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人は未来を受け入れ、過去の重みを捨てることができるか─イランのファルハディ監督が新作に込めた思い

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映画『ある過去の行方』より © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013



2011年の『別離』でアカデミー賞外国語映画賞受賞、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞など世界の映画祭を席巻したイランのアスガー・ファルハディ監督の『ある過去の行方』が4月19日(土)より公開される。パリを舞台に、フランス人の妻マリー=アンヌと、別れたイラン人の夫アーマド、マリー=アンヌの新しい恋人サミールを巡る愛憎や確執を通して、彼女と家族が背負う過去が明らかになっていく様をサスペンスフルに描いている。『アーティスト』のベレニス・ベジョ、『預言者』『パリ、ただよう花』のタハール・ラヒムを主演に迎え、緻密な脚本と人間の複雑な深層心理と残酷なまでに浮かび上がらせる演出力により人間のモラルを問うファルハディ監督が、今作の制作の経緯を語った。



パリを舞台にした理由



──『別離』と『ある過去の行方』を製作する間に他の映画の企画にもとりかかっていましたが、その後の経緯を教えてください。



確かに『彼女が消えた浜辺』を製作後、ベルリン滞在中に他の映画の脚本を一本書きました。その後、『別離』を撮影したのですが、フランスで配給したアレクサンドル・マレ=ギイがそのもう一本の脚本を読ませてくれないかと頼んできました。彼はその脚本を気に入り、ドイツまたはフランスでぜひ製作したいと申し出てくれました。そこでロケハンの結果、舞台をパリに決め、その企画にとりかかることにしました。しかしある日、我々がカフェでその企画について話しをしていたとき、別のストーリーも頭の中にあると突然私が言い出したのです。それはまだシノプシスの段階でしたが、ストーリーを語るにつれ、すでに何かが形になりつつあることに気がつきました。私のなかで別のストーリーが動きだしていたのです。そこで、我々はその新しいストーリーに移行することにし、私は企画を練り、すぐさまトリートメント(シノプシスと脚本の中間にあたる要約)を書きあげました。こうして『ある過去の行方』が生まれました。『ある過去の行方』の舞台がパリであるということは、とても重要な意味を持ちます。過去を扱うストーリーを語るとき、パリのように過去が滲み出ている街を舞台にする必要があるからです。どこでも成立するというわけではありません。



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映画『ある過去の行方』のアスガー・ファルハディ監督



──しかし、パリの歴史的な面は映画のなかで描かれていません。



パリの建築物の歴史的側面を乱用しないように、また、観光的な見せ方をしないように、重々気をつけました。映画の大部分を占める主人公の家をパリ郊外に設定し、パリはあくまで背景として登場させることをかなり早い段階で決めていました。さりげなく登場させるのです。なじみのない土地で撮影する映画監督にとっての落とし穴、それは最初に目を引かれたものに焦点を当ててしまうことです。私は真逆のことをしようと試みました。街の建築物に魅了された私は、あえてその先にある別のものに触れようとしたのです。



──脚本の執筆作業について教えてください。物語はどのように組み立てましたか?



私の作品のすべてのストーリーは時系列に書かれていません。私は常に複数のストーリーを同時に展開していき、ある共有する状況でそれらを合流させます。まず、数年前から離れて暮らしている妻との離婚手続きをするため、妻のもとに戻ってくる一人の男のストーリーがあります。次に、妻が昏睡状態で子どもの面倒をみなければならないもう一人の男のストーリーがあります。これらのストーリーを別々にふくらませ、最終的にひとつの状況へと導くのです。私は脚本を直感的に書きます。まずシノプシスから始めて、限られた情報からより多くのことを知るために、疑問を投げかけていきます。この男は離婚をするためにやってきたわけだが、そもそもなぜ妻のもとを4年前に去ったのだろうか?と自問します。そして妻の家に戻ってきた今、何が起きようとしているのか。たった数行から次々に疑問が生じ、それらに答えていくことで自ずと物語が構築されていくのです。



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映画『ある過去の行方』より © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013


登場人物たちを国籍や国旗によって定義づけない



──フランス人ならではの生き方、暮らし方は脚本にどのような影響を与えましたか?



フランスとイランの違いについてとても考えました。もし舞台がイランだったら、何がどのように違っていただろうかと。私の映画では、登場人物たちは自分たちを間接的に表現します。それは、私の文化の一部でもありますが、ストーリーを展開するために必要な要素としてその特質を利用してきました。しかし、フランス人だとそうはいきません。もちろん状況にもよりますが、一般的にフランス人はより直接的に表現します。そこで、フランス人の役には、今までの登場人物たちにはなかったそのような特質を付け加えていくという作業が必要でした。しかし容易い作業ではなかったので、脚本執筆の時間をその作業にかなり費やしました。




──興味深いことに、あるイラン人の登場人物によって他の人物たちが語り始めますね。



彼は触媒のような存在です。それぞれが長い間、黙っていたことをその本人の口から引き出します。しかも彼自身はそのことに無自覚です。本作で私が指針としたことのひとつは、登場人物たちを国籍や国旗によって定義づけないということでした。彼らの行動は、あくまで彼らが体験しているその状況が導きだすものです。危機的状況では、それぞれの異質性は隠れがちです。




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映画『ある過去の行方』より © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013


──主人公マリー=アンヌの恋人サミールは、昏睡状態にある妻を看病しているという設定です。どのようにこの着想を得たのですか。



私は昏睡状態にまつわる個人的な体験は今までしたことがありません。しかし、昏睡状態の不透明感や生と死の狭間について、また、彼等は死んでいると見なされるべきなのか、生きていると見なされるべきなのかなど、常に考えてきました。本作はこの疑問の上にすべて成り立っていると言えます。登場人物たちは常に二者択一のジレンマに直面します。『別離』でも、父親の幸せと娘の幸せ、どちらを選択すべきかという決して珍しくはないけれども、難しいジレンマに直面しなければなりませんでした。『ある過去の行方』で投げかけられる問題は少し異なっています。過去に忠実であるべきか、それとも過去を捨て未来に向かって進むべきかが、本作では問われます。



──現代生活の複雑さが、このようなジレンマを増幅させていると思いますか?



そうかもしれません。未来は未知であるがために曖昧だと思われがちですが、私は過去の方がよほど不明瞭で曖昧だと思っています。過去の痕跡は残されているので、鮮明でより身近に感じられるはずですが、写真やメールは過去を確かなものにするための役には立ちません。現代では、過去は顧みられず、人生は進んでいきます。しかし、それでも過去は暗い影を落とし、我々を引き止めようとします。未来を受け入れようとどれだけ固く決意しても、過去の重みがのしかかってくるのです。ヨーロッパを含め、世界中どこでも共通の真理ではないでしょうか。




べレニス・べジョは〈疑念〉を演じることができる女優



──べレニス・ベジョはどのようにキャスティングしたのですか?



アメリカで『アーティスト』のプロモーション活動中の彼女と初めて会いました。温かく誠実な女性だということがすぐに分かり、彼女となら理解しあえると思いました。『アーティスト』での彼女の演技を観て、彼女が賢明な女優であるということも知っていました。俳優を選ぶ際に私が求める二つの特質があります。ひとつは賢さです。そしてもうひとつは、ポジティブなエネルギーをスクリーンから放つことができるということです。観客が一緒に時間を過ごすのにふさわしい魅力的な人物でなくてはなりません。




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映画『ある過去の行方』より、べレニス・べジョ © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013



──リハーサル初日、あなたが彼女の顔に何かを探していたと彼女は話していました。それは何だったのですか?



マリー=アンヌの最も重要な特徴である〈疑念〉です。ベレニス・ベジョ本人はあまり〈疑念〉を抱くタイプではありません。しかし、リハーサルで彼女が〈疑念〉を演じることができる女優であるということはすぐに分かりました。



──マリー=アンヌが登場人物を巡る状況を刺激することによって、物事が進んでいきますね。



彼女は過去にとらわれず、前に進もうと最も強く思っている人物です。実際にそれが可能かどうかは誰にもわかりませんが。彼女の元夫アーマドや新しい恋人サミールといった男性たちの方が過去を引きずっています。マリー=アンヌの最後のシーンで、彼女は我々の方へ、カメラに向かって歩いてきます。背後にいるアーマドに彼女は言います、「もう過去は振り返らない」。そして彼女はカメラと我々に背を向けて、立ち去ります。その時点で、彼女が最も進歩した登場人物だと言えるでしょう。なぜか私の映画では、女性がいつもこのような役を与えられます。『別離』でもそうでした。





──サミールを演じたタハール・ラヒムの素晴らしさについて教えてください。



イランで『預言者』を観て、彼が幅広い演技技術によって複雑な役も演じることができる、非常に優れた役者であるということがすぐに分かりました。そこで彼とぜひ一緒に仕事をしようと思いました。今回、彼自身の特質として最もありがたかったのは、彼の子供時代にまつわる感情や反応が、今だに彼のなかで鮮明であったことです。




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映画『ある過去の行方』より、タハール・ラヒム © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013




──元夫のアーマド役にアリ・モッサファをキャスティングした理由を教えてください。



彼は役者としてはもちろん、ひとりの人間としても特別なものを持っていました。彼独自の何かが、顔やそのあり方に表れています。とても豊潤な精神世界を持っていながら、ほとんどそれを表に出さないような印象があります。他人を引き寄せる何かを持っていて、誰もが彼についてもっと知りたくなります。アリを配役したことによって、役柄にも彼本人が持つそのような面を織り込んでいきました。現実的なことを話せば、フランス語が話せるイラン人のプロの俳優が必要だったので、選択肢が限られていました。そして彼に決めてからも、言語を習得するのに数週間の準備期間で足りるのかどうか心配でした。しかし、彼がパリに降り立ったときから、撮影初日までの彼のフランス語の上達ぶりには誰もが感心しました。



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映画『ある過去の行方』より、アーマド役のアリ・モッサファ(中央) © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013


──アーマドはサミールより知的な人物として描こうとしましたか?



彼は常に動いていないといられない人物です。どこかに行っても、到着するやいなやバイクや水道など、つい何でも修理し始めてしまうようなタイプです。慣れない場所に行くとじっとしていることを強いられるので、落ち着かないのです。アーマドにとって、じっとしていることは苦痛です。そこで我々は、彼がある受動的な時期を過ごさなければならなかったとき、なぜうつ病に苦しんだのかを知るところとなるのです。



──物語の主軸の一人でもあるマリー=アンヌの娘リュシー役のポリーヌ・ビュルレにはどのように演出しましたか?



ポリーヌを配役する前に彼女と同じ年頃の女の子にたくさん会いました。しかし彼女が映っているテスト撮影の映像を観て、役に必要な力を彼女ならもたらしてくれると確信したのです。彼女の演技の鍵は、モチベーションです。アーマド同様、リュシーも秘密主義で控えめな性格です。内向的な者同志、お互い親近感を覚えます。ポリーヌの瞳は神秘性を帯びています。脚本上で、リュシーはアーマドの娘ではありませんが、家族のような印象を与えたいと思いました。父親といる娘というような印象です。共犯関係のような感じでもあります。アーマドが去ってから彼を最も恋しがっているのがリュシーです。




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映画『ある過去の行方』より、マリー=アンヌの娘リュシー役のポリーヌ・ビュルレ © Memento Films Production - France 3 Cinema - Bim Distribuzione - Alvy Distribution - CN3 Productions 2013




──イランとフランスでは、撮影方法に何か違いはありましたか?



私にとって特に違いはありませんでした。両方の国で同様に撮影しました。フランスにはより様々な手段があり、映画は産業として存在しています。イランでは、映画は個人の創造力の融合であるのに対し、フランスでの映画製作は共同体による創造と言えます。



──『別離』では手持ちカメラでの撮影でしたが、本作では固定カメラを多用しています。この撮影スタイルの変化の理由を教えてください。



ストーリーが固まり、ロケハンをしている最中に、このストーリーは固定カメラでなければならないと気がつきした。つまり、カメラの動きを極力廃した撮影スタイルが必要だったということです。『別離』では重要な出来事はすべてその場、その時に観客の目の前で起こりました。本作では、主要な出来事はすでに過去に起きていて、そのことによる登場人物たちの内面的な変化でしか観客は確認できません。本作はより内面化しているため、カメラの動きが少ないのです。



──最後に、あなたはモラリストですか?



自分自身がモラリストだとは思っていません。しかし、本作ではモラルが問題になっていることは否定できません。社会学や精神学的見地から観ることも可能です。しかしやはり多くの状況が、道徳的な視点で観ることができることは明らかです。



(オフィシャル・インタビューより)











アスガー・ファルハディ プロフィール



1972年、イランのイスファハン出身。短編映画、テレビドラマの演出や脚本を手掛けた後、長篇映画「砂塵にさまよう」(03)で監督デビューを果たす。国内外の映画賞で受賞し高い評価を受ける。続く長篇第2作「美しい都市」(04)第3作「火祭り」(06)でも国内外で映画賞を複数受賞。日本ではベルリン国際映画祭、銀熊賞(監督賞)を受賞した『彼女が消えた浜辺』(09)の心理サスペンスに満ちた群像劇でその名を知られ、再びベルリン国際映画祭において金熊賞および銀熊賞 (女優賞) と銀熊賞 (男優賞) を獲得し、アカデミー賞外国語映画賞ほか90以上の世界中の映画賞を総なめにした『別離』(11)でその人気を不動のものとした。











映画『ある過去の行方』

2014年4月19日(土)より Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次公開



フランス人の妻マリーと別れて4年。今はテヘランに住むアーマドが正式な離婚手続きをとるためにパリに戻ってくるが、すでに新しい恋人サミールと彼の息子、娘たちと新たな生活をはじめていた。娘からアーマドに告げられた衝撃的な告白から妻と恋人、その家族の明らかにされなかった真実が、その姿を現し、さらなる疑惑を呼び起こす。



監督・脚本:アスガー・ファルハディ

出演:ベレニス・ベジョ、タハール・ラヒム、アリ・モッサファ

撮影:マームード・カラリ

編集:ジュリエット・ウェルフラン

美術:クロード・ルノワール

原題:Le Passé

2013年/仏・伊/130分/仏語・ペルシャ語/ビスタ

配給:ドマ、スターサンズ 




公式サイト:http://www.thepast-movie.jp

公式Facebook:https://www.facebook.com/ThePastJp

公式Twitter:https://twitter.com/THEPASTmovie




▼映画『ある過去の行方』予告編


[youtube:ZZxQN3SzB3E]

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