映画『スノーピアサー』のポン・ジュノ監督
『グエムル-漢江の怪物-』『母なる証明』で知られる韓国のポン・ジュノ監督が、クリス・エヴァンスやソン・ガンホ、ティルダ・スウィントンといったインターナショナル・キャストを迎え完成させた『スノーピアサー』が2月7日(金)より公開される。氷河期になった近未来、生き残った人類を乗せ走り続ける列車の中を舞台に、富裕層による支配に抵抗する乗客たちの闘いを描いている。ポン・ジュノ監督に話を聞いた。
最終的な編集権も私に委ねられた
──監督が原作の「LE TRANSPERCENEIGE」に出会ったのはいつですか?
私はマンガマニアなのですが、よく行くコミック専門書店で2005年1月に偶然この原作に出会いました。初めは表紙に載っていた列車そのものに惹かれました。列車ほどドラマティックで映画的な空間はない、と “列車の中で起きる出来事”ということに興味を惹かれたんです。次に、列車に乗っている人たちにも魅力を感じました。前方車両はお金持ちで権力のある人、後方車両には貧しくて力のない人が乗っていて、その両者が衝突する。非常に独特で、すっかりその世界にハマりました。立ち読みで全巻を読破し、その場でこれを映画にしようと決めたんです。
──原作との出会いから、実際に映画化するまで時間がかかっていますね。
原作と出会った頃は、『グエムル-漢江の怪物-』のプリ・プロダクションに入っていたんです。しかもその時すでに女優のキム・ヘジャと、「『グエムル』の次は『母なる証明』を撮ろう」と約束していたので、時間が経ってしまいました。『スノーピアサー』の脚本に本格的に取り掛かったのは、2010年で、それから3年をかけ、ようやく韓国、ヨーロッパ、日本での公開に辿り着いたのです。
──今回、「脚色」とクレジットされていますが、原作をどのように映像化しようという狙いがあったのでしょうか。
原作からは、「地球が新たな氷河期に突入し、生き残った人類はみな一台の列車に乗っていて、前方車両はお金持ちで権力のある人、後方車両は貧困な人たちが乗っている」という基本設定を持ってきました。登場人物たちのキャラクターや、主人公が前方車両へ向かって進んでいくというストーリー、革命や暴動といったコンセプトは新たに作り直したものです。原作コミックと同じ部分を探すのが難しいくらい変えています。原作が書かれたのは1980年代半ばですが、富裕層と貧困層の格差といった問題が、原作から30年経ったいま世界中で起きている。80年代にそういった問題意識を持っていた原作者は偉大だなと思います。
──あえてコミックからインスパイアされたシーンを挙げるとするとどこでしょうか?
植物園の車両のシーンは、コミックに出てきたものと、映画に出てきたものとほぼ同じです。それから、私たちはグリーンハウスと呼んでいたんですが、野菜や果物がある車両も、ほんとうにコミックの画を元にして、同じように作りました。それから、ソン・ガンホが初めて登場するシーンに出てくる監獄も、原作のパートIIにある、まるで死体の安置所のような引き出し式の監獄という設定から映し込みました。
──脚本はケリー・マスターソンとの共同脚本ですね。
私が脚色する作業は2011年には終わり、次にセリフの英語訳の作業に入りました。この作品は英語がメインの作品なので、英語部分に手を加えて仕上げる必要がありました。私が書いた韓国語のセリフをそのまま翻訳して俳優に読ませるのではなく、英語のセリフとしてパワフルに書ける人を探していたんです。ちょうどその頃、シドニー・ルメットの遺作『その土曜日、7時58分』を観て、男性キャラクターの描写にものすごくパワーがあるなと思いました。そこで脚本のケリー・マスターソンにすぐ連絡を取りました。この作品では父と息子の関係が描かれていたんですが、『スノーピアサー』でも後方車両から反乱を企てる男・カーティスと老賢者ギリアムとの間に、父と息子の関係を暗示するようなところがあるので、そのためにも彼の手が必要だと思ったのです。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
──企画当初から、このような豪華なキャスティングを想定されていたんですか?
『スノーピアサー』のストーリー自体が、人類の最後の生き残りが一台の列車に乗っているというものなので、いろんな国の人が集まるということは自然な流れでした。でも、華やかなハリウッド俳優を起用することを最初から考えていたわけではありません。演技の上手な人を見つけていくうち、このような顔ぶれが揃いました。
──監督は極限状態に込められた人間の本性を探ってみたい、といつも言われていますが、今回クリス・エヴァンスもいつになく研ぎ澄まされた、追い詰められた表情を見せていましたが、どのように演出したのでしょうか。聞いたところによると、監督はとても穏やかな方で、声を荒らげたりする演出はされないということなのですが。
まず、そもそも私があんな筋肉質のクリス・エヴァンスを殴ることなんてぜったいできないですよ(笑)。彼はすごくアクションが得意で、スタントの担当が「彼はアクション・マシーンだ」と感嘆していたことがありましたが、それ以上に彼自身はとても繊細で内向的なところもあるのが魅力だと思います。『キャプテン・アメリカ』のはずなのに(笑)。
彼が演じるカーティスは、17年間列車の中に閉じ込められ、長い時間が経っても決して忘れられない暗い過去があります。暗闇から永遠に抜け出せない過去を背負った男です。チェコのセットに彼が初めて来たときに、「最後尾のセットに3、4時間いさせてください、17年間彼がどんな思いでいたのかを少しでも知りたいし、想像してみたいんです」と言われたのです。それくらい彼は一生懸命がんばって準備してくれました。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
──ソン・ガンホとは、『殺人の追憶』『グエムル』に続いて3作目ですね。
私はとても人見知りで寂しがり屋なので、新しい顔ぶれの中に、気の置けない、一緒にいて楽な人が一人はいてほしいと思っていました。それで脚本を書く前に、ソン・ガンホとコ・アソンに「再来年あたりに『スノーピアサー』という映画を撮るつもりなんだけど、お二人には出てもらいたい」と、事前に頼んでいたのです。
──それでは、ティルダ・スウィントンを起用した理由は?
ティルダについては脚本を書きあげる前からオファーしていました。とにかく何か一緒に作品を撮ろうと話していたんです。実は、私はもともとティルダのファンだったんですが、彼女が『グエムル』が好きだとインタビューで話している記事を読んだことがあったんです。そこで、2011年のカンヌ国際映画祭で彼女に会った時に「一緒に仕事をしましょう」と約束をしました。ただ、脚本を書いている時、彼女に適した役がないことに気づきました。そこで、もともと中年男性の設定だったメイソン役を、性別を男性から女性に変えて彼女にオファーしたんです。
──全体を通した緊迫感のなかに、ティルダ・スウィントンが演じる総理の過剰な振る舞いは笑いを誘います。
彼女はほんとうにがらりと自分を変えたい!と言っていたんです。顔もまったく違うものにしてルックスを変えたいという希望がすごく強くて、いちど「スコットランドの自宅に招待する」と言われて、私と衣装の担当とプロデューサーで、彼女の家に行ったんです。そうしたら、ひとしきり、まるでショーのように、自分で自分をコーディネートした姿を見せてくれました。もちろん、映画で準備した衣装もあり、家に古くからあった、昔の眼鏡や差し歯を持ってきたり、豚の鼻をつけてみたり、一連のショーを見せてくれて、面白かったです。
演技については、ふたりでメイソンがどんなキャラクターなのかを話し合い、非常に野望のある欲望の強い女性だったという性格づけをしました。だからこそ、大げさに演説もしていたんです。将校たちの前でヒステリックになっているのは、彼女がおそらくかつて将校たちの部屋の掃除や洗濯をする下働きだったのを経て、今やナンバーツーになったという設定を考えていたからです。その総理が後列車両の人々に、メイソンの「ポジションをわきまえ『靴』になりなさい」と警告するシーンや演説シーンは、ケリー・マスターソンの力による部分が大きいです。
──ハリウッドでは、ファイナルカットの権限はスタジオやプロデューサーが持っていますが、今作に関しては?
今回の作品の予算はハリウッドでは中間クラスだと思うのですが、アジアや韓国からみたら高いバジェットになります。幸い今回は制作会社が韓国だったんです。メインとなる会社もCJ ENTERTAINMENTでしたので、私のコントロールがきくような状況を保つことができました。最終的な編集権も私に委ねられたことは幸運だったと思います。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
── 一本の映画のなかに異なるルック、異なる話法が複数登場していますが、通して観ると統一感を持っています。こうした演出は意図されていたのでしょうか。
列車という設定自体がそうした印象を与えたのではないかと思います。人々は車両によって隔離されていて、今回の場合は最後尾といちばん前にいる富裕層とはまったく違う世界です。お金持ちの人たちの車両のなかにも水族館やプール、学校といった世界が存在していています。そのため、それぞれ違ったデザインする必要がありました。その反面、一貫性については、同じ幅と高さの車両のなかの出来事ですから、意識せずとも出るものだと思いました。そのような統一感は、ラストにガラリと変わります。
── 監督が持っているヴィジョンはどのように現場のスタッフや俳優に伝えたのでしょうか。
子供の頃からマンガをよく書いていて、コンテもよく自分で書きます。ストーリーボードの作家やコンテの作家に任せることもありますが、最終的なショットは自分で組み立てて行かなければいけません。ですから、最初のコンテやストーリーボードと、仕上がった作品がほぼ一緒、ということが今までも大半でした。
そうした、コンテ通りの画しか撮影しないというやり方を見た俳優たちは驚いたようでした。アメリカでは、後で編集しやすいように、マスターを撮って、リカバリー・ショットのためにもう一台置いて撮ったり、同じ演技でも数回やってみたり、私のやり方とは全く異なります。ジョン・ハートはそうした方法を「ヒッチコック式な撮影方法ですね」と言ってくださったのですが、韓国では予算がないことが多く、正確に必要なものだけ撮るということに慣れているので、自ずとそういうやり方になってきたんです。その代り、韓国の場合は現場で編集ができるよう編集の機材を置いているので、ミスを減らすことができました。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
──これだけの大規模な撮影において、指示系統は英語でしたか?映画のなかのような自動翻訳機はなかったと思いますが、どのようにコミュニケーションをとったのでしょうか?
今回は、韓国、チェコ、イギリス、アメリカのスタッフがミックスされていた状態でした。進行についての話し合いをするときは英語でやるようにしていました。あらかじめ韓国のスタッフも、英語のうまい人たちを選んでおいたんです。『ヘルボーイ』など、チェコで撮影されたハリウッド映画はたくさんあるので、チェコにいる人で英語ができる人をやはり現地で事前に選んでおいたんです。そして、いまこうしてインタビューを受けているように、通訳者がいましたので、言語はそれほど大きな問題にはなりませんでした。
実は、映画を作るメカニズムは根本的にどこの国でも同じなので、世界の人たちが混じっていても、だいたいパターンは一緒です。『グエムル -漢江の怪物-』ではアメリカのコンピューター・グラフィックスの技術者や、オーストラリアやニュージーランドの特殊効果のスタッフと仕事をしたことがありましたし、『シェイキング東京』(オムニバス『TOKYO!』)のときにも100%日本人のスタッフのなか、香川照之さんや蒼井優さんとの仕事の経験があったので、今回もとても自然にできました。
弱者の物語を伝えたい
── 今作もそうですが、監督の作品に登場する子どもは、いつも深く印象に残ります。スピルバーグでもなく、エドワード・ヤンでもない、監督固有の子どもを描く表現があると感じます。
監督の立場から言うと、子役を使うのはほんとうに難しいのです。よく、「動物と子どもは難しい」と言われているので、できれば避けたいところではあるのですが、『スノーピアサー』では、教室の車両がとても大事な位置づけになっています。今回、列車そのものがひとつのシステムなのですが、では人はそのシステムをどのように維持しているのか、それを示すためにも、子どもへの教育や洗脳の部分を出さなければいけなかったのです。そこで子供たちは「ウィルフォード社のエンジンは永遠だ」と、歌も歌わされ、非常に和やかに見えるけれど、おぞましいシーンになったと思います。『グエムル』のときには、ひとりの幼い少女が犠牲になりましたし、私は子どもが弱者だということを物語のなかで伝えたかったのです。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
──本作をふくめ、これまでのポン・ジュノ監督の映画は、娯楽作品でありながら社会性も伴っています。
私は映画を作る時に、こうしたメッセージを盛り込みたいから映画を撮ろう、とは考えません。あくまでも映画的な楽しみは何か、映画的な興奮は何かを念頭に置いて撮っています。ただ、それだけを考えてしまうと、上辺だけの映画になってしまう。映画的興奮というのは本当に人の気持ちを揺さぶるものであってほしい。そして人生は社会性、政治性と切り離せません。人生を描こうとすると、そういったものは結果的に盛り込まれるのではないかと思います。
──監督の初期の作品は、韓国の社会が大きく変化していくことがストーリーの背景に常にあったと思います。今回は、いろんな国のキャストが揃って、扱われている背景もスケールが大きくなっていますが、監督が興味を持っている対象は大きく変化していっているのでしょうか。
自分が常に描きたいと思っているのは、人間とはどういうものなのか、という人間の条件なんです。今回は、SFという設定を借り、韓国的な特徴やローカル色を一切省いて、いますが、これまでの物語の延長線上でもあるわけです。『殺人の追憶』では80年代を舞台に犯人を捕まえられない刑事がもがいていて、『グエムル-漢江の怪物-』では漢江の川沿いで売店をやっているちょっとマヌケな家族が出てきて怪物を捕まえようともがいている。今回はそういった設定のかわりに、列車という独特の舞台を用意して、列車の中でもがく人たちを描くことで、人間とシステムとは何なのかという本質をよりストレートに突き詰めていきたいと思ったのです。
(2013年12月4日、渋谷にて インタビュー・文:駒井憲嗣)
ポン・ジュノ プロフィール
1969年9月14日、大韓民国出身、ソウル在住。延世大学社会学科卒業後、95年、16mm短編のインディペンデント映画『White Man』等を監督。2000年に劇場映画長編デビュー作となる『吠える犬は噛まない』を発表。監督・脚本を務めた本作で高い評価を受け、一躍注目を浴びる存在となる。03年『殺人の追憶』を手掛け、大ヒットを記録。カンヌ国際映画祭をはじめ、その名は世界へと一気に広がっていく。 06年、韓国歴代動員史上1位を獲得した『グエムル-漢江の怪物-』を発表。同年のカンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭でも絶賛されたこの作品で、若くして韓国を代表する監督としての地位を確立した。08年初の海外監督作品として選んだ『TOKYO!』に、ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックスと共に参加。3部作のうちの一編『TOKYO!<シェイキング東京>』を、主演に香川照之、そのほかキャストに蒼井優、竹中直人らを迎えて東京で撮影。09年『母なる証明』を発表。カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品され、サンフランシスコ批評家協会外国語映画賞、ロサンゼルス批評家協会主演女優賞ほか多数の賞を受賞した。
映画『スノーピアサー』より ©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
映画『スノーピアサー』
2014年2月7日(金)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
2014年7月1日。地球温暖化を阻止するために、先進国78カ国でCW-7と呼ばれる薬品が散布され、地球上はすべて氷河期のように深い雪で覆われた。かろうじて生き残った人類は皆、一台の列車「スノーピアサー」に乗って地球上を移動し始める。17年後の2031年。その列車では、多くの人間が後方の車両に押し込められ、奴隷のような生活を強いられる一方、一部の上流階級は前方車両で、雪に覆われる前の地球と変わらない贅沢な生活をしている。そんな状況を見かねた後方車両の乗客の一人、カーティスは、仲間を引き連れて、反乱を試みて先頭車両を目指すのだが……。
監督:ポン・ジュノ
出演:クリス・エヴァンス、ソン・ガンホ、ティルダ・スウィントン、オクタヴィア・スペンサー、ジェイミー・ベル、ユエン・ブレムナー、ジョン・ハート、エド・ハリス
原作:「LE TRANSPERCENEIGE」ジャン=マルク・ロシェット、ベンジャミン・ルグランド、ジャック・ロブ
脚本:ポン・ジュノ、ケリー・マスターソン
撮影:ホン・ギョンピョ
音楽:マルコ・ベルトラミ
VFX:エリック・ダースト
2013年/韓国、アメリカ、フランス/125分
配給:ビターズ・エンド、KADOKAWA
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▼映画『スノーピアサー』予告編
[youtube:IoDfqE9biPk]