映画『二重生活』が2015年1月24日(土)より公開となる。監督は『天安門、恋人たち』『スプリング・フィーバー』のロウ・イエ。第65回カンヌ国際映画祭ある視点部門のオープニング作品として上映され、大きな反響をよんだ本作は、監督史上、最もスキャンダラスなエンタテインメント作となっている。
優しい夫と可愛い娘。夫婦で共同経営する会社も好調で、なにも不自由のない満ち足りた生活を送る女ルー・ジエ。愛人として息子と慎ましく生活しながらも、いつかは本妻に、と願う女サン・チー。流されるまま二人の女性とそれぞれの家庭を作り、二つの家庭で生活する男ヨンチャオ。「二重生活」が原因で巻き起こる事件、さらにそれが新たな事件を生み、事態は複雑になっていく。3人の男女、事件を追う刑事、そして死んだ女。それぞれの思わくと事情が何層にも重なりあい、物語はスリリングに進む。
現代中国社会のダブルスタンダードや、一人っ子政策の弊害という問題をも浮き彫りにしつつも、激しい感情のぶつかり合いをロウ・イエ作品独特の漂うような画で魅せている。webDICEでは、ロウ・イエ監督のインタビューを掲載する。
「中国という社会が昔からずっと二つの顔を持っているんだから、人々は"二重"であることに馴れているんだよ」
ロウ・イエ監督インタビュー
ロウ・イエ監督
──2006年の『天安門、恋人たち』以降、フィルムメーカーとしてのあなたの境遇は、どんなものだったのですか?
『天安門、恋人たち』以降、僕は5年間、映画製作を禁じられたので、中国を離れ、アメリカのアイオワ大学に行った。そこで教えていた中国人作家のニエ・フォアリンに招待されたんだ。それから脚本家のメイ・フォンと、後に『スプリング・フィーバー』(2009)となるプロジェクトを進めた。というのも僕は映画製作を禁じられていたので、海外で撮影できる脚本を探していた。かなりの数の脚本を読んだが、満足できるものはなかったね。
『スプリング・フィーバー』は南京で、ほぼゲリラ撮影に近い手法を使って、小さなDVカメラで撮影した。次にパリに行って、リウ・ジエの小説『裸』を脚色して作ったのが、『パリ、ただよう花』(2011)だ。あの映画が完成したころには、5年が過ぎていたので、中国に戻れるようになったんだ。
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──5年のブランクの後、前のような状態に戻りましたか?
フィルムメーカーにとって、5年間、映画製作を禁じられるというのは、恐ろしいことだ。あの処罰を受けた時、公式に拒否の声明を出そうと考えた。多くのフィルムメーカーやアーティストから寄せられた抗議の署名が書かれた手紙を公表することでね。でも結局、何もしないことにした。映画を作り続けることが、一番の対応だと考えたからだ。この5年間は、そのことにエネルギーを注いできた。中国で『スプリング・フィーバー』を撮ったのは、処罰には屈しないことを見せたかったからだ。
映画『二重生活』より
──『二重生活』を作ることになったきっかけは?
『パリ、ただよう花』の後、共同で脚本を書いたメイ・フォンがインターネットで中国の日常が書かれた話を探していたんだ。脚本のヒントになりそうな素材がないかと思ってね。僕らは彼が見つけた3つの話を使って、階層によって異なるものの見方を描くことができた。二重生活や犯罪、新興富裕層の暮らしなんかを織り交ぜながらね。脚本を書く段階で、そういったものの見方をとりまとめた。僕は二重生活が原因で犯罪が起こるというのが面白いと思った。
二重生活というのは、中国で顕著に見られる現象だ。奥さんが二人いるという男はかなり多く、人間関係における象徴的なことなんだよ。自分の暮らしに不満な人間は、新たに別の環境を作り出すんだ。表面的に分からなくても、どこか隠れた場所で行われているんだよ。中国では、二面性を持ち、なんとか現実に対峙しながら暮らす人間がいるんだ。
映画『二重生活』より
──ミステリーを撮るのは『パープル・バタフライ』以来ですね。なぜ今またミステリーを撮ろうと思ったのでしょうか?
ミステリーとはいろんな受け止め方ができるものだからね。作家が伝えたいことをしっかり描きながらも、検閲に対応しやすいんだ。もちろんそれが1番というわけではないけど。実は、初めからミステリーにしようと思ったわけではないんだ。2稿めか3稿めで、現代中国社会を描くにはミステリーがふさわしいんじゃないかと思って、すこしずつその方向になっていった。映画とはそもそも、検閲にとっては「やっかいなこと」を語るものだからね。人の想いや社会の「やっかいなこと」を反映してしまうのが映画なんだと理解してほしいよ。
映画『二重生活』より
──二人以上の男性と関係を持つ女性が主人公となる同様の映画というのはあり得ますか?
もちろん二人以上の男と関係を持っている女性はいるだろけど、まれだよ。女性は自由度が低いからね。二人以上の女性を養っている男というのは、世間が受け入れているんだ。それが成功者の証というふうに思われているふしもあるが、男の愛人が複数いる女性というのは、敵意を持たれるだろうね。
映画『二重生活』より
──映画の中で登場するカップルは、東京やパリやフィラデルフィアといった都市に暮らすミドルクラスと似たようなライフスタイルですね。
この15年の中国の経済発展で、ミドルクラスという階層が生まれたわけだが、いろいろな点で道徳観念も似ているし、特に見た目は他の国と変わらない。しかし世界的な基準から見れば、いかにも中国人らしいところもあるね。
映画『二重生活』より
──中国人らしさを最も物語るものとは何だと思いますか?
男が自分の人生において二重の生活を築こうとする、そのやり方だね。そこにある矛盾を解消しようとはしない、そのやり方が中国人らしい。もちろん、愛人を持っている人は世界中にたくさんいるし、中国に限った話ではないと思うけれど、中国には「政治も二重」という側面があるからね。中国という社会が昔からずっと二つの顔を持っているんだから、人々は「二重」であることに馴れているんだよ。
映画『二重生活』より
──中国だけに限ったことではありませんが、若い世代、新興富裕層の子供や、権力者と折り合いを付けている刑事たちの態度といったものは、その国の現在の状況を暗示していますね。
まさのその通りだね。同じことが中国人の精神性にも現れていると思う。金で解決ができると思っている、誰かが尻拭いをしてくれる裕福な子供たちと、真実を追求することなく捜査を中止する刑事は、精神構造が同じ生活様式の中で生きている。永遠に妥協し続ける世界に生きているんだ。
現代の中国では、法律そのものに威力がなく、すべてが交渉の世界だ。つまりモラルなんて存在しない。だから(この映画の)主人公は、自分の感情に折り合いを付けるために、ある決意をするんだ。捜査を中止する刑事のやり方と同じようにね。バランスを保つために、おかしな選択をする。それこそが、まさに中国人らしさだよ。でもそれは、中国という巨大な国規模で考えれば遙かに深刻な悲劇を生むことになる。誰も真実とは何かなんて気にしていない。その結果が、この映画の(英語の)タイトルである「ミステリー」なんだ。
冒頭で死んでしまう若い女の子は現代中国の犠牲者と言える。彼女は死ぬけれど、誰も彼女を「殺そう」とはしていない。そういった社会の犠牲者はけっこういて、その死はすぐに忘れられてしまう。その犠牲によって社会が発展していくかもしれないが、忘れて良い死などない。登場人物たちは、誰も悪いことをしようと思っていたわけじゃない。しかし、それぞれの行動すべてが悲劇的に作用してしまったんだ。
映画『二重生活』より
ロウ・イエ(婁燁 / Lou Ye)プロフィール
1965 年劇団員の両親のもと、上海に生まれる。1983年に上海華山美術学校アニメーション学科卒業後、上海アニメーションフィルムスタジオにてアニメーターとして働く。1985年北京電影学院映画学科監督科に入学。
『ふたりの人魚』(00)は中国国内で上映を禁止されながらも、ロッテルダム映画祭、TOKYO FILMeX2000でグランプリを獲得。1989年の天安門事件にまつわる出来事を扱った『天安門 恋人たち』(06)は、2006年カンヌ国際映画祭で上映された結果、5年間の映画製作・上映禁止処分となる。
禁止処分の最中に、中国では未だタブー視されている同性愛を描いた『スプリング・フィーバー』は、第62回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。パリを舞台に、北京からやって教師と、タハール・ラヒム演じる建設工の恋愛を描いた『パリ、ただよう花』の撮影後、2011年に電影局の禁令が解け、中国本土に戻って撮影された本作『二重生活』は、第65回カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式招待され、高い評価を受けた。
中国現代文学の代表的作家でありロウ・イエと親しい友人でもあるピー・フェイウー(畢飛宇)の小説を原作にした『ブラインド・マッサージ(原題:Blind Massage/推拿)』は第64回ベルリン国際映画祭銀熊賞(芸術貢献賞受賞)を受賞。日本では2014年9月にアジアフォーカス・福岡国際映画祭にて先行上映された。
映画『二重生活』
2015年1月24日(土)より、新宿K's cinema、渋谷アップリンクほか全国順次公開
監督、脚本:ロウ・イエ
脚本:メイ・フォン、ユ・ファン
撮影:ツアン・チアン
編集:シモン・ジャケ
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
出演:ハオ・レイ、チン・ハオ、チー・シー、ズー・フォン、ジョウ・イエワン、チャン・ファンユアン、チュー・イン
配給・宣伝:アップリンク
(2012年/中国、フランス/98分/1:1.85/DCP)
公式サイト
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