも分かっているという意味で、自分の人生の出来事を扱う「自伝」とは異なります。私の祖父母はロシア──時代によってはウクライナというべきですが──のオストロポルという、キエフからそう遠くない町から移ってきました。私の祖母の両親はポグロム(ユダヤ人の虐殺)の際、白軍によって殺害されました。1923年には、祖父母は、今作の舞台でもあるエリス島からアメリカ合衆国に入りました。もちろん、エリス島に関して多くの話を聞き、随分夢中になりました。私がその地に初めて行ったのは1988年でしたが、島を再興する前だったので、まるで時が止まったかのようでしたよ。部分的に記入したままの移民申請書が床に散らばった様子が心に焼き付いて……私には幽霊、それも自分の一族中の幽霊がとりついているように思えました。ですから、その強烈なイメージを基に映画を作りたいとずっと思っていたのです。
また一方、母方の曾祖父がハーウィッツというロウアー・イーストサイドのレストランを経営していて、いかがわしい人々をいろいろ知っていたんです。彼らについて調べはじめたところ、地元で売春斡旋をしていたマックス・ホックスティムという人物を見つけました。こうして、エリス島にやってきて、アメリカに入国できない独身女性を自分のハーレムに連れてくる、というブルーノの物語を作り上げました。東ヨーロッパからアメリカへやってきた祖父母が感じた、なじめないという辛さと組み合わせて、興味深い物語となったと思います。移民というプロセスは、多くの憧れや不安、そしてもちろん恐怖に満ちたものだったのです。
映画『エヴァの告白』のジェームズ・グレイ監督
──監督ご自身のロシア系ユダヤ人の家族と、今作のエヴァとの大きな違いは、エヴァはポーランド人でカトリック教徒だということです。なぜそのような変更をしたのでしょうか?
最初に、今作ではエヴァを、ロウアー・イーストサイドでも、孤立した存在にしたかったからです。そこはユダヤ系の移民が大半でしたから、エヴァにはその場に溶け込んで欲しくなかった。そして、この物語のテーマが、どんな人間でも忘れられたり憎まれたりすべきではない、という思想を持っているからです。私は、どれほどひどい人でも、皆吟味する価値があるものだと信じています。それはとても聖フランシスコ的な考えです。ロベール・ブレッソンと『田舎司祭の日記』、特にその中の告解の場面のことが頭にありました。禁欲的で神話的な要素が欲しかったのです。ですが、この映画は単にブレッソンへのオマージュというわけではありません。部分的には、オペラやメロドラマの伝統にも影響を受けています。大げさな感情やドラマティックな状況を通して、より偉大な真実を目の当たりにすることができます。だからこそ、この映画にはプッチーニや、グノー、ワーグナーの音楽をつけたのです。
──監督のこれまでの作品は男性が主人公でしたが、今作は始めて女性の主人公を中心に据えて取り組んでいますね。
私はプッチーニのオペラ『修道女アンジェリカ』にとても興味を持っていました。尼僧の女性に焦点を当てた純粋なメロドラマで、並外れて感情豊かでドラマティックな状況を描いています。正しく表現されれば、メロドラマは最も美しいものです。作品を作るアーティストもその感情が真実だと信じ、嘘がないからです。プッチーニのこのオペレッタを、私はロサンゼルスで観たのですが、ウィリアム・フリードキンが演出していました。終盤では泣きましたよ。『エヴァの告白』はこの路線で行こう、と本当に努力しました。主人公を女性にしたので、西洋文化において男性のペルソナの一部となっているマッチョの要素を使わずして、感情の大きな動きを模索することができました。エヴァは自分自身の運命を把握していますが、同時に犠牲者でもあります。エヴァは、実際犯したかどうかは別にしても、自分自身の罪に対して罪悪感を持っています。そして、とても力強い女性です。
映画『エヴァの告白』より © 2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
──エヴァ役はマリオン・コティヤールのために書いたのですか?
そうです。彼女が出演している作品は観たことがなかったのですが、友人のギヨーム・カネを通して、彼のパートナーであるマリオンに会いました。ギヨームとディナーに行ったら、マリオンも来たんです。その美しい顔を見て、カール・テオドア・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』に出ているルネ・ファルコネッティを思い出しました。「この女性なら何も台詞を言う必要はないな」と感じるほど、本当に表情が豊かでした。彼女なら、サイレント映画にも出られるでしょう!
私がこの映画をマリオンのために書いたのは、これが移民についての物語であり、彼女ならとても言葉にならない魂の状態を伝えられると思ったからです。彼女なしではこの映画を作ることはできなかったでしょう。もちろんエヴァがポーランド人であるという設定は大きな難関でしたが、結局は素晴らしい結果になりました。ある日、私はマリオンの叔母を演じた女優に、マリオンのポーランド語をどう思うかと聞きました。その女優はマリオンのポーランド語は素晴らしいが、若干ドイツ語訛りがあると言うのです。マリオンに聞いてみると彼女の答えはこうでした。「そうよ、エヴァはドイツとポーランドの間のシュレジエン出身でしょ。わざとやってるの」。マリオンはそこまで徹底してるんです!感服です。
映画『エヴァの告白』より © 2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
── 敵対する従兄弟同士、ホアキン・フェニックス(ブルーノ)とジェレミー・レナー(オーランド)についてはどうでしょう?
ブルーノ役もホアキンのために書きました。ホアキンと私はとても仲が良く、彼は常に私が表現しようとしているものを理解してくれる偉大な俳優です。演じる役柄の内面をよく伝えることができるので、映画全体を通して、彼の役は策略家としてつかみどころがなく、移り気にするという計画でした……。ブルーノは本当にぞっとするようなキャラクターですからね。しかし、彼もまた生き残るのに必死で、ひねくれたものであるとはいえ、ある種の愛すら経験します。彼もまた贖われるべき存在なのです。
マジシャンのオーランドに関しては、私は彼をトラブルメーカーでもあるロマンチックなヒーローにしたかったのです。ずんぐりしていると同時に優雅でもあるという風貌がよいと思いました。この人物は、マジシャンであり読心術師でもあったテッド・アンネマンをモデルにしています。オーランドがあらゆる点で驚くべき人物だということを、ジェレミーは完璧に理解していました。空気より軽く、しかしまた自己破壊的な要素も持ち合わせていますし、家がなく、常に移動しています。オーランドにはどこか聖なる愚者といった雰囲気があります。ジェレミーはこうした難しい役を軽々とカメラの前で演じることができます。とても独創的なんです。私は本当に彼の大ファンなんですよ。
映画『エヴァの告白』より © 2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
マリオン・コティヤールの姿に『裁かるるジャンヌ』を思い出した
移民受け入れをテーマに始めてエリス島現地で撮影
──オーランドがエリス島の移民のためにショーを行うというシーンがあります。あれはあなたのリサーチの成果ですか?
もちろんです。大ホールで移民達のためのパフォーマンスが行われていました。例えば、ダンスカンパニーの写真が証拠として残っています。偉大なオペラ歌手のカルーソーもあのシーンに登場しますが、彼は実際にあそこで歌ったんです。できるだけショーを本物らしくしたかったので、現代のカルーソーとも言われる、オペラ歌手のジョゼフ・カレジャにカルーソー役を依頼しました。この映画のオペラ的精神ともぴったりするような気がしましたしね。今回、移民受け入れの中心だったエリス島での撮影が実現したのですが、それまで移民受け入れをテーマにエリス島で撮った映画がなかったということにショックを受けました。再興以来、いくつかの映画がエリス島で撮影されましたが、これらは古いエリス島を再現したわけではありませんし、エリア・カザンが『アメリカ アメリカ』で、フランシス・フォード・コッポラも『ゴッドファーザー PART II』でこの島を再現しましたが、彼らはエリス島で撮影する機会はなかったのです。
私はこのエリス島で撮影できるという、極めてユニークな機会を得ることができたことで、できる限り正確に当時を描きたかった。たくさん本を読み、もちろん写真や私の一族全体の書類も山ほど目を通しました。祖父とエリス島を訪れたとき、私達のツアーの中に泣いている女性が一人いました。彼女はあまり英語を話さなかったのですが、祖父が彼女に話しかけました。見たところ彼女は自分の姉妹とそこで生き別れになったらしいのです。こうしたエピソードも物語に組み込んでいきました。
映画『エヴァの告白』より © 2013 Wild Bunch S.A. and Worldview Entertainment Holdings LLC
メロドラマと「メロドラマ的」ということの差
── 撮影監督ダリウス・コンジとの仕事はいかがでしたか?
物語のオペラ的な性質を反映できるような視覚的な美を生み出したいと思っていたので、ダリウスとの仕事はとてもうまくいきました。彼は非常に繊細な人で、彼と私は制作の1年の間、兄弟のようでした。美術館に一緒に行ったり、絵画やオートクローム(20世紀初頭のカラー写真)を見たりしました。建築家でデザイナーだったカルロ・モリーノが撮った1960年代のポラロイド写真も見ましたよ。色の彩度と黒の濃さという点で、現代の技術で得られるものとしてはオートクロームに最も近いものです。ダリウスと私は色彩や画面全体、セットのどの部分にどう照明を当てるのかといったところについて綿密に話し合いました。私のこれまでの作品は、光がどこから来ているのか常に感じられるような、写実的な画を心がけていましたが、今回はそれをやめました。『エヴァの告白』では、寓話を伝えたかったからです。
──どういう点でこの映画は寓話なのですか?
神話や寓話を求めるとき、人は真実を求めようとします。社会の中で生き残り、働こうとするのはどういうことなのかという真実です。エヴァは、古典的な意味で、大いに苦悶しながら何かを達成するという意味で、ヒーローです。ブレッソンや、ドライヤー、またフェデリコ・フェリーニについて私が大いに感心するのは、余計な騒音を取り除き、根本的なこと、すなわちこの世界で人間であるための苦闘に焦点を絞るという彼らの能力です。これが今、私が達している境地なのです。『エヴァの告白』で、私はジャンルというお膳立てのない映画を作ることができました。ジャンルというものを取り去り、独自のジャンルに属する、オペラを映画に転換した作品、を作りたかったのです。
──何故それ程メロドラマに惹かれるのですか?
感情を表現しようとしているとき―または、単に観客に取り入ろうとするよりも、むしろ正直になろうとしているとき―、自分はこの状況を忠実に伝えているだろうか、と考えなくてはなりません。言い換えれば、俳優が伝えようとしていることは、物語の文脈としてふさわしいかどうか?俳優が説得力を持って表現しているのか、それとも役柄に無理やり合わせてしまっているのか?ということです。俳優が完全に役柄と一体となっていれば、「やりすぎ」とか「もの足りない」ということはないのです。真実か真実でないかのどちらかしかないし、そしてこれが私にとってはメロドラマと「メロドラマ的」ということの差なのです。全力投球していれば、不自然にもこじつけにもなりません。依存関係という極めて現代的な心理的状態を描くのに、幅広い感情を伴う、このようなメロドラマという発想を使って映画を制作することは、他の映画にはない試みになるだろうと思ったのです。2人の人間が、どんな屈折した形であれ、互いを必要とすることになるという映画。人生は常に我々を不利な状況に追いやりますし、こうしたシナリオはしばしば悲劇によって損なわれますが、だからこそよい物語にもなるのです。
──このメロドラマという発想は、女性的な視点のために考え出されたものでしょうか?
そうですね、実際、アメリカ映画には長いこと女性の物語を伝えるという素晴らしい伝統があります。特に1930年代、40年代はそうでした。これは奇妙なことです。あらゆる点で、当時の社会は女性の扱いにおいては完全に遅れていますからね。しかし、前に進むためには、時に振り返ることにも意味があると思いますし、そうする過程でベティ・デイビスやバーバラ・スタンウィック、グレタ・ガルボなど、多くの当時の女優について考えました。男たちよりもむしろ、エヴァの人物像に焦点を当てることが重要だと思いました。観客にとって、男たちが幾分つかみどころがない存在に見えるのは、エヴァにとって男たちがつかみどころがないからです。エヴァは、彼女の立場にとどまる限り、決して本当には誰のことも信頼することはできませんでしたし、私にとって、それは人物像を形作る上で非常に大きな力となる状況なのです。
(オフィシャル・インタビューより)
ジェームズ・グレイ プロフィール
1969年アメリカ・ニューヨーク市生まれ。1994年25歳のとき、『リトル・オデッサ』で監督デビューするや、同作でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞。同年、インディペンデント・スピリット賞新人作品賞・新人脚本賞にノミネート。『裏切り者』(01)と『アンダーカヴァー』(08)『トゥー・ラバーズ』(08/未)では、カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映。『アンダーカヴァー』はセザール賞外国語映画賞にノミネート。『トゥー・ラバーズ』では、インディペンデント・スピリット賞監督賞と主演女優賞(グウィネス・パルトロー)とセザール賞外国語映画賞にノミネート。インディペンデント映画監督として高い評価を得ている。
映画『エヴァの告白』
2014年2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
1921年、戦火のポーランドからアメリカへ、妹と二人で移住してきたエヴァ。夢を抱いてNYにたどり着くが、病気の妹は入国審査で隔離され、エヴァ自身も理不尽な理由で入国を拒否される。強制送還を待つばかりのエヴァを助けたのは、彼女の美しさにひと目で心を奪われたブルーノだった。移民の女たちを劇場で踊らせ、売春を斡旋する危険な男だ。彼の手引きで厳格なカトリック教徒から娼婦に身を落とすエヴァ。彼女に想いを寄せるマジシャンのオーランドに見た救いの光も消えてしまう。生きるために彼女が犯した罪とは?ある日、教会を訪れるエヴァ。今、告解室で、エヴァの告白が始まる──。
監督:ジェームズ・グレイ
出演:マリオン・コティヤール、ホアキン・フェニックス、ジェレミー・レナー
撮影:ダリウス・コンジ
脚本:ジェームズ・グレイ、リチャード・メネロ
製作:ジェームズ・グレイ
2013年/118分/アメリカ、フランス
配給:ギャガ
公式サイト:http://ewa.gaga.ne.jp/
公式Facebook:https://www.facebook.com/ewa.kokuhaku
公式Twitter:https://twitter.com/@ewagaga4
▼映画『エヴァの告白』予告編
[youtube:5UCrL7peYHA]