『嘆きのピエタ』のキム・ギドク監督
第69回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得したキム・ギドク監督の『嘆きのピエタ』が6月15日より公開される。親なしに育ち借金取り立てで生計を立てる男と、彼女の母親と名乗る女との関係をサスペンスフルに描く今作。次作『メビウス』が韓国で映像物等級委員会から制限上映可判定(非倫理的、反社会的な表現のため制限上映館でのみ上映が可能)を受けたと報道されるなど、常にセンセーショナルな作品を世に送り出し続けているギドク監督が、子供への強靭な母の愛というテーマを選んだ経緯や心情について語った。
人間には動物が持っている本能のようなものが内在している
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
── 主演二人が素晴らしい存在感でしたが、ギドク監督の映画の登場人物たちは、いつも突拍子もない行動を見せるので、まるで動物のような人間たちに見えます。そういった人物を描き続けるのは何故ですか?
人間は社会を構成したり、生きていくためのシステムを作るので動物とはかけ離れていると思われがちですが、大きな意味では人間も動物だと思います。動物が持っている本能のようなものも内在しているのではないかと私は考えます。なので、私の映画の中にはそういう人物像が写るのです。私の映画に出てくる人たちは自然そのままなのです。動物としての片鱗があるので、本能や自然のままの姿が表れているのだと思います。
これは私が映画を作る理由でもあるのですが、人は本来の自然の姿に戻るべきなのか、それともシステムに適応する人間になったほうが良いのか、常に私の中で混乱がありました。でも最終的には、自然のままの姿に戻ったほうが魅力的なのではないかと思っています。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
ローマのバチカン聖堂のピエタ像からインスピレーションを得た
── 今回の映画の舞台である街、清渓川(チョンゲチョン)のロケーションは、素晴らしいものがありましたが、この街で撮ることに決めた理由を教えてください。
今は周辺が開発されて高層ビルが建っているので目立たないのですが、チョンゲチョンという街は、ソウル市のど真ん中にあるんです。韓国でのIT産業の象徴であり、機械産業のメッカと言われていた場所なんです。色んな機械のサンプルなども売られていて、秋葉原みたいな感じですかね。アナログの部品が今でも生産されていてそこに行けば買えるという非常に重要な場所なんですが、もうすぐ無くなってしまうのです。私も若い頃に工場地帯で働いていたこともありましたし、子供の頃の思い出も詰まっている場所なんですね。そして韓国の歴史においては産業の発展を象徴するような街でもありますし、今回の映画で撮っておきたいと思いました。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
── 10日間という短い期間で撮影されたと伺ったのですが、とても驚きました。ギドク監督は、事前に綿密な演出プランを練った上で撮影に臨まれるんでしょうか?
私は撮影に入る前に、撮影場所の近くの安モーテルに10日間ほど泊まり込んで色々なイメージを考えるのです。どんな風にこの空間を使ったら良いのかといったことを考えます。その時はスタッフは連れて行かず、一人で行って深く考えるのです。なので、撮影期間は短いのですが、そういった準備の時間は長くとっています。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
── タイトルの「ピエタ」と言えば、死んだキリストを抱きしめるマリアの彫像や絵画のことですが、「ピエタ」というタイトルを冠した理由を聞かせてください。
ピエタ像は、ローマのバチカン聖堂にありますよね。実際に見てインスピレーションを得ました。当時、私は母親という存在が息子にどんな影響を与えるのかということに関心を持っていたのです。キリスト教の中でもカトリックとプロテスタントがあって、捉え方がそれぞれ違うのですが、いずれにしても、私はピエタというものの中に「母親」という要素を感じることが出来たんです。今回の映画も母親と息子についてのものですので、今回の作品に合っているかと思い、『ピエタ』というタイトルを付けました。
── 母性の象徴である彫像だから、ということが大きな理由なのですね。
はいそうです。この物語のテーマが「母親と息子」ということ。そして、構想を練ったときに「母親とは何か」と考えていたからです。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
現代社会が資本主義によって色々な問題を抱えていることを強調したかった
── 本作はある意味、復讐劇とも言えますが、監督のキャリアの上で、しばらくの沈黙の後、『アリラン』を経て、この題材を復活作に選んだのはなぜですか?
以前からタイトルが『ピエタ』と決まっていたわけではないのですが、暴力団の人たちの、母親を題材にしてみたらどうかと考えていました。この社会には本当に残忍で残酷な人が多いじゃないですか、日本のやくざのように、韓国にも組織暴力団がいるんです。そんなふうに、この世界には人を傷つける人たちが沢山いると思ったんです。「暴力は悪いことだ」と彼らに悟らせるにはどうすれば良いのかということを以前からずっと考えていました。そこで思いついたのが母親の物語だったんです。つまり暴力を振るう人の母親を、例えば誘拐したり拉致するようなことがあれば、暴力を振るっていた人は「暴力は悪だ」だと悟るのではないかと。そういう思いが、『嘆きのピエタ』に繋がっていきました。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
── 監督のキャリアの中で、特に今作はエンターテイメント性が強い作品かと思われますが、いまのタイミングでそういった作品を作った理由は?
韓国でも「とても商業的だ」と言われましたが、そんなことを考えていませんでしたし、意図していませんでした。今回の映画で強調したかったのは、現代社会が資本主義によって色々な問題を抱えているということなのです、それは韓国に限らず日本もそうですし、ヨーロッパも例外ではなく、資本主義体制による様々な問題がありますよね。それが今や他人事ではなく自分のことになっていたり、周囲から見聞きするようになっていると思うのです。ですので『嘆きのピエタ』は普遍性を持っていると観られたのかなと思います。
『嘆きのピエタ』より (c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
お金や名誉などを巡って多くの人が傷ついている
── ギドク監督の映画は、いつもラストシーンがとても印象的ですが、今回の映画のラストは、早い段階から思いついていたのですか?
私は昔から、人が本当に苦しみ抜いて死ぬ姿をどんなビジュアルで見せれば良いのかということを良く考えていたのです。イメージの状態では頭の中にあったのですが、どの映画のどのシーンに使うかということは全く決まっておらず、そういうイメージだけが頭の中に、ぼんやりあったんですね。それで今回の映画のラストの死は、自殺でも他殺でもないものにしたかったんです。つまり、神に何か貢ぎ物を捧げるような死のイメージだと思いまして、以前考えていたイメージが今回の映画のラストに合うと思いまして、使ってみました。
── では今回の映画の製作が始まる前から考えていたのですね。
そうです。映画監督というのは、どこに使うか分からなくても、常に何らかの物語やエピソードを持っているほうが良いですよね。でもそれは間違って使うと失敗しますので、上手く使わないといけないでしょうね。残酷なシーンを想像するのは嫌ですが、ドラマと関連づけて、そういうシーンを入れることで、観客を説得するということも大事なことだと思います。
現代社会はお金や名誉などを巡って多くの人が傷ついている社会だと思います。そんな現代社会の中で、小さいながらも、人間と人間、そして家族と家族が幸せに暮らせると良いなということを夢見て撮った映画ですので、その点を感じ取ってほしいです。
(オフィシャル・インタビューより)
キム・ギドク プロフィール
1960年12月20日、慶尚北道・奉化(ポンファ)郡の山あいの村に生まれる。1996年『鰐(ワニ)』で監督デビュー。その後17年間で18本の作品を発表している。低予算かつ短期間で撮影された作品群はそのストーリーの暴力性から、発表される度に韓国映画界で物議を醸し、国内評論家やフェミニストの批判対象となる。一方、海外の映画祭では次々と受賞を重ね、“世界のキム・ギドク”として新作が熱望される存在となる。日本に初めて紹介された作品は2000年の『魚と寝る女』で、以来熱狂的なファンを獲得している。2008年『悲夢』以降映画界から姿を消すが、3年後の2011年、隠遁生活を送る自分を撮ったセルフ・ドキュメンタリー『アリラン』を発表。2011年カンヌ国際映画祭で<ある視点>部門最優秀作品賞を獲得し、ベルリン(監督賞-『サマリア』)、カンヌ(『アリラン』)、ヴェネチア(監督賞-『うつせみ』)の世界三大映画祭で受賞という快挙を成し遂げ、復帰を果たす。カンヌ映画祭で渡欧中に撮影した実験作「アーメン」を同年に発表。久々の本格的劇映画となる『嘆きのピエタ』は12年ヴェネチア国際映画祭で韓国映画初となる最高賞、金獅子賞に輝いた。ヴェネチアでの受賞効果もあり、国内で60万人を動員するなど興行成績も好調だったが、キム・ギドクは大作がスクリーンを占有し続ける韓国映画界の現状を批判し、国内での上映を4週間で自ら打ち切った。
映画『嘆きのピエタ』
2013年6月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
生れてすぐに親に捨てられ、30年間天涯孤独に生きてきた借金取りの男ガンド。冷酷無比な取り立ての日々を送る彼の前に、突然母親だと名乗る謎の女が現れる。女は本当にガンドの母親なのか? なぜ今、現れたのか―?疑いながらも、女から注がれる無償の愛に、ガンドは徐々に彼女を母親として受け入れていく。ところが突然、女が姿を消して…。
監督:キム・ギドク
出演:チョ・ミンス、イ・ジョンジン、ウ・ギホン
撮影:チョ・ヨンジク
美術:イ・ヒョンジュ
照明:チュ・ギョンヨプ
サウンドデザイン:イ・スンヨプ(Studio K)
録音:チョン・ヒョンス(Sound Speed)
音楽:パク・イニョン
製作:キム・ギドク フィルム
エグゼクティブ・プロデューサー:キム・ギドク、キム・ウテク
プロデューサー:キム・スンモ
韓国/2012年/104分/カラー/ビスタ/デジタル
英題:PIETA
提供:キングレコード、クレストインターナショナル
配給・宣伝:クレストインターナショナル
(c)2012 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved
公式サイト:http://www.u-picc.com/pieta/
公式twitter:https://twitter.com/u_picc
公式facebook:http://www.facebook.com/nagekinopieta
▼『嘆きのピエタ』予告編
[youtube:-FDubRSQQZw]