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Channel: webDICE 連載『DICE TALK』
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仕事こそが希望、仕事を持つことで人は自分に誇りを持つことが出来るんだ

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映画『天使の分け前』のケン・ローチ監督


イギリスの名匠ケン・ローチ監督の『天使の分け前』が4月13日(土)より公開される。これまでもハードな現実と闘う若者たちを主人公にしてきた彼が、今作ではスコッチウイスキーの故郷スコットランドを舞台に、ケンカ沙汰の絶えない若者が眠っていたウイスキーのテイスティングの才能に目覚め、家族や仲間とともに逆境に打ち勝とうとする過程を、ユーモアと人情を交えて描いている。ケン・ローチ作品の脚本を数多くてがけてきたポール・ラヴァティとともに完成させたこの若き失業者の再生の物語について、監督は「明るくてファニーな面を持った映画をつくりたいと思った」と解説。また、先日4月8日のサッチャー元首相死去の際に「現代でもっとも分断と破壊を引き起こした首相だった。彼女の告別式を民営化しましょう。入札を行い一番安い見積もりでやりましょう。それこそ彼女が望んだものですから」とコメントした監督だが、今回のインタビューでもサッチャリズムについて触れている。




サッチャリズムが人々を分断してしまった




── なぜこの物語を作ろうと思われたのでしょうか?




昨年末、イギリスの失業中の若年層が初めて100万人を超えた。若い世代の多くが自分は定職に就けないと思っている。そのことを映画にしようと思ったんだが、前の映画(『ルート・アイリッシュ』)が、とてもタフな映画だったので、そうではない、明るくてファニーな面を持った映画をつくりたいと思った。この映画が扱ってるのは“失業者”と呼ばれる若者たちで、彼らの生活は厳しいものだけど、それでも彼らだって冗談を言って笑ったりして過ごしているのだから、今回はそういう面を描きたいと思ったんだ。彼らは自分たちが定職に就けないと思っている。それが人々にどんな影響を与えるのだろう?そんな彼らが、自分自身をどう見ているんだろうかと思ったんだ。




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映画『天使の分け前』より 左よりジャスミン・リギンズ〈モー〉、ガリー・メイトランド〈アルバート〉、ポール・ブラニガン〈ロビー〉、ウィリアム・ルアン〈ライノ〉 (c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



── 失業者たちの生き方と同時に、そのバックグラウンドのイギリスの社会的状況も垣間見ることができます。



僕としては、まず、この映画を見た観客たちに、“失業者”と呼ばれている若者たちは、こんなにユーモアがあって、こんなにアイディアや才能があるんだということに気づいてもらえたら、と思っているけれど、この映画のサブテキストには、現代の経済システムから生まれた貧富の差がある、というのも確かだと思う。僕の発想はとてもクラシックで申し訳ないけど、その貧富の差とは資本主義が要求しているものとしか僕には思えないんだ。



この考えは確かに、僕の次の作品となるドキュメンタリー『The spirit of '45』にも共通しているね。かつて戦後のイギリスでは、労働をシェアし、保障をシェアし、人々が助け合い繋がっている社会をめざそうとしたはずなのに、サッチャリズムが人々を分断してしまったんだからね。こういうクラシックな考えは、今やなかなか受け入れらないのかもしれないけれど、45年当時を知らない若者たちに、こういう時代があったということを伝えたいんだ。




この物語に出てくる連中、“ケチな悪党”とか“失業保険受給者”とか何でもいいけれど、そう呼ばれている若者たちとの出会いを楽しんでほしい。そして彼らが穏やかでユーモアがあって、まっとうな人間だということ、そして全員が揃いも揃って統計上、“100万人の失業者”と言われていること、実に希望のない将来に直面している若者たちが100万人もいることを知ってほしい。ここに登場するのは、その100万人の内の4人なんだ。この若者たちと知り合ったら面白いじゃないか。彼らは複雑で貴重で、本当に価値のある連中じゃないか。私は観客に物語を楽しむのと同じくらい、そういう面も見てほしいと思っているよ。




この映画のエンディングに希望を感じてくれる人がいるけれど、僕にとってはOnly hope is jobなんだ。仕事を持つことで人は自分に誇りを持つことが出来る。これだけの失業者を生み出した今の社会を見るとき、僕は、僕ら年長者の世代が、若者を裏切った気がしている。



ウイスキーは味わう以上に嗅ぐことが必要だと知った





── この映画を制作する前、ウイスキーについてはどのくらいご存じでしたか?



ウイスキーについての話は、脚本のポール(・ラヴァティ)のアイディアだ。僕は、あいにくとウイスキーはほとんど飲まないんだ。パブでビールを飲んでサッカーの話をする、という典型だからね。でもポールから話を聞いてとても面白いと思った。スコッチウイスキーはいわば、スコットランドの国民飲料(ナショナル・ドリンク)だ。それなのに、あまりに高価で、この映画に出てくるようなスコットランドの若者は、スコッチウイスキーを一度だって飲んだことがない。彼らだって、スコッチウイスキーを楽しんだっていいじゃないか。そのアイディアが特に素晴らしいと思ったんだ。




映画が完成した今もそれほど詳しいわけではないが、ウイスキーは味わう以上に嗅ぐことが必要だと知った。これは気に入ったよ。アルコールとは、ただ喉に流し込むものではない。ただ意識を失わせるものでもない。念入りに味わうものなんだ。



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映画『天使の分け前』より (c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



── これまでもグラスゴーで何本かの映画を作っていますね。なぜ今回またこの地域を選んだのでしょうか?



リヴァプールやニューカッスル、マンチェスター、あるいはミッドランドのどこか、他にもいくつか同じ物語を作れる街はある。けれどもポールは西海岸出身だし、そこの方言を使うから、この地方を舞台に書くのが一番得意なんだ。そしてグラスゴーはとにかくパワフルなロケーションで、舞台にするには最適に思えた。そこに住む人たちの文化も、ユーモアのセンスも、生活している人たちの言動も、生まれた歴史もパワフルだからね。



── なぜコメディにしたのですか?



ただ正反対にしたかっただけなんだ。人はいつだって予期せぬ道を取りたがる。我々は『SWEET SIXTEEN』という映画を過去に作った。あれはこの映画よりももっと年齢の低い若者が、同じようにあり得ない状況下で、最後には悲劇を迎えるというものだった。けれど、登場人物たちが、人生において時にはコミカルで、時にはそうでもないという事件に遭うことがあるだろう。だから我々は今回、コミカルな時を選ぼうと思ったんだ。




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映画『天使の分け前』より ポール・ブラニガン[左]、ジョン・ヘンショー〈ハリー〉[右](c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



ロビーの父親としてのジレンマに人々は共感するだろう






── 主人公のロビーとはどのような人物なのでしょうか?



ロビーはとてもひどい子供時代を過ごし、暴力に巻き込まれ、少年院に長い間服役していた。そして今は人生を正しい方へ向けようと努力している。彼は賢く思慮深く、大好きな女の子と出会った。2人には子供ができた。けれども彼女の両親から見れば、破滅的な関係だ。なぜなら彼らにとってロビーは青二才のろくでなしだし、彼女の父親はそういった世界をよく知っているんだ。父親はクラブをいくつも所有し、大金を稼いで高級な郊外へと引っ越したが、実はロビーと同じ過酷な下町出身だから、この若者が自力で生活していくチャンスなんてゼロだということが分かっている。それは、ロビーが家族を養っていくのは不可能だということを意味しているから、自分の娘のために2人を引き離そうと“下町のやり方”を使うんだ。その方法にではなく、彼の父親としてのジレンマに対して、人々は共感するだろう。



もし自分に娘がいて、その子が夢中になっている相手が何か暴力沙汰に巻き込まれていて、無職で、この先の展望がないとしたら、もちろん心配になる。この時のロビーは、父親になろう、親になろう、家族を養うために何か仕事を見付けようともがいている真っ只中で、だけど手始めにどうすればいいかも分からず、そのための道も全く見えていないんだ。アカデミックなプロセスがロビーを素通りしてしまったのは一目瞭然だ。なぜなら彼はついこの前までティーンエイジャーの不良で、しかもそれが当たり前の世界にずっと身を置いていたから。だとすると、どうやってこの世界から抜け出せばいい?ロビーは本気だと言っているが、もし彼のような世界に属し、そこがすべてだとしたら、足を洗うことはとても難しいんだ。




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映画『天使の分け前』より ジョン・ヘンショー[左]、ポール・ブラニガン[右](c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



── ロビーにとって、ハリーはどんな存在なのでしょう?



ロビーにとって、ハリーは初めての尊敬できる大人だ。ハリーを演じたジョン・ヘンショーは、とても思いやりがあると同時に、非常に愉快な人間だ。もし彼がそうでなかったら、センチメンタルになりすぎるだろう。ジョンはハリーにリアルさを与えるためにぴったりな人間だったんだ。




確かにハリーのような人物は素晴らしい。(脚本の)ポールは、ハリーのように若者をサポートする人にたくさん会ったそうなので、特定のモデルがいるわけじゃないんだ。



アルバート役のガリーは今でも清掃の仕事をしている




── 出演した俳優について教えてください。まず、ロビーを演じた主演のポール・ブラニガンは?




彼は素晴らしい才能の持ち主だ。すでに俳優としての仕事のオファーもたくさん来ているようだよ。彼は、とてもタフな人生を送って来ていて、12、3歳の頃は路上生活をしていたことがあったそうだ。彼には実際に子供がいて、今はとても安定した生活を送っている。彼のように才能のある若者と仕事をするのはとても楽しい。





── 他のキャストについてはどうですか?




皆、素晴らしかった。ウィリアム・ルアン(ライノ役)とまた一緒に仕事ができたのはとても良かったよ。彼と仕事をするのはいつでも楽しみだ。誰か信頼できる人物がキャストの中にいるのは、いつだって嬉しい。その人を通して、時に他のキャストを監督することもできるからね。私はウィリアムにメモを渡したんだが、彼は最高のプロだから、自分の演技中にそのメモの内容を取り入れられたんだ。おかげで相手の俳優から、ある特定の反応を引き出せたよ。演出されているとは気付かれないでね。





ジャスミン・リギンズ(モー役)は楽しい人。素敵な女性で、とても面白いが、結構辛辣で、シャープな存在感がある。



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映画『天使の分け前』より シヴォーン・ライリー〈レオニー〉[左]、ポール・ブラニガン[右](c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



ロビーの恋人であるレオニーを演じる女性を探すのには、長い時間を要してしまった。彼女の役柄は最も簡単だと思っていたんだけど、実際は最も大変だったんだ。というのは、そのソーシャル・レベルを表現することがとても重要だったからだ。彼女の父親は金を儲けたから引っ越し、中流家庭のバックグラウンドを娘に与えようと必死だった。つまりレオニーはロビーや他の連中と同じグループではないんだ。それなのに、彼女はロビーの世界に近付いて、その世界を理解している。彼女の役にはそのバランスを取る資質が重要で、上流階級ではダメだし、あまりに労働者っぽくても違う、“ロビーが何かを感じる”という点が本当に難問だった。



チャーリー・マクリーンについても話しておくべきだろう。ポールがこのロリーというキャラクターを書いたのだけど、その前にウイスキーのエキスパートとしてチャーリーに会っていたので、もちろん彼が念頭にあったんだろう。チャーリーはアドバイザーとして参加する予定だったが、演者として参加することは避けられなかったんだ。もし誰かがあのキャラクターを演じる場合、チャーリーのような外見を得ることはできるけれど、ウイスキーの知識や、関心度、楽しみ方なんかを得るのは至難の技だからね。




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映画『天使の分け前』より (c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII



そしてガリー・メイトランド(アルバート役)は、最近は全然演技をしていないと思うんだが、以前、我々の2本の作品『SWEET SIXTEEN』『明日へのチケット』に出演していた。彼は、我々を笑顔にさせる。ガリーには彼以外の人とは別の法律のパラレル・ワールドに住んでいるような雰囲気がある。けれど一方でとても温和でユーモアがあって、大惨事が起きれば同情したくなるような人物だ。



最後に、ガリーで面白い話があるんだ。彼は日頃は清掃の仕事をしているんだ。その日も、グラスゴーの大通りで清掃の仕事に精を出していたら、ガリーの前に“カンヌ映画祭の受賞作『天使の分け前』”と大きな広告が車体に描かれたバスが停まった。その日が、『天使の分け前』のグラスゴーでのオープニング・デイだったんだ。ガリーはその広告を見て通りをゆく人たちに“これは俺だぞ!”と叫んだんだ。みんな、目を丸くして驚いていたらしいよ。えっ、ここで清掃をしている人が、カンヌの映画の俳優なの?ってね。とても楽しいエピソードだよね。





(映画『天使の分け前』公式インタビューより)










ケン・ローチ プロフィール


1936年6月17日、イングランド中部・ウォリックシャー州生まれ。電気工の父と仕立屋の母を両親に持つ。高校卒業後に2年間の兵役についた後、オックスフォード大学に進学し法律を学ぶ。卒業後、劇団の演出補佐を経て、63年にBBCテレビの演出訓練生になり、翌年演出デビュー。67年に『夜空に星のあるように』(67)で長編映画監督デビュー。2作目『ケス』(69)でカルロヴィヴァリ映画祭グランプリを受賞。その後、ほとんどの作品が世界三大映画祭などで高い評価を受け続けている。カンヌ国際映画祭では、『麦の穂をゆらす風』(06)がパルムドールを獲得し、国際批評家連盟賞を『Black Jack』(79/未)、『リフ・ラフ』(91)、『大地と自由』(95)が受賞、本作同様、審査員賞には『ブラック・アジェンダ/隠された真相』(90/未/WOWOWにて放映)、『レイニング・ストーンズ』(93)が輝いている。最新作はドキュメンタリー映画の『The Spirit of '45』(13)。











映画『天使の分け前』

4月13日(土)より銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー




監督:ケン・ローチ

出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー

配給:ロングライド

2012年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア/101分/35mm/1:1.85/ドルビーデジタル、カラー

原題:THE ANGELS' SHARE



公式サイト:http://tenshi-wakemae.jp/

公式twitter:https://twitter.com/tenshinowakemae

公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/pages/天使の分け前/406330342795950













▼『天使の分け前』予告編


[youtube:DKow2J2r7nc]

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